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school days  作者: まりり
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133 polka dots


 子供服ブランド、『polka dots』の縫製部主任である鈴元健吾が縫製室に戻った時、ちょうど草一郎が出て行くところだった。じゃあ悪いけど頼むねという草一郎に、楓がはぁーいと間延びした返事を返している。


 「どうした、急ぎの仕事か?」


 広げてあった型紙を脇にどけてから健吾は、コンビニの袋をテーブルの上に置いた。中から牛カルビ弁当を取り出し、楓に向けて投げる。ぱしっと弁当を余裕で受け止めた楓は、続いて飛んできた烏龍茶のペットボトルも器用に受け止めた。健吾が物を投げるのはいつものことだから、慣れたものだ。


 「んーっとね、なんか美雨ちゃんの家庭教師をしてくれそうな友達を紹介してくれって」

 「家庭教師?」

 「そうそう、美雨ちゃんて受験生だから」

 「ほー、相変わらずベタ甘だな」

 「そりゃあ、大事な一人娘だもんね」


 健吾はスポーツドリンクをごくごくと一気に飲み干してから、自分の分のチキン南蛮弁当をバリバリと開けた。

 毎日毎日、三食ともコンビニ弁当ばかりなのでもうかなり飽き飽きしているのだが、外に食べに行く時間も金も惜しいから仕方ない。腹が満ちればそれでいいとばかりにかっ込む。そのあたりは楓も同意見なようで、ガツガツと食べだした。


 「家庭教師派遣会社に頼めばすぐ来るんじゃねえのか?」

 「身元がしっかりしている人がいいからってさ。美雨ちゃん、いつも家で一人だから、家庭教師が変なのだったら困るって」

 「つまり、野郎の家庭教師に襲われるとか、そんな心配か?」

 「男じゃなくても心配みたいよー」

 「ほー、そんでお前に頼んだ訳か。心当たりあるのか?」

 「私も卒業して三年だからねー、知ってる後輩たちもほとんど卒業しちゃったし。まあ、就職しないでぶらぶらしてるのに声かけてみるよ」


 弁当を食べるスピードとは対照的におっとりのんびり喋る楓は、京都の老舗旅館の娘で、お嬢様学校として有名な青蘭女子大学を卒業している。もっとも、親元を離れて一人暮らししていたのをいいことに大学にはほとんど行かずに栄の押しかけ弟子としてこの『polka dots』に入り浸っていた訳だが、それでも留年もせずにきっちりと卒業したあたりは要領がいいと言うしかないだろう。


 「そういやお前、ちょい前にお嬢さんに呼ばれてなかったか?」

 「ああ、夕日町の七夕祭りの日だねー。浴衣着せてきたー」

 「デートか?」

 「デートだねー、あれは」

 「社長は知ってんのか?」

 「もちろん知らないでしょー」

 「だよな」


 ものの数分で弁当を平らげると、健吾はすぐにミシンの前に座った。いつもだったらもう少しぐらいはゆっくり休憩を取れるのだが、今は子供服雑誌主催のショーの準備で多忙を極めているのだ。楓と二人で、ほとんどこの縫製室に住みついているような状態だったりする。


 「お嬢さんが嫁にでも行く時には草一郎社長、見ものだろうな」

 「栄先生は、美雨ちゃんの花嫁姿を楽しみにしてるみたいだけどねー」

 「そうなのか?」

 「ウエディングドレスのデザイン画、見せてもらったー。さすが栄先生だよ、どれもすごいよ」

 「何だよ、それ。俺、見てねえぞ」

 「そりゃ、仕事とは関係ないプライベートなデザイン画だもん。見せてって言ったら見せてくれるんじゃない?」

 「栄先生、今いるか?」

 「いるんじゃない?」

 「ちょっと行って来る」

 「はいよー」


 弁当を食べ終わり、ミシンの前に座った楓とは入れ替わりに健吾は立ち上がった。縫製室を出て、栄がいつも仕事をしている専務室に向かう。


 健吾は、高校を卒業すると大学には進まず、服飾専門学校を経てこの『polka dots』に就職した。子供の頃からきれいな服が好きで、男の癖にと家族にも友達にも馬鹿にされ続けて来たが、だけど健吾はそんなことは気にもならなかった。

 もっとも、いくら服が好きとは言ってもさすがにこんなに少女趣味な子供服を縫うことになるとは思ってはいなかったのだが、だけど専門学校の先生に紹介されてこの事務所を見学に来た時、栄のデザインをひと目見た途端に健吾は惚れ込んでしまったのだ。

 それが五年前、健吾が二十歳の時のことだった。


 飛鳥井とか言ってたか、この前きた子。あの子は仲間になるな、絶対。


 廊下を歩きながら、健吾は何となく思い出していた。あの子は自分や楓と同じ、栄のデザインに魅了された目をしていた。何年か後には、スタッフが一人増えるだろう。縫製に入ってくれたら助かるのだけれど。


 今まで、何人ものスタッフが入っては辞め、入っては辞めて行った。仕事量が半端ないことも続かない理由のひとつなのだろうが、それ以上に問題なのは栄の服に対するこだわりだった。

 栄のイメージ通りに仕上げないと、何度もやり直させられる。それに耐えられなくて、辞めてしまうのだ。栄の服は、栄の服を理解していないと縫えない。今のところそれは健吾と楓の二人しかいない、だけどあの女の子なら多分大丈夫だろう。


 本当なら、美雨お嬢さんに後を継いでもらいたいんだろうけどな。


 頭の上に、両親によって冠をのせられた女の子だ。だけど、草一郎と栄の大切な一人娘は、どうやら服飾の世界に興味がないらしい。

 勿体ないことだと思うが、才能は娘だから継げるというものではない。


 ウエディングドレスか……。

 栄が一人娘のためにデザインしたドレスとはどんなものなのだろうかと、思うと健吾は走りだしていた。




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