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school days  作者: まりり
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191 きっと彼女の方が寂しい


 話がある、そう言うセスナを家には上げずにすぐ近くの児童公園まで連れて行ったのはどうしてだろうか。話なら家で聞けばいい、もうすぐ美和と和香が帰って来るだろうが別にかまわない筈だ。

 だけど和馬は、セスナを家からほんの数十メートルしか離れていない児童公園まで誘った。


 角地を利用して作られたその公園は本当に小さくて、遊具と言えばブランコと鉄棒、それに砂場しかない。和馬が入って行くと、近所に住んでいる子供たちだろうか三、四歳くらいの男の子と女の子が二人で砂場に座り込んでいた。その母親だろう、ベンチで喋っていた二人の女が揃って和馬とセスナをちらりと 見たが、さほど興味を引かなかったのかすぐに自分たちのお喋りに戻った。


 和馬は、公園の隅にある鉄棒の前で足を止めた。子供たちが遊んでいる砂場からは、一番遠いところだ。いくら狭い公園とはいえ、ここでならあの母親たちに話を聞かれなくて済むだろう。


 「で、話って?」

 「あ、ああ……その、前に約束しただろう?決まったら、真っ先に言うと」

 「ああ、言ってたな。決まったのか?」

 「決まった」


 将来は、ウエディングドレスのデザイナーになりたいこと。『polka dots』という会社に高校を卒業したら就職することが決まったこと。セスナは、和馬を真っ直ぐに見て話した。だけど和馬は低い鉄棒に半ば腰かけて、砂場で遊んでいる子供たちの方ばかりを見ている。


 「だからな、私は大学には行かない。『polka dots』で修行させてもらう、デザイナーになるのだ」

 「そうか、わかった」


 何かを考えていることはわかっていたし、待つとは言ったもののずっと気になっていた。だけど今、ようやくセスナの口から将来の夢を聞かされても和馬には何だか遠い国の話のような気がした。


 それよりも今は、他に気になることがある。


 二人で遊園地に行ったことがセスナにバレたらまずい思ったのだろう、そこで会ったなんて嘘をついて逃げるように帰って行った希羅梨の後ろ姿が何度も頭の中でリフレインしていた。キラキラと輝く瞳で夢を語るセスナより、寂しげな瞳で無理して笑っていた希羅梨の方が今は和馬の胸の中で大きいのだ。親も兄弟もなく、恋人とも別れて希羅梨はこれからどうするつもりなのだろうか。希羅梨の傍らには親友の春樹がいつもいるけれど、だけどか弱い女の子がたったそれだけの支えで生きて行けるものなのだろうか。


 「前にも言ったろう?『polka dots』というのは、中森殿のご両親が経営されている会社なのだ。子供服メーカーなのだが今度、ブライダル部門を新設されたのだそうでな、私はそのブライダル部門のスタッフ第一号になるのだ」


 雪都は、あんなにもてる癖に一度たりともいい加減なことをしたことがない。希羅梨とつき合っていたこの一年と半年あまり、傍から見ている限りでは本当に誠実な態度だったと思う。このままあの二人は波風一つ立たずにつき合い続けて、そしていつかは結婚するのではないかなんて和馬は思っていた。それほどに雪都と希羅梨は似合っていたのだ、なのに。


 どうして別れたのだろう?


 希羅梨の説明は、和馬には全く理解できなかった。わからなかったけれど、あまりしつこく訊くのもどうかと思って追及はしなかった。


 好きなのに違うと、希羅梨は言った。どういう意味だろう、好きは好きではないのか。好きだから一年半もつき合っていたのではないのか。


 「専門学校に通いながら、『polka dots』で修行するという手もある。どう思う?やはり、専門学校できちんと基礎から学ぶべきだろうか」


 諦めかけていた夢が奇跡のように叶いそうな熱に酔って、セスナは和馬の様子がおかしいことにも気付かずひとりで喋り続けていた。いつもの和馬ならやったなと、自分のことのように一緒に喜ぶだろうに、セスナの話を聞いているのかいないのか和馬は上の空だった。


 「栄殿……私の憧れているデザイナーだが、栄殿が高校を卒業するまではアルバイトで来ないかと誘ってくださったのだ。私も是非とも行きたいと思っているのだが、どうだろうな。平日は学校があるから時間がないし、となると週末だけ……」


