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school days  作者: まりり
119/306

118 祭り×浴衣×花火


 いつかもこんなことあったよな……。


 楽しそうに何か喋っている四人の女の子たちの後ろをぼんやりと歩きながら和馬は思った。

 いつかもこんなことがあった。あれはいつだったか、確かまだ中学の頃だ。今日と同じメンバーで遊園地に行った、どうして行ったのかは覚えてないが。


 「春樹ちゃんの浴衣、格好いい!」

 「そ?希羅梨も似合ってるよ」

 「私のまで新しいの作ってくれて、おばさんによーくお礼言っといてね」

 「了解、いつも卵買って来てくれるお礼だって言ってたよ」

 「いいなぁ、希羅梨ちゃんの浴衣かわいい。私もピンクが良かったな」

 「来年は、美和のも作ってって言っとくよ。うちの母さん、縫いたくてうずうずしてっからさ」

 「本当?じゃあ、私も卵もって行くね」

 「気を使わなくていいって。和香もいる?美和とお揃いにしてもらおっか」

 「いらねー」


 春樹の母親の新作らしい浴衣は、春樹のが黒地に赤と白の縦縞が大胆に入ったかなり着こなすのが難しい粋な柄で、希羅梨のはピンクに蝶の柄が可愛い、春樹のとは対照的な優しい雰囲気の浴衣だ。

 この二人の浴衣姿はどうやらかなり人目を引くらしくて、さっきからすれ違う人が男も女も漏れなく振り向くことに和馬は気づいていた。青い地に朝顔柄の、既製品のごくありきたりな浴衣を着ている美和がいいないいなと連発している。

 美和のだってよく似合ってて可愛いのになと思いながら和馬は、春樹と希羅梨、特に希羅梨の方を上から下まで撫で回すように見ていた大学生っぽい男を思いきり睨みつけた。


 こりゃ、気をつけねえとヤバイかもな。


 夏の気の長い太陽がそろそろ沈みかけていた。もうすぐ夜が来る、しかも祭り気分で浮かれた夜だ。

 酔っ払いも出るだろうし、酔っ払ってなくても女の子を暗闇に引きずり込みたい野郎もいるに違いない。花火が始まれば大混乱になる、この四人の内の誰かが花火大会の混乱に乗じようとする輩のターゲットにされない保障なんてどこにもない。


 助っ人頼めばよかった。俺一人じゃ手が足りねえぞ、こりゃ。


 真琴は彼女と行くだろから駄目だが、伊佐美か創太か、雪都あたりを連れてくれば良かったと和馬は眉間の皺をぐぐっと深くした。

 大体、希羅梨が来ているのに何故その彼氏である雪都が来ないのか。

 いや、一応は誘ってみたのだけれど、祭りには晴音を連れて行かなければならないからとあっさり断られた。だったら、晴音も俺らと一緒に行けばいいじゃねえかと言ったのだが、「あー」とか何とか歯切れ悪い返事が返って来た。

 結局そのままになった訳だが、そう言えば何だったんだろう、あれは。


 この四人の女の子たちがおとなしくじっとしていないことは、和馬は身に染みて知っている。四人が四人とも我が道を突っ走るタイプで、遊園地に行った時もてんでバラバラに走り出すから和馬は必死で駆けずり回らなくてはならなかったのだ。

 だけど、あの時は昼間の遊園地だったから危険度で言えば低かった。まだ小学校低学年だった美和と和香が迷子にならないよう気をつけていればよかっただけで、今日のように狼まで警戒する必要がなかった。


 春樹は……心配しなくていいか。なんせ空手部の部長だからな、襲った男の方が気の毒なくらいだ。和香もまあ、男みたいな格好してっから大丈夫だろ。もし何かあってもあいつは逃げ足が速いし、それに春樹に空手習ってるしな。となると、問題なのはロリコン野郎に狙われそうな美和と、それにやっぱ姫宮だよなぁ。


 きゃっきゃとはしゃぎながら歩いている四人の女の子たちを見て、すれ違う人がみんな漏れなく振り返る。女はいい、「あら、可愛い浴衣ねぇ」なんて言って振り返っているおばさんはいい。けれど、男は要注意だ。


 長い髪をさらさら揺らして、ピンクの浴衣で楽しそうに笑いながら歩いている希羅梨を下心の滲み出ているやらしい目で見ている男どもを和馬は片っ端からビシバシと睨みつけて撃退するが、男どもは後から後から沸いて出て来るのだ。

 今はまだ明るいからいいが、これが夜になって暗くなれば和馬の目が届かなくなりそうで恐い。ちょっと目を離した隙に一人いなくなるなんてことがなきにしもあらずだ。しかもこの四人は、何か気になることがあったらてんでバラバラに走り出す。


 「春樹ちゃんね、金魚すくいがすっごく上手なんだよ!」

 「和香ちゃんも上手なんだよ。ね、和香ちゃん」

 「まあね、春樹ちゃんよりは上手いと思うけど」

 「お、言ったな、和香。じゃ、勝負する?」

 「受けて立とうじゃないの」

 「負けたらカキ氷な」

 「たこ焼きもつけましょう」


 カキ氷にたこ焼きって、どんな食い合わせだよ……いや、たこ焼きだろうがイカ焼きだろうがお好み焼きだろうが何でもいいが、とにかく四人で固まっていて欲しい。バラバラに走り出されたらアウトだ、とてもじゃないけど守りきれない。


 今にもよだれが垂れそうなデレッとした顔で希羅梨を見ていた中年親父をギロッと睨みつけてから、和馬は足を速めた。三メートルほど前を歩いていた四人に追いつく。


 「おい、お前ら!神社に着いたら、四人固まって行動しろよ。単独行動は禁止……」

 「じゃあ、負けた方がカキ氷とたこ焼きをみんなにおごること」

 「よっしゃ!」

 「私と美和ちゃんは、どっちが勝ってもおごってもらえちゃうの?」

 「そうだね、そうなっちゃうよね」

 「いいのいいの、どうせ春樹ちゃんのおごりだから」

 「和香、小遣い持って来たかぁ?足りなかったら貸してやっからな」

 「心配ご無用」

 「だから、カキ氷でもたこ焼きでも何でもいいけど、とにかく固まってだな……」

 「りんご飴、売ってるかな?」

 「綿菓子もほしー」

 「あー、下駄が痛くなって来ちゃった」

 「早いよ、まだ神社にも着いてないよ」

 「絆創膏あるよ美和ちゃん、はっとく?」

 「だからな、お前ら……って、少しは聞けよ!」


 美和に絆創膏を渡してから、希羅梨が一人だけ振り向いた。他の三人は、和馬の方を見向きもしない。


 「だからな、単独行動は危ねえって……その、夜だし」


 大きな目を柔らかく細めて、振り向いた希羅梨がふわりと笑う。ピンクの浴衣を着た、いつもとは違う希羅梨に和馬は思わず言葉を止めてしまった。


 さっきから和馬が撃退している男どもと似たような顔を自分がしていることには全く気づかずにほんのひと時、和馬の目は希羅梨に惹きつけられた。


 辺りには薄闇が降りて来て、空気が夜のものへと入れ替わる。そよかな風に乗って祭り囃子が聞こえて来る、夕日神社はもうすぐそこだった。




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