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school days  作者: まりり
113/306

112 カタン、コトン


 阿部家ではガラス製のボールを使っているから、テーブルに置くたびにカタンと鳴る。


 「そうそう、ここで混ぜすぎないのがコツなの。粉がちょっと残ってるぐらいでいいんだよ」

 「え、そうなの?粉っぽくならない?」

 「うーん、ちょっとね。でも、スコーンてお店で売ってるのも粉っぽくない?」

 「そう言えばそうかも」

 「混ぜ過ぎると、硬くなっちゃうんだ」

 「このくらいでいい?」

 「うん、いいよ。これを三十分くらい休ませるの」


 ちょうどいい感じにさっくりと混ぜ上がった生地にラップをして、美和は冷蔵庫に入れた。それからケトルに水を入れて、火にかける。


 「アプリコットティー、買ったんだ。希羅梨ちゃん、好き?」

 「好き好き、紅茶は何でも好き」


 生地を休ませている間にティータイムなのだ。美和がポットの用意をして、希羅梨は食器棚からスミレの柄のティーカップを取り出した。よく美和とこうしてお菓子を作るから、阿部家のキッチンは希羅梨にとって勝手知ったる他人の家になりつつある。


 「あ、いい香り!」

 「でしょう?」


 温めたポットでじっくりと蒸らしたら、甘い香りが漂って来た。壁時計で時間を確認して、もういいかと美和はポットを持ってテーブルに移動し、希羅梨が用意しておいたカップに紅茶を注いだ。


 「おいしー!やっぱり美和ちゃんが淹れてくれたお茶は美味しいよ」

 「本当?よかったぁー」


 本当に美味しい。同じように茶葉を蒸らして丁寧に淹れても、一人で飲む紅茶はこんなに美味しくないような気がする。その時はすごく美味しいと感じるのだけれど、こうして美和とお茶を飲むとそれが味気ないものだったこと気づいてしまうのだ。


 希羅梨は、紅茶を飲みながらそっと耳を澄ませてみた。すると、壁時計が時を刻む音が聞こえた。二階の音がここまで聞こえる筈ないかと、希羅梨はこっそりと苦笑いしてしまった。

 希羅梨が来た時、呼び鈴の音に応えて扉を開けてくれたのは和馬だった。希羅梨が来ることは美和から聞いていたのか、よおっと言っただけだった。彼の後ろから、すでにエプロンをつけた美和がパタパタと走って出て来たからお邪魔しますと上がったら、じゃなと彼は素っ気なく自分の部屋がある二階にあがって行った。

 今頃は、受験勉強でもしているのだろうか。それとも、音楽でも聴いてゴロゴロしてる?いくら耳を澄ませてみても、聞こえるのは時計の音ばかりだけれど。


 「ねえ、希羅梨ちゃん。七夕祭りは行く?」

 「七夕祭り?」

 「そう、よかったら一緒に行かない?和香ちゃんと、春樹ちゃんも誘って」

 「あ、いいね!行こう行こう」


 七夕祭りとは、毎年七月七日に近所の夕日神社で行われる祭りのことだ。

 小さなこの町に似合わない程の盛大な祭りで、毎年必ず七月七日に行われるということは平日にあたることが多いのに、それでもかなり賑わうのだ。

 多くの屋台が並び、祭りの最後には花火もあがる。色とりどりの炎の花が夜空に咲く。


 「希羅梨ちゃんは、浴衣着る?」

 「どうしようかなー、出すの面倒だよね」

 「ええ、着ようよぉ。私も着るから、ね?」

 「んー、じゃあ着ようかな。和香ちゃんは着ないの?」

 「動きにくいから嫌なんだって」

 「あはは、和香ちゃんらしいね」

 「春樹ちゃんは、着るかな?」

 「着ると思うよ。春樹ちゃんのおばさん、和裁が得意だから毎年新しい浴衣を縫ってくれるんだって」

 「そうなの?えー、いいなぁ」

 「私の浴衣も春樹ちゃんのおばさんが縫ってくれたんだよ」

 「えー、いいないいなー」


 いいでしょうと笑いながらも希羅梨は、どうしても二階が気になった。スコーンが焼けたら持って行ってもいいだろうか……いや、それは美和がするだろう。


 「お兄ちゃんも着たらいいