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school days  作者: まりり
132/306

131 夏だから


 田中酒店と書かれた立て看板の横に停められている大きな黒い自転車を見つけて、あゆみは足を速めた。

 配達に使う自転車があるということは、清太郎が家にいるということだ。

 自動ドアが半分開いたところで間をすり抜けると、レジ前に座ってのんびりと新聞を読んでいた清太郎の父が顔をあげた。


 「お、あゆみちゃんか。毎日暑いな」

 「こんちは、おっちゃん」

 「何か冷たいの、持ってっていいぞ」

 「やった!」


 あゆみは歯を剥き出しにしてニカッと笑うと、遠慮なく店の冷蔵ケースから冷えたラムネの瓶を二本だした。そして、それを持って店の一番奥にある目立たない通路から倉庫に入って、そのまま猫の額ほどしかない裏庭に抜ける。

 田中家の住居は三階建になっている建物の二階と三階にある。つまり、一階部分が店と倉庫になっており、その上が家になっているということだ。

 安アパートのようなむき出しの錆びた外階段をカンカンと昇って行くと、やっと自宅の方の玄関に辿りつく。あゆみは呼び鈴を鳴らさず、いきなりドアを開けた。


 「こんちは、おばちゃん」


 台所で水音がしていたから、そっちに向かって声をかけておいてからあゆみはそのまま廊下を進んだ。突き当りにある狭くて急な階段を上ると、すぐに目の前にドアがある。それがあゆみの幼馴染で多分彼氏である、田中清太郎の部屋だ。


 もちろんここでもノックなんてしない。

 あゆみは遠慮なくドアを開けると、ずかずかと中に入った。


 「清太郎、数学!」

 「あー?」


 壁際に置いてあるベッドで昼寝を決め込んでいた清太郎は、数学数学とラムネの瓶の底でゴンゴンと頭を小突かれて、思いきり不機嫌そうに目を開けた。


 「数学、追試!」

 「お前、またかよ……」


 のろのろと体を起こす清太郎の前であゆみは、持ってきた布袋から数学の教科書やらノートやら問題集なんかをポイポイと放り出した。


 「教えろ、ワキクサアゴヒゲ猿」

 「お前な、それが人に教えを請う態度か」

 「うっさい、早くヤマ張ってよ!私が卒業出来なかったら、清太郎のせいだかんね」

 「おいこら」


 あゆみは、小学生の頃から理数系の教科が全く苦手なのだ。あゆみがこれまで何とかやってこれたのは、理系志望の清太郎がこうして面倒を見て来たおかげだと言える。


 「お前が卒業できねえのは、お前がアホだからだろうが。俺のせいにすんな、このハナクソ女」

 「数学なんて役に立たないもんは勉強しないことにしてんの、受験科目でもないしさ」

 「そりゃ、てめえが数学の試験のない大学を選んだんだろうが」

 「いいから、教えなさいよ。ラムネ持って来てやったからさ」

 「って、うちの店から持って来ただけだろうが!」


 くわっと牙を剥いた清太郎の眼前にあゆみは、問答無用でラムネを押しつける。このとても高校生には見えないオッサン顔の幼馴染は、何だかんだ言いながらも結局は理数系が苦手なあゆみがわかるまで根気強く教えてくれるのだ。


 「ほら、どの公式を覚えりゃいいの?早く教えんか、ボケ」

 「おっ前なぁ……」


 美雨に、どんなきっかけでつき合うことになったのと、何度も訊かれる。まあ、訊きたい気持ちはわかる。これだけ年中言い合いばかりしている自分と清太郎がつき合っているなんて、自分でも信じられないくらいなのだから。


 「これとこれと、これ。とにかく、その空っぽな頭に突っ込め」

 「よっしゃ!」


 黄色の蛍光マーカーで清太郎が印をつけた公式を、訳がわからないなりにそのまま覚え込む。プシュッと軽い音がした、清太郎がラムネを開けたのだ。ラムネを飲んでいる、そのオッサン顔を見ていると何だか笑えて来る。よりによって、どうしてコレなんだろうか。


