14 スマイルください
「やっぱ出ねえ。電源切ってるぞ、あいつ」
携帯を耳に押し当てたまま、和馬はコーラの紙コップを持ち上げた。先ほどから何度か電話しているが、和馬の耳に聞こえて来るのは毎度、電波が届かないところにいるが電源が入っていませんという、お馴染みのメッセージだ。
「駄目だな」
まだ昼食にするにはかなり早い時間なのにもかかわらず、休日のハンバーガーショップは喧騒のるつぼと表現したいような騒がしさだったが、騒がしくてよかったと和馬は思いながらコーラを一口飲む。後ろの席の兄弟らしい小学生くらいの男の子たちが喧嘩したらしく、弟の方が大声で泣いているおかげで、「なんでだよー」という創太の大袈裟な叫び声が然程目立たずに済んだからだ。
「何で電源切ってんだよ、永沢め!姫宮さんと取り込み中か」
「朝っぱらからかよ」
「朝も昼も夜もあるか、あのケダモノが」
両手で顔を覆い、仰け反って叫ぶ創太に和馬は思わず他人のふりをしたくなった。俺も携帯の電源切っとけばよかったなどと、大仰に溜息をついてみたりして。
「和馬!お前もお前だ。何で一人で来るんだよ、飛鳥井さんはどうした!」
「セスナは今日、花がどうのとか言ってた。つーか、あいつは休みの日なんて出て来れねえよ」
「何で」
「厳しいんだよ、あいつの家」
「んじゃ、お前らいつデートすんだよ?」
「しねえよ、んなもん」
「はあ?」
「創太、声でけえ」
ハイテンションで叫び続ける創太に、和馬はあからさまに顔をしかめた。こんなに叫び続けてよく喉が痛くならないものだと、前に座っている創太を呆れを込めて睨む。
今日は昼まで寝ていようと思っていたのに、和馬は携帯の着メロで起こされてしまったのだ。半分寝惚けて出てみると創太で、有効期限が今日までの遊園地のチケットを貰ったからセスナを誘って来いと言う。面倒だから嫌だと答えると、来なかったら泣くと脅された。
勝手に泣けと思ったが、卒業まで目の前で泣き続けられたらうざい、かなりうざい。なので嫌々出て来てみたら、同じ手で呼び出された真琴と伊佐美がお人よしにも雁首を並べていた。
「何が悲しくて、こんな野郎ばっかで遊園地なんて行かなきゃならねえんだよ!お前の使命は飛鳥井さんを連れて来ることだったのに、この役立たずがぁー」
まったくもって、勝手な言い草である。
「くっそー。残された希望は永沢だけだっつーのに、なしてあいつは電源切ってんだよ?」
「知らねえよ」
「揃いも揃って、使えねえ奴らめ」
「大体な、彼女連れて来させて嬉しいのかよ?姫宮は雪都の彼女であって、間違ってもお前とはつき合ってくれねえぞ」
「姫宮さんなら、一回くらいはジェットコースターの隣に乗ってくれるハズだ!そんで、キャーとか可愛い悲鳴をあげて俺にしがみついて来るんだぁー」
「だからそれ、楽しいのか?」
「彼女持ちにはわかんねえよっ!」
涙目で叫ぶ創太に、和馬はハアと大きな溜息をついた。やっぱ、電源切っとけばよかった……気づくと、いつの間にか真琴と伊佐美は席を移動している。斜め後ろの席で他人のふりを決め込んでいる二人を和馬は身をひねって半眼で睨みつけた。
「それでな、ジェットコースターから降りた後で姫宮さんは俺の手を握って、新見君て頼りがいあるのね、ありがとうなーんてにっこり笑うんだぜぇ」
創太のでれっと緩んだ顔に、和馬は眉間の皺をぐぐっと深くした。
いや、姫宮は確かジェットコースターなんて全然平気な筈だ。
キャーどころか、バンザイしたまま大喜びで乗るぞ、きっと。
あれはまだ中学の頃だ。和馬の二人の妹と、和馬の幼馴染である春樹とその友達の希羅梨という妙なメンバーで一度だけ遊園地に行ったことがある。女の子四人を引き連れて和馬はさながら引率者だった訳だが、その時のことを思いだせば、希羅梨は嬉々としてジェットコースターの列に並んでいた。女の子四人とも可愛い悲鳴なんてあげてなかった、絶叫系ばかりつき合わされて酔ってダウンしたのは和馬の方で……。
「ああ、姫宮さん。可愛いよなぁ、飛鳥井さんも可愛いけど。うちのクラスの美少女二人組だよな。これに中森さんが加われば、美少女ユニットでデビューさせたいくらいだ」
「中森?そんなんいたか」
「いるだろー!何だよ和馬、お前の目は節穴か。中森美雨ちゃんだよ、美雨ちゃん。すっげえ可愛いだろが、可憐つーか」
そっかぁと、どうでもよさ気に答えながら和馬は、カラになった紙コップを置いた。そして、ジーパンのポケットを探って小銭を取り出す。
「創太、コーラ買って来てくれ」
「はあ、何で俺?」
「にっこり笑ってくれるぞ、ありがとうございましたってな」
和馬が顎をしゃくって示した方を、創太はガバッと振り向いた。カウンターでハンバーガー入りの袋を差し出し笑っているのは、大学生くらいの結構可愛いお姉さんだったりする。
「まかせとけ!」
和馬の手から小銭をもぎ取り、創太は意気揚揚と立ち上がった。誰でもいいんじゃねえかと和馬が呟いたのには、もちろん気づかずに。