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school days  作者: まりり
199/306

198 靴ひもがほどけていた


 下駄箱のところで上履きからスニーカーに履き替えると、すぐに雪都は足早に歩き出した。外に出ても正門には向かわず、校舎沿いに裏に回る。

 たいした違いではないが、沢浪中央病院に行くには正門より裏の通用門から出た方が近い。ほとんど走っているような速度で歩く雪都の足元には、すっかり茶色く枯れてしまった葉が無数に落ちていた。


 桜の葉だ。

 春には春にはあんなに美しく咲く桜も、秋はなんとも侘しい立ち姿だ。


 校舎をぐるりと半周すると中庭に出る。土の色ばかりが黒々と目立つあまり手入れの行き届いていない花壇が並ぶ中庭を突っ切ると、その先には数台しか停められない来客専用の狭い駐車場があって、駐車場を抜けた先に通用門がある。

 雪都の足は、どんどんと速くなった。そんなに急ぐつもりはないのだけれど、逸る気持ちに比例して足も逸ってしまうのだ。


 病院に晴音の様子を見に行ってから雪都は、彼女に会いに行くつもりだった。

 そう、今日こそは告白するのだ。


 一昨日の土曜日、彼女は家にいなかった。彼女の叔父さんに出直して来いと言われて雪都は、次の日にもまた会いに行った。つまり、昨日だ。

 結果から言うと、彼女はまたもや家にいなかった。叔父の虎二郎もいないようで、呼び鈴を押しても返事はなかった。


 受験生なのだから、週末といえども家にいて勉強しているだろうという雪都の読みは見事に外れた訳だ。意気込んでいただけに、二日連続で空振りに終わって雪都はこれでもかと脱力してしまったが、もちろんこんなことでは諦めない。


 今日、彼女は元気に学校に来ていた。

 だから雪都は、今日こそはとまた決意を新たにした。


 学校にいる間に告白できないものかと二人きりになるチャンスを伺っていたけれど、生憎とそう都合良くはいかない。話があるからと呼びだすことも考えたが、例えば屋上などの人気のない場所を選んだとしても誰かに見られないという保証はない。


 日中の学校なんて、どこにでも人の目があるものだ。雪都としては誰に見られようがどうということはないという開き直りがあるが、彼女の方は嫌かもしれない。


 それに契約を破棄したとはいえ、雪都と希羅梨はまだつき合っていると皆は思っている筈だ。


 わざわざ別れたと宣伝して回ることはない、そのうち自然と噂が広がるだろうと希羅梨に言ったのは雪都だ。


 それが金曜日のことで、土日を挟んで今日は月曜。

 まだ噂は立っていない、ということは学校で告白なんてしたら面倒なことになるかもしれない。


 焦ることはない、放課後になったらまた家まで会いに行けばいい。さすがに今日はいるだろう、やっと言うことが出来る。


 好きなんだと言いたい、お前がたまらなく好きなんだと。


 業者が何か納品に来ているのだろうか、駐車場に停まっていた白い大きなワゴン車の脇を通り過ぎる時に雪都は、右の靴ひもがほどけているのに気づいて足にブレーキをかけた。結ぼうとその場でしゃがんだところに永沢くんと、誰かに名前を呼ばれた。


 「やっぱり永沢くんだ、どうしたのこんなところで?」


 穏やかな笑顔がひょっこりと車の影から覗いて、雪都はほどけた靴ひもはそのままに立ち上がった。阿久津からは、煙草の匂いがしていた。

 学校内は全面禁煙だから、喫煙者の教師は外に出て吸うのだ。通用口から外に出て煙草を吸い、ちょうど戻って来たところなのだろう。


 「阿久津先生って、煙草吸うんですね」

 「そんなに吸う方じゃないんだけどね、たまに吸いたくなることがあるんだよ」

 「へえ」

 「永沢くんは煙草、吸わないのかい?」

 「先生、それは教師の発言じゃないと思いますよ」

 「おっと、これは失礼」


 いつになく軽い口調の阿久津に、雪都は目をすがめた。被害妄想かもしれないが何だか、煙草も吸えないガキと言われたような気がした。


 雪都は、決して生真面目な優等生という訳ではない。だけど父の秋雪から煙草が体に与える害についてことあるごとにレクチャーされるので、煙草を吸ってみようと思ったことは一度もないのだ。