 どうにもこうにもこっ恥ずかしいので、美雨には忘れたとか、いつの間にかなんとなくなどと誤魔化しているが、清太郎とあゆみがつき合い始めた切欠は実に冗談みたいなものだった。

 中学二年の時のクラスがやたらと仲がよくて、クリスマス会をやろうなんて子供っぽい企画が持ち上がったのだ。会場がこの清太郎の部屋になったのは、部屋は狭いが清太郎の親はノリがいいから、いくら騒いでも怒られないだろうという思惑からだった。

 その思惑は見事に大当たりだった、というか田中のおっちゃんとおばちゃんのノリは良すぎた。小遣いを出し合ってチキンとケーキ、飲み物はジュースという可愛らしいクリスマス会を楽しんでいた中学生たちに、まあ飲みねえと店から甘いチューハイを運び込んだのだ。


 未成年に飲酒を勧めるのは、普通に犯罪者である。

 もっとも中学生たちは、待ってましたとばかりに冷えた缶を受け取った訳だが。


 最近の中学生はマセてはいるが、酒豪を名乗れるようなツワモノはそういない。ほとんどの者が酒初体験で、すぐにみんなベロンベロンになった。いい感じに酔いが回ってきた頃、誰が言い出したのかお約束のように告白大会なるものが始まった。

 あゆみもそれなりに酔っていたのでよく覚えてないが、物好きもいたようであゆみを好きだと言い出した奴がいた。酔った勢いであゆみに抱きつこうとしたそいつの襟首をむんずと掴み、ぽいっと放ったのはその当時からオッサン体型だった清太郎だ。クラスで一番デカイ体にものを言わせて、不埒者を軽く捻ってしまったのだ。


 その時、このオッサンが宣言したらしい。こいつは俺んだよと。

 若気の至りにもほどがあるけれど、酔った勢いでそんな、素面では絶対に言わないようなことを言って暴れたらしい。


 あゆみはよく覚えてないけれど、というか忘れたということにしておいて欲しいのだけれど、だけど酔っ払い中学生たちが口を揃えて証言したから、そういうことだったらしい。


 その時から、二人はただの幼馴染ではなくなった。

 少なくとも、クリスマス会に参加していたクラスの仲間たちは勝手に公認してくれやがった。


 公認の仲になったからと言って、二人の何かが変わった訳ではなかった。相変わらず顔を合わせれば喧嘩する、遠慮なく怒鳴り合う。だけど、一緒にいる時間は増えた。喧嘩しながら一緒に過ごした。

 あれからもう三年と半年、二人はやはりあまり変っていない。顔を合わせれば喧嘩するし、彼氏と彼女らしい甘酸っぱいことにもあまりならない。それでも一緒にいる。ずっと変わらず、同じ時を過ごしている。


 「おし、覚えた!」

 「この問題やってみろ」

 「おう、やったろうじゃないの」


 二人きりでこんな狭い部屋にいても、甘酸っぱいことにはあまりならない。なんだかやたらと暑い気がしないでもないが、それは夏だから当たり前なのだろう。


 あゆみは知っている。酒屋の息子はノリのいい親に子供の頃から酒を飲まされ、中学にあがる頃には既に一端の酒豪を名乗れるほどだったことを。あのクリスマス会の日に飲んだ、アルコール度数が低いチューハイ程度では酔わないことを。


 こいつは俺んだよと、酔ったふりして宣言するのがこのオッサンの精一杯だったのだろう。あゆみだって、自慢じゃないけど告白なんてこっ恥ずかしいことは出来やしないから、ここはもう流されるままに行くしかないと思う。

 勝手に公認してくれやがった中学時代の友人たちにほんの少し感謝しつつ、喧嘩しながらのんびり行こうと思う。




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