 セスナの話をぼんやりと聞き流していた和馬は、引っ掛かりを感じてようやくセスナの方を見た。砂場で遊んでいた子供たちはもう帰るのだろう、母親たちがそれぞれの子の服についた砂を落としてやっていた。


 「ちょい待て、お前、家が厳しいから休みの日に外出なんて出来ねえんじゃなかったのか?」


 和馬とセスナもすでに一年半以上つき合っているが、セスナの家が厳しくて休日に外出できないという理由でまともなデートなんて一度もしたことがない。夏休みに海に誘った時にも断られた。それなのに土曜日の今日、セスナはこうしてひとりで和馬に会いに来ているし、セスナの話からすれば『polka dots』という会社にも行って来たようで……。


 「そういや、夏休み中もずっと学校に通ってたんだよな?義兄さんには、何て言って出てたんだ、部活か?」

 「それはだな、その……」

 「今だって、土曜日なのに来てるな。どういうことだ、休みの日に外出できねえってのは、嘘だったのか?」

 「違う!嘘ではない、本当に外出できなかったのだ」

 「だったら、どういうことだよ?バイトなんて、全然無理な筈だろうが」

 「だから、それはつまり」


 怜士と一緒なら出してもらえるのだと、確かに耳に入った言葉の意味が和馬にはすぐにわからなかった。

 怜士、という名前なら知っている。セスナの華道の先生の息子だ、セスナにとっては幼馴染みたいなものだと聞いた。セスナから直接聞いたから知っている、知ってはいるけれど。


 「……怜士?」

 「だからだな、兄さまも怜士を知っているし、怜士が一緒ならと出してもらえるのだ。行き帰りは田之倉家の車で送ってもらえるしな、それなら心配ないからと兄さまが仰ってだな」

 「つまり、何か?今日もその怜士って野郎と一緒だった訳か?」

 「怜士は、協力してくれているのだ。私がデザイナーになりたいと言ったから力を貸してくれているだけで……」

 「成程、そいつはとっくに知ってたって訳だ。お前の夢とやらを」

 「かず、ま……?」


 さっと心が逆立ったのを和馬は感じた。セスナは今日、怜士とかいう和馬の知らない男と一日一緒だった訳だ。しかも、それは今日のことだけではない。夏休み中もずっと、もしかしたらそれ以前からもセスナの傍にいたのは和馬ではなく、その男だった。そして、和馬は知らなかったセスナの夢をずっと応援していたのだ。


 自分だって今日はセスナではない女の子と過ごしたのに、そんなことは一瞬で吹き飛んだ。それよりも、色々な感情が渦を巻いて収集がつかない。


 「いいな、お前。心配してくれる兄貴がいて、夢を応援してくれる幼馴染がいて、その上就職まで決まったってか。お前は、ちっとも寂しくねえよな」

 「和馬、私はだな……」

 「なんか俺って、お前に必要ねえよな」

 「違う、それは違う!私は、和馬がいたからこれまでなんとかやって来れた。これからだって私は……」


 セスナよりも希羅梨の方が寂しい、セスナよりも希羅梨の方が支えを必要としている。


 セスナには、義理とはいえ兄がいる。過保護な程に大切にされている。優しい幼馴染も傍にいるようだ、セスナのためにいくらでも協力してくれるような。


 それに、夢がある。


 デザイナーになりたいなんていきなり聞かされても寝耳に水でピンと来ないが、セスナにとっては大切な夢なのだろう。


 セスナよりも希羅梨の方が弱い、平気なふりをしているけれど弱い。

 それは、支えがないからだ。セスナのように、がっしりと支えてくれる人がいないからだ。


 「セスナ、別れよう」

 「和馬……?」

 「ごめんな」


 セスナと別れたからといって、希羅梨とどうにかなるつもりは和馬にはない。だけど、どうしてもこのままではいられなかった。セスナの隣にいて、支えていたのが自分ではなかったということがひどく堪えた。俺はセスナの何なんだと思うと、もうたまらなかった。


 「和馬!」


 砂場で遊んでいた子供たちはいつの間にか帰ってしまったようだ、誰もいない公園にセスナの引きつれた声が響く。


 「明日からは友達な、そうしよう」

 「和馬、頼むから聞いてくれ。私は、私は……」


 ごめんなともう一度言って、和馬はセスナに背を向けた。もうすぐ暗くなるのだからセスナを送ってやらなくてはとちらっと思ったが、そんなことは怜士とかいう男がするだろうと思い直して歩き出した。




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