 煙草は、自分だけでなく周りの人の健康まで脅かす。

 それを聞いた時に雪都は、煙草なんて一生吸わないと決めた。


 「で、永沢くんはこんなところで何をしているのかな?」

 「通用門から帰るだけですよ、沢浪中央病院に行くので」

 「沢浪中央病院?そうか、通用門から抜ければ確かに一本道だね。どこが具合が悪いの?」

 「妹が入院してるんです」

 「へえ、それは大変だね。もしかして、何か大変な病気?」

 「ただの風邪ですから、心配ないです」

 「それならよかった」


 阿久津の矢継ぎ早な質問に一つずつ答えながら雪都は、少しばかり苛ついてきた。早く行きたいのに、どうしてそんなに色々と訊くのだろうか。この学校に入学して二年と半年、雪都は阿久津と話したことなどほとんどない。なのにどうして今日はこんなに親しげなのだろう?


 「でも、ただの風邪と言ってもこじらせたら大変だよ。妹さん、大事にしてあげて」

 「はい」


 やっと会話が途切れて、それじゃあと雪都は足を踏み出した。けれど阿久津は永沢くんと、またもや雪都を呼び止めた。


 「急いでいるのに悪いね、永沢くん。だけど、一度君に訊いておかなくてはならないと思っていることがあるんだ」


 眼鏡の奥で笑っている阿久津の目が、雪都の苛つきに拍車をかけていた。だから何ですかと答えた声は、ひどく固いものになってしまった。


 「いや、本当に申し訳ない。それに、こんなこと訊くのもどうかと思う。だけど、どうしても確かめておきたいんだ。君は、同じクラスの中森美雨くんとつき合っているのかな?」

 「は?」


 あまりにも思いがけない質問に、雪都は反射的に訊き返していた。どうしてここで彼女の名前が出て来るのだろう。それも、よりによってこの男の口から。


 「どういう意味ですか?」

 「いや、そのままの意味だけど。永沢くんと中森くんは、つき合っているのかなと思ってね」

 「どうしてそんなことを訊くんです?」

 「だって君、前に中森くんの家に来ていただろう?覚えてないかい、夏休みの終わり頃のひどい夕立ちが降った日だよ。それに、夕日町の七夕祭りでも一緒にいたよね?あの時は、てっきり阿部くんたちと一緒に来てはぐれたんだと思ったけれど、もしかしたらあれはデートしていたのかなと後から思ったんだ」

 「だから、どうしてそんなことを訊くんですか?」


 雪都はもう苛立ちを隠すこともせず、真っ直ぐに阿久津を睨みつけた。整った顔立ちなだけに雪都が睨むと結構な迫力があるのだが、それさえ楽しんでいるように阿久津は悠然と笑った。


 「うーん、困ったな。でも、君に隠しているのは男としてフェアじゃないのかもしれないね。学校にばれると問題になるかもしれないから黙っていて欲しいんだけど、お願いできるかい?」

 「だから、何なんですか」


 雪都の鋭い声に阿久津は、さらに笑った。これだから子供は困るといった態度だ。


 「僕はかまわないけれど、彼女が困るといけないから絶対に君の胸だけに留めておくれ。この時期に退学になんてなったら、彼女が可哀想だろう?」

 「だからっ!」

 「実はね、彼女と婚約したんだ。いずれは結婚するつもりだ」

 「……は?」


 だから君と彼女がつき合っているのかどうか気になるんだよと続いた阿久津の言葉を雪都は聞いていなかった。今、この男は何と言ったのだろう?婚約……結婚……?


 「別に彼女にボーイフレンドがいたとしても、僕はとやかく言うつもりはないよ。だけど、やっぱり気になるというかね。懐の狭い男だと笑ってくれていい、本当は自分でもあんな年下の女の子にって呆れているくらいだから」


 それで実際のところはどうなのかなと訊かれて、雪都は何と答えたのだろうか。覚えてない、ただ阿久津が引きとめて悪かったねと去って行った後で雪都が思ったことは 左の靴ひもがほどけている、それだけだった。




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