139 告白の行方
「何かあったのか?」
襖を開けるなり、怜士は前置きもなくいきなりそう訊いた。怜士の手には、里美に持って行けと渡されたスイカが乗った盆がある。真っ赤に熟れたスイカを見てセスナは、すまぬなとまるで独り言かのような小さな声で言った。
「柊也さんに何か言われたか?」
「兄さまに何を言われるのだ?」
「一学期の成績がさがったとか」
「さがっとらん」
そう無表情で答えるとセスナは、怜士が持ってきたスイカに手を伸ばした。上品に銀のスプーンを使ってスイカを黙々と食べてだしたセスナを、本紫檀の座卓を挟んで正面に胡坐をかいてどっかりと座った怜士がじっと見つめる。
怜士がセスナに気持ちを告げてから半月ほど経つが、その間は学期末試験のために華道の稽古は休みだった。だから怜士は今日、告白して以来はじめてセスナに会った訳だが、個人レッスンの後にいつも通りに里美が夕食に誘うといつも通りにセスナは頷いたし、食後にいつも通りに母と兄が部屋を出て行って二人きりになってからもセスナは怜士を特別意識しているような様子もなく、怜士が俺の告白はどうなったんだよおいと思ってしまうほどに淡々といつも通りだった。
いや、いつもより元気がないようだが、その原因はどう見ても怜士の告白とは関係なさそうだ。
「お袋が、受験が終わるまで稽古を休みにするかどうか訊いといてくれつってたけど、どうする?」
「そうだなぁ……」
「心ここにあらずだな」
「そうだなぁ……」
いつもなら田之倉に稽古に来る時は学校帰りだからセスナは制服姿なのだが、今日は白地にベージュの細いストライプが入った前ボタンの清楚なワンピースを着ている。夏休みに入って、もう既に五日ほどが過ぎていた。
家から直接来るなら着物で来るかと思っていたが、怜士の予想に反してセスナはラフな服装だった。いや、セスナなら着物でもワンピースでも制服でも、何を着ていても可愛いと怜士は思う訳だが。
「そろそろ俺に惚れたか?」
「そうだなぁ……」
セスナが反応を示したのは、柊也の名前にだけだ。あとは本当に心ここにあらずらしい。
怜士は、そのままごろんと畳の上に寝転んだ。怜士が不貞寝を決め込んでも、セスナは銀のスプーンを動かしてスイカを食べている。
「もしかして、またお前の好きなデザイナー関係か?」
カッシャーンと、セスナの手から滑り落ちた銀のスプーンが本紫檀の座卓の上で跳ねた。寝ころんだままで、怜士は眉間の間にぐぐぐっと皺を寄せた。
腹が立つことに大当たりらしい、本当に怜士の告白はどうなったのやら。
待つとは言った、確かに言った。だけど、少しくらいは意識しろと言うのは怜士の我儘なのだろうか。
「また見学に行きたいのか?」
怜士は体を起こすと、溜息混じりにそう言った。不満は色々とてんこ盛りだが、それでもセスナの望みなら叶えてやりたいという気持ちは大きい。確か、前に見学に行った時にはセスナはこれきりだと言っていた。だけど、後ろ髪引かれているのはありありとわかった。
「いや、そうではないのだが……」
「言ってみろ」
ショーがあるらしいのだと、セスナは消え入りそうな声で言った。怜士が「ショー?」と訊き返すとセスナは、部屋の隅に置いてあったバックを引き寄せ、中から何か白いものを出した。
「中森殿……同じクラスの中森美雨殿からいただいたのだ。子供服雑誌主催の新作発表ショーらしい。今度の水曜日にだな、その……」
セスナの手から封筒を受け取り、怜士は中を確認した。招待券が二枚、入っている。
「行きたいんだな?」
「怜士、私は……」
「行きたいなら行きたいって言え、そしたら俺が連れてってやる」
「そんな訳にはいかぬ、お前にこれ以上迷惑をかける訳には……」
「水臭いこと言うな」
「しかし」
「言え」
行きたいと、うつむいたセスナの唇がそう動いた。声にはなっていなかった、だけど怜士にはそれで十分だった。
「また映画でいいか?いや、何か他の言い訳の方がいいかもな」
セスナを連れだすいい言い訳を考えて、また里美から電話してもらうと言う怜士に、セスナはすまぬと頭をさげた。
「すまぬ」じゃなくて、「ありがとう」と言えよと怜士は呟いた。その小さな呟きは、どうやらセスナの耳には届かなかったようだけれど。