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23 二人乗り




 少し冷たい朝の空気の中を、美雨は必死で走っていた。


 美雨の家から学校まではゆっくり歩くと二十数分くらい、走れば十五、六分といったところだろうか。電車や自転車通学が多い沢浪北高校において、徒歩で通える美雨の登校時間は格段に短いのだが、それでも最短で十五分はかかるということで。

 走りながら美雨は、忘れそうになって出がけに慌てて掴んでそのまま持ったままのスマホで時間を確かめた。いくら見つめても、デジタル表示は八時十五分だ。予鈴が鳴るまであと五分、とても間に合わない。朝のホームルームがはじまるのは八時半からだが、美雨の学校は予鈴が鳴り終わると同時に校門を閉めてしまうのだ。つまり、八時二十分までに辿り着けないと遅刻ということになる。


 もう、どうして寝坊なんてしちゃったのよ!


 美雨の両親は仕事でほとんど家にはいないため、美雨は実質は独り暮らしをしているようなものなのだ。寝ぼけてアラームを消してしまって寝過ごしても、起こしてくれる人はいない。


 最悪、最悪、最悪、一時間目は、阿久津先生なのに!


 遅刻するのも恥ずかしいが、きちんと身支度できていないのも恥ずかしい。髪だっていつものおだんごにまとめる時間もなくて、とりあえずギュッと結んでポニーテールにして家を飛び出して来た。休み時間にきちんと結えばいいだけのことだけれど、生憎と今日は一時間目が日本史なのだ。

 ホームルームが長引かなければ、なんとか一時間目が始まるまでの僅かな時間で整えられるだろうか。無理な気がする……鏡もない教室で手早く、しかもきれいに髪を結うなんて芸当は、美雨にはとても出来そうにない。


 あゆみちゃんか澪ちゃんが同じクラスだったらな……。


 不器用なあゆみはともかく、澪なら髪くらいすぐに結ってくれるだろう。そう思うと、美雨は泣きたくなって来た。どんなに走っても遅刻は確実だし、髪はまとまってないし。それに、新しいクラスには美雨が友達を呼べる存在がまだいない。


 泣きたい、すごく泣きたい。

 だけど、泣いている暇はない。


 予鈴には間に合わなくても、本鈴には何としても間に合わないとならない。何と言っても今日は、阿久津の日本史が一時間目なのだ。


 「あ!」


 細い路地から飛び出そうとして、美雨は危うく足を止めた。美雨の鼻先を通り過ぎた自転車が、驚いたようにキーッとブレーキの音を軋ませる。


 「大丈夫か!?」


 アスファルトの上をザッと滑って、半ば横倒しになりながら自転車を止めた雪都は、もう少しでぶつかりそうだった女の子に一声叫んで、そこで言葉を切ってしまった。美雨が驚いた顔のままで硬直している。


 「……中森か」


 ゆっくりと、美雨が顔を雪都の方に向けた。朝の光の中で、雪都の薄茶色の髪が美雨の目に飛び込んで来る。


 「な、な、な、ながさわくん?」


 自転車にぶつかりそうになった驚きと、相手が雪都だった驚きが相乗効果になって美雨を固まらせた。図書館で会った時といい、今といい、どうしてこんなに頻繁に出くわすのか。家は近所なのだから会っても不思議はないのだけれど、だけどずっと同じ学校に通っていたのに、こんな風に通学途中で会ったことなどこれまで一度もなかった。

 なのに三年生になって、同じクラスになってからは何故か、まるで何かに操られているようにこの幼馴染に出会ってしまうのだ。


 「……」


 何か言わなければと美雨は口を開いたが、何と言えばいいのかわからずにそのまま閉じてしまった。そんな美雨を雪都は、数メートル先から見ていた。

 いつもなら雪都は、晴音を保育園に送ってから登校するためにこの道は使わない。しかし今日は母が代わってくれたので、たまたま学校への最短ルートを突っ走っていたのだった。

 そんな日に限って、いつもなら余裕をもって登校している美雨が予冷まであと五分もないのにこんなところを走っているのに出くわす。何か、偶然というにはあまりに出来すぎているような気がしないでもないけれど、それでもやはりこれは単なる偶然なのだろう。


 「乗れ」


 そう言うと、美雨は驚いた顔のまま雪都を見つめた。雪都はもう一度、今度は強い口調で繰り返した。


 「乗れ、歩いてると間に合わないぞ」


 雪都の言葉の意味がやっと飲み込めた美雨は、思わず一歩うしろにさがった。遅刻しそうだから自転車の後ろに乗せてやると雪都は言っているのだが、美雨にとってそんなことはとんでもなかった。


 「そんな、いいよ」

 「早く乗れ、遅刻する」


 美雨が断っても、雪都は美雨を乗せるつもりなようで動こうとしない。時間がないことは、美雨だってわかっている。


 「乗れって」

 「は、はい」


 わたわたと駆け寄った美雨が荷台に腰を降ろすや否や、自転車は走り出した。落ちそうになって美雨は、思わず雪都の腰のあたりを掴んでしまった。内心で「ぎゃあ―!」と叫んで手を放そうとしたら、グンッと自転車がスピードをあげる。放せない、放したら確実に振り落とされる!


 「ギリギリだな、飛ばすぞ」


 雪都のこの言葉に、美雨は我が耳を疑った。飛ばすと言ったのだろうか、この人は?まさか、これ以上!?

 「ぎゃああああ――!!」っと、声にならない悲鳴をあげながら、美雨は雪都の背中にしがみついた。風が耳元で唸っている、おだんごに結ってない髪がバサバサと暴れている。恐くて目も開けられない。


 ドキドキドキドキと、心臓がありえないスピードで暴走する。ドキドキドキドキドキドキ……雪都の背中にしがみついて美雨は、このままでは心臓が壊れてしまうと思った。




今ではほとんど見かけない自転車の二人乗りですが、このお話の舞台である2000年代ではわりと普通でした。

2000年代でも都道府県に条例によって禁止な所は禁止だったんですけど、見逃されてたというかね。

歌の歌詞でも、自転車の後ろに彼女を乗せて~みたいなの、結構ありますよね。

現代では厳しくて、違反すると罰金になっちゃうこともありますから、自転車の二人乗りは小説の中だけということでお願いします。

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