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school days  作者: まりり
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144 カノジョ


 どうせ断られるんだろうな、そう思うと携帯の発信ボタンを押す手が迷う。彼女に電話するのに躊躇する男なんて俺くらいじゃねえのかと、思うと何とも落ち込みたくなってしまう。

 いや、こんなことで落ち込んでどうする。別に喧嘩してる訳ではないし、なかなか会えないのは彼女の家庭の事情だ。落ち込む必要なんてない、まったくどこにもない。


 和馬は、家のすぐ近くにある児童公園とは名ばかりの小さな広場に自転車を停め、低い鉄棒に腰かけて手の中の携帯を睨んでいた。ジャラジャラとストラップが三本もついているのは、別に和馬の趣味ではない。


 この三本のストラップは全て十日ほど前、誕生日プレゼントとして貰ったものだ。

 黄色いライオンの人形がついているのが美和からで、人体模型のような骸骨が和香から。そして、青い硝子細工のイルカがセスナからだ。


 はっきりきっぱり、こんなにジャラジャラつけていると邪魔でしょうがない。携帯はいつもジーパンの後ろポケットにねじ込んでいるから、ストラップなんて邪魔なものはついていない方がいい。

 だけど三本とも和馬のために選ばれた物だと思うと、つけずにはいられない。学校でもらったセスナのイルカをつけて帰ったら、かぶったーと涙ぐんだ美和の手にもストラップがあって、ほいっと和香が投げて寄こした袋の中身もストラップで、何で揃ってストラップなんだと思わないでもなかったが、それはそれで嬉しかったのだから邪魔だろうが何だろうがつけるしかないだろう。


 三本のストラップをジャラジャラいわせながら和馬は、携帯を操作した。鉄棒と砂場、それにブランコがあるだけの小さな児童公園は、低い植え込みに周りが囲まれているだけで中が丸見えなせいかカップルがいちゃついていることもなく静かだった。

 こんなところでかけるのは、家だとうるさくてセスナの声が聞こえないからだ。どうしてうちはあんなにうるさいのかと、今更ながらに思う。ヒゲ親父が大きな音でテレビを観て、妹たちも賑やかな音楽を聞いていたり、でなければ二人でかしましく喋っていたり。

 平均的な四人家族の音量を遥かに越えているだろう、よく近所から苦情が来ないものだ。

 いや、確かに阿部家はうるさいが、だけど電話の声が聞こえないのはセスナが小さな声でぼそぼそと喋るせいだ。学校にいる時の声とは全然違う。学校でもそんなに喋る方ではないけれど、だけど時にはゲラゲラと声をあげて笑ったりするのに、電話の声は笑い声なんて全く想像できない力ないものだ。

 それだけセスナは、飛鳥井の家で気を使っているのだろう。養女という立場は、和馬には想像したくても出来るものではない。和馬自身は、実の父と双子の妹たちに囲まれて、全く気を使わなくていい環境でしか生活したことがない。

 発信ボタンを押すと、一泊の空白の後に呼び出し音が流れ出す。一回、二回、三回。四回目が鳴りかけたところでハイと、セスナの声が応えた。和馬はセスナに電話をかけて、呼び出し音を五回以上は聞いたことがない。


 「セスナ?」

 「ああ」


 女の子にしては、低い声。喋り方も素っ気ない、それがセスナだ。

 別に女の子女の子した可愛いタイプが好きな訳ではないから気にはならないけれど、だけどもう少しくらいは嬉しそうにしてもいいのではないかと和馬はほんの少しだけ思う。終業式の日にじゃあなと別れてから、数日ぶりに言葉を交わしたというのに。


 「何か用か?」

 「ああ……まあ、用だ」

 「何だ?」

 「来週の水曜、海に行かねえかって。みんなで」

 「水曜?」

 「おう」


 即答で断られると思ったが、セスナはほんの数秒だけ答えなかった。そして数秒後に行かないと、小さな小さな声が聞こえた。


 「セスナ?」

 「すまぬ」

 「いや、別に謝ることねえけど」


 どこかで虫が鳴き出した、蒸し暑かった。額に滲んできた汗を和馬はぐっと腕で拭った。

 鉄棒に腰かけたままで、児童公園のすぐ外の通りを照らしている街灯が頼りなくチカッ、チカッと瞬いているのに気づいて和馬は、電球切れかけてんじゃねえかなんて思った。管理しているのは、町内会だろうか。あれが切れたらこのあたりは真っ暗になるから危ねえよなとか、美和と和香に帰りが遅くなる時には気をつけろと言っておかなきゃなどと、電話とは関係のないことをつらつらと考える。


 「誰が行くのだ?」

 「あ?」

 「海」

 「ああ……創太と真琴と伊佐美と雪都。それに、まだ行けるかどうかわからねえけど、姫宮と春樹と中森と藤田。美和と和香も連れてこうかと思ってる」

 「楽しそうだな」

 「そうだな」


 本当に楽しそうだろうか?いや、気の置けない仲間ばかりでワイワイと行くのだから、楽しいに決まっている。


 「セスナ、お前も行きたいんなら何とかなんねえのか?何かテキトーに誤魔化してだな、臨海学校…は、嘘丸出しか。部の合宿とか?」

 「手芸部でか?」

 「手芸部でも、海くらい行ってもいいだろうが」

 「それだったら、友達と行くと言っても大差ない」

 「そりゃそうか」


 ふうっと、電話の向こうから溜息が聞こえた。和馬は、つられて溜息をつきそうになるのを、ぐっと堪えた。


 「……来週の水曜は、用があるのだ」

 「そうなのか?」

 「ああ、どちらにしても行けぬ」

 「そうか」


 夏休み中に一度くらい会わねえかと、言うべきだろうかと和馬は思った。だけど、口に出すことはしなかった。

 さっき、バーガーショップを出て仲間たちと別れた時、雪都が家とは違う方向に向かって歩き出したからどこ行くんだと訊いた。姫宮がまだバイトしてるかもしれないから、海のこと言って来ると雪都は答えた。普通の恋人同士と言うものは夏休み中だって、あんな風に普通に会うものなのだろう。


 自由に会えないことに、和馬は文句を言うつもりはない。そんなことは元から全て承知した上でつき合っている、だからそれはいい。だけど、隔たりを感じる。セスナと自分の間には、ひどく距離があるような気がするのだ。

 長い夏休みの間、会えないせいだろうか。二学期になって学校が始まれば、こんなことはなくなるのだろうか。だけど、和馬はしばらく前から、つまり夏休みが始まる前からセスナとの間に距離を感じるようになっていた。


 また電話すると言うと、セスナはすまぬと言って電話を切った。光を失った携帯を握りしめて、和馬はそのまましばらく動かなかった。家はすぐそこだ、だけど何だか動く気になれない。


 どこかで虫が鳴いている、蒸し暑い夜だった。児童公園のすぐ外の道では、チカッ、チカッと街灯が瞬いていた。




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