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school days  作者: まりり
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196 あなたと彼女と私の視線の先


 廊下から吹き込んで来る風が何だか肌寒くて希羅梨は、誰かが入って来た時に開けっ放しにしたドアを閉めるために立ち上がった。ガラガラと引き戸を閉め、そして戸板に片手をかけたままで振り向いてゆっくりと教室を見回す。


 昼食後のせいか五時間目の開始を待つ教室は気だるい雰囲気が充満していて、みんな一様に疲れたような精彩のない顔をしていた。これがいっそ入試直前ともなれば開き直ってかえって明るく振舞えるかもしれないが、二学期の半ばあたりの今頃は何とも中途半端だ。

 何人かずつ固まって楽しそうにお喋りしていてもそれほど騒がしくはなく、ふざけてどっと笑い声が起こるようなこともない。

 中間考査が近いから、席について教科書を広げている者も結構いる。窓から吹き込む風がやはり冷たいようで、誰かが閉めてよと言っているのが聞こえた。


 希羅梨はまず窓際で真琴を相手に喋っている和馬を見て、それから廊下側の一番前の席でノートに何かを書いているセスナを見た。

 二人とも変わった様子はない、だけど何かが違うような気がした。


 もしかしたら土曜日の、希羅梨が和馬と一緒にいるところをセスナに見られたのが切欠で喧嘩でもしたのではないだろうか。

 もしそうならどうしたらいいのだろうと、希羅梨は不安になる。


 希羅梨は和馬を好きだけれど、和馬とセスナが別れて欲しいと思っている訳ではないのだ。正直に白状すれば確かに、別れてしまえと思っていた時期もある。だけど今は違う、別れて欲しい訳ではない。


 和馬が幸せならば、その隣にいるのは自分でなくても構わないといつしか思うようになった。


 もう暑さはとっくに過ぎた感じなのに、いつものように屋上でお昼を食べようとは誰も言いださない。だから希羅梨は、セスナと美雨と三人で机をくっつけ合って教室で食べている訳だが、これが何故か気まずい。普通に他愛ないお喋りをしながら食べているのに何故か、本当に何故か気まずいのだ。

 だからなのか、食べ終わったらそそくさと解散になる。美雨はすぐに教室を出て行くし、セスナは自分の席に戻ってノートをひろげる。だから、希羅梨も自分の席に戻るしかないのだ。

 これまでだったら雪都の傍で過ごすところだが、もうつき合っているふりをする必要はない。B組の春樹のところに行こうかとも思うけれど、だけど何だかそれも面倒な気がする。

 本当に何もやる気になれない、必死で勉強しなくてはならない時期なのにすっかり気が抜けてしまった。


 ドアを背に希羅梨は、ぼんやりと教室を眺めていた。和馬たちの方に雪都が近づいて行くのが見えた。真琴と一言二言、言葉を交わしてから近くの椅子を引き寄せて座る。


 希羅梨との秘密の契約を解消したということは、表向きは雪都と希羅梨は別れたということになる訳だが、わざわざ言いふらすこともないだろうということで真琴はまだ知らない筈だ。だからだろうか、真琴はいつも通りの穏やかな笑顔で雪都と喋っている。

 そして和馬が、二人の会話には加わらずに強い目でじっと雪都を見ているのは、それは知っているせいだろうか。物言わぬその瞳が希羅梨には、雪都を責めているように見えた。


 優しい人、本当に。

 雪都のせいで別れた訳ではないと言ったのに、それでも同じ男として和馬は、雪都に言いたいことがあるのだろう。


 どこまでお人好しなのと、思うと希羅梨は笑ってしまいそうになる。あの遊園地のデートだって希羅梨の作戦だったのに、まんまと引っ掛かってくれるなんて笑ってしまう。


 本当にどこまで優しいのだろう。


 普通の男だよと、春樹は言う。どこにでもごろごろと転がってそうな、ごくごく普通の男だと。

 小さい頃から知ってる私が言うんだからそうなんだよと、そんなに恋い焦がれるほどの男じゃないよと何度も言われた。

 他にいくらでもいいのがいるよ、希羅梨は視界が狭すぎるんだよとも言われた。

 だけどこうやって教室を見回していても、目が自然と引き寄せられるのは彼だ。隣に座っている雪都の方がぱっと人目を引く整った容姿なのに、だけど希羅梨の目に映るのは和馬ばかり。


 どうしてこんなに好きなんだろう?


 わからない、もうわからなくなってしまった。だけど、どう足掻いても気持ちは動かない。好きで好きで好きで、ただ好きで。


 「あ、悪い」


 希羅梨が軽く凭れかかっていた戸が外から開けられて、急に支えを失くした希羅梨は思わずよろめいた。肩を支えられて振り向くとそれは国嶋伊佐美で、大丈夫かと心配そうに大きな体を屈めて希羅梨の顔を覗き込んでいる。

 急に開けて悪かったなと謝ってくれるのに首を横に振って、こんなとこにいた私が悪いんだよと希羅梨は笑った。


 「怪我ないか?」

 「全然平気、大丈夫!」


 大丈夫大丈夫とぴょんぴょんと飛び跳ねて見せれば、伊佐美は頷いて歩き出した。和馬たちのいる窓際の方に向う背中に希羅梨は、びっくりさせてごめんねと声をかけた。


 立ち止まって振り向いて、何でもないと答える伊佐美の向こう、こちらを見ていた和馬と希羅梨は目が合った。


 ほんの一瞬だったけれどその時はじめて、真っ直ぐに二人の視線が繋がった。




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