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school days  作者: まりり
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180 カッコいいは最強


 ダンッ、ダンッと床を踏み鳴らす音に混じって、がんばってーと美和の声援が飛ぶ。美和の双子の姉である和香は自分より優に頭ひとつ分は背の高いニキビ面の男子中学生相手に素早く技を繰り出すと、あっという間にねじ伏せてしまった。

 ピッと短く笛を吹いて、審判が赤い旗をあげる。それをすぐ傍で見ていた春樹が満足気に頷くのが、二階の応援席にいる元気からも見えた。


 「やった、勝ったよ!ね、紗奈ちゃん、和香ちゃんて強いでしょう?」

 「本当、すごいね」

 「うん、すごいんだよ。和香ちゃんは、すごいの」


 自分の姉を素直に称賛する美和を元気は横目でちらりと見た。

 血の繋がりはないし苗字さえ違うけれど、紗奈は元気の姉のようなものだ。だけど果たして、元気は紗奈をあんな風に褒めることが出来るだろうか?

 いや、考えるまでもなく絶対に出来ない。けなすことはしても、すごいなんて口が裂けても言えないだろう。


 「あと一回勝ったら初段だよ、小学生で初段を取る子なんて滅多にいないんだって」

 「そうなんだ?だったら、本当にすごいんだね」

 「うん、すごいの!和香ちゃん、カッコいい」


 美和と紗奈が手を繋いで、すごいすごいとピョンピョンと跳ねている。元気は鉄柵に両手でつかまって、一階の体育館の方を黙ってじっと見ていた。

 電車に三十分ほど乗ってたどり着いた昇段試験の行われている市営体育館は、当たり前だけどおひさま保育園の講堂よりずっと広い。その広い体育館をいくつにも区切って、それぞれクラス別に試合が行われていた。

 またピッと笛の音がして、元気のすぐ下で行われていた試合の勝敗が決した。下位クラスの試合だったのか、向き合って礼をしている男の子は二人とも元気とさほど変わらない年頃に見えた。道衣がだぼついていて、どうもしっくりしていない。


 「元気くん、おもしろい?」


 そう訊かれて顔をあげると、紗奈が膝を曲げて元気を横から覗き込んでいる。美和が、空手の試験の応援に行くんだけど一緒に行かない?と紗奈を誘いに来た時、元気は自分から俺も行くと言い出したのだ。

 夏休みの間ですっかり仲良くなってしまった紗奈と美和は、二学期が始まると週末ごとに会って遊ぶようになった。どちらかの家で遊んだり、二人連れ立って買い物に行ったりする。最近では、どこかに出かけることが多い。

 夏休み中のように梶原家でばかり遊んでくれたらいいのに、そうそう元気の都合のいいように女の子たちは行動してくれないのだ。


 「もしかして元気くん、空手を習いたいの?」

 「別に」


 空手に興味があったからついて来た訳ではない、ただ空手なら元気が行ってもおかしくないと思った。

 玄関口で紗奈の支度が済むのを待っていた美和に俺も空手見たいと言ったら、大会じゃなくて昇段試験だよと美和は言った。そんなに面白くないかもしれないけど行く?と、今の紗奈がしているように膝を曲げて、元気と目線を合わせて訊いた。


 「朔夜さんがね、何か習いたいものがあったら習っていいって言ってたよ。私、美和ちゃんと一緒にスイミングスクールに行こうかなと思ってるの。元気くん、空手を習いたいんなら朔夜さんに言ってみなよ」


 それだったら元気だってスイミングスクールに行きたい、是非そうしたい。美和が一緒に行くなら絶対にスイミングスクールだ、何が何でもスイミングスクール。

 だけど元気がそう言う前に、美和がなになにと寄って来た。女の子二人が並んで膝を曲げて、元気の前でにこにこしている。


 「元気くん、空手を習うの?」

 「いや、俺は……」

 「すごい、カッコいい!元気くんくらいの歳から始めたら、きっとものすごく強くなるね」

 「……カッコいい?」

 「うん、カッコいいよ。春樹ちゃんも和香ちゃんもカッコいいもん。うちのお兄ちゃんも空手やってるの、すっごくカッコいいんだよ。今は受験生だからちょっとお休みしてるんだけどね。ね、私から春樹ちゃんに言ってあげようか?春樹ちゃんとこの道場はね、清風会っていうんだよ」

 「……」


 また、すぐ下で試合が始まった。今度も元気と同じくらいの男の子たちの取り組みだ。お互い向かい合ったままぐるぐると回るばかりで、試合というよりお遊戯のようだ。

 どう見てもカッコいいとは思えない。だけど、もっと向こうの方でやっている上級者の試合は熱気に満ちて激しい。確かに、あれぐらいになったらカッコいいかもしれない。


 「空手やると、カッコいいのか?」

 「うん、カッコいい!」


 美和と紗奈の声が、見事にはもった。

 だけど元気の耳には、美和の声だけ響いたりして。


 もし元気が空手を始めたら、美和は元気を子供扱いしなくなるだろうか?小学五年生と保育園児の歳の差が縮まる訳ないけれど、それでも少しくらいは何とかならないだろうか。


 「あ、和香ちゃんの試合が始まるみたい。和香ちゃーん、がんばれー!」


 美和の声援が聞こえたのか、和香が振り向いて片手をあげた。任せとけと言わんばかりの自信に溢れたその仕草は確かにカッコいい、元気だってカッコいいと思う。


 空手をやると、カッコよくなれるのか?


 美和の前に立つと、元気の心臓はいきなり暴走を始める。ドキドキと早鐘を打って、思ったこととは違うことを口走ってしまったりする。


 それが、何とかなるだろうか。

 空手をやって強くなれば、もしかして?




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