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school days  作者: まりり
179/306

178 1%に賭ける


 朝、目が覚めて雪都が一番最初にしたことは、カーテンを開けることだった。シャッと勢いよくスカイブルーの布を引けば、目に飛び込んで来たのはどこまでも晴れ渡った秋空。

 ほんの数日前に母の手によってかけ替えられたばかりの真新しいカーテンの色より数段も鮮やかな空色に、雪都は目を細めた。


 今日、もしも晴れたら言おうと決めていた。

 好きな女の子に好きだと言う、そう決めた。


 よし、と雪都は拳を握った。文句なしの快晴、これは告白しろという天の啓示だと決めつけることにして雪都はパジャマのボタンに指をかける。

 さっさと着替えて、顔を洗ってちゃんと朝食を食べて、そして彼女に会いに行く。行くったら行く、何がなんでも行ってやる。


 何事も勢いというものは大切だと雪都は思う。今日は土曜日、約束なんてしてないけれど受験生が遊びに行くとは思えない。受験が迫って来たこの時期だ、真面目な彼女なら家にいるだろう、多分きっと絶対に。


 だから、会いに行く。

 そして言う、好きなんだと。

 本当は、ずっと好きだったんだと。


 タンスの引き出しを開けてジーンズを引っ張り出し、シャツは水色のストライプを選んだ。髪は手櫛で撫でつけてみたけれど、それでは寝癖が直りそうにない。

 身なりに気を使う方ではないけど、寝癖頭で告白はないだろう。水をかぶるかと思いながら、雪都は部屋を出た。

 顔を洗って寝癖を直して、それからちゃんと朝食を取る。腹が減っては戦が出来ぬ、という訳でもないのだけれど、緊張して何も喉を通らなかったというのも情けないから、しっかりきっちり食べてやろうと思った。


 彼女の気持ちが自分に向いていないことなど、嫌というほど知っている。それでも、ほんの僅かでも可能性が残っているならそれに賭ける。

 これまでは男として見られてなかったかもしれないけれど、告白したら変わるかもしれない。告白されたら、彼女だって少なくとも雪都をただの幼馴染とは見れなくなるだろう。

 そこから何かが変わるかもしれないじゃないか。もしかしたらもしかするともしかするかもしれないと、思いたい。頼む、そうであってくれ。


 洗面所に入るとまず顔を洗って、その濡れた顔をそのまま洗面台に突っ込んで頭から水を浴びた。勢いよく迸る冷たい水を後頭部で受けながら雪都は、目をしっかりと開けていた。寝癖を直すためにこんなにびしょ濡れにすることはないけれど、こうすれば頭が冷えて冷静な判断が出来るような気がした。

 もう十月だ、受験は数か月後に迫っている。こんな大事な時期に自分の勝手で彼女を揺らしていいものかと思うとさすがに迷うけれど、ぐずぐずしてたら取り返しのつかないことになりそうな嫌な予感が雪都を急かしている。


 自慢じゃないけど、雪都の嫌な予感は子供の頃からよく当たる。

 いい予感は全くと言っていいほど当たらないのに、悪い予感に限って当たるのだ。


 あの時もそうだった、思い出したくもないあの夜。

 小学四年の秋、美雨がイジメで体育倉庫に閉じ込められたあの時も雪都は、ひたひたと迫り来るような嫌な何かを感じていたのだ。

 美雨が帰っていないという知らせを受け、一瞬も迷わず美雨の居場所を探しあてた雪都を美雨の父である草一郎は、後になって凄いと言ったらしい。雪都くんは本当に凄い、自分だったらまず教室を探した。きっとあんなにすぐには見つけられなかったと、救急車で沢浪中央病院に運ばれて、そのまま入院した美雨の主治医になった秋雪にそんなことを言ったとか。同じクラスだからですよと秋雪は答えたそうだが、確かにそれはその通りなのだけれど、それだけではなかったと雪都は思っている。


 何故か理由もなく胸騒ぎがしていたあの夜、ベッドに寝転んで本を広げていたけれどちっとも読んではいなかった。美雨が帰っていないと聞いた時、瞬時に雪都の中で冷たいイメージが広がった。

 美雨が寒がっている、そう思った。そして、すぐに学校だと思った。美雨は学校だ、そう思った瞬間には動き出していた。


 悪い予感は当たる、当たって欲しくないのに当たる。今、動かなければ絶対に後悔する、そんな気がしてならない。

 彼女の気持ちは知っている。美雨が好きなのは阿久津優介、雪都ではない。それならば、受験が無事に終わって落ち着いてから告白しても同じじゃないかと思う。彼女の気持ちはどうせ雪都に向いていない、この恋が実を結ぶ可能性はほとんどない。


 わずか1%に賭けるのは、雪都のエゴだ。

 そんなもので彼女を困らせていい筈がない、だけど嫌な予感がするのだ。


 水を止め、タオルで髪をごしごしと拭いた。タオルを頭に乗せたままで雪都は、鏡に映った自分を睨んだ。

 そして、自分の胸に想いの在処を訊く。


 好きだ、どうしようもなく彼女が好きだ。

 のままでは諦められない、どうしても。


 動け、動きだせと何かが雪都を急かしている。早くしないと手遅れになる、そんな根拠のない予感が疼く。


 「よし、行く」


 雪都は、わざと声に出してそう言った。自分への確認だ、決心は揺るがない。


 湿ったタオルを肩にかけた雪都がダイニングに入って行くと、テーブルにはトーストと目玉焼きが一緒に乗った皿がふたつ置いてあった。家政夫の風太郎は最近、契約の時間よりも早く来て朝食を作ってくれる。ご飯と味噌汁という和食が多いが、今朝は洋食らしい。キッチンの方からコーヒーのいい匂いもしていた。


 だけど、食卓は整っているのにこれを用意した筈の風太郎の姿が見当たらなかった。多分、休みの日はだらだらと寝坊する晴音を起こしに行ったのだろう。


 先に食べるかと、雪都は自分の席に座った。皿を引き寄せてから、フォークも箸も出てないことに気づく。箸を出して、ついでにキッチンでデキャンタの中に出来上がってるだろうコーヒーを貰ってこようと雪都が立ち上がろうとした時、パタパタと足音を響かせて風太郎がダイニングに駆け込んで来た。


 「雪都さん!」

 「あ?」


 いつもは居てもわからないくらいに物静かな風太郎の鋭い声に、雪都は腰をあげかけた中途半端な姿勢で止まった。晴音ちゃんの様子が変なんですと続いた風太郎の言葉が、雪都の耳にやたらと大きく響いた。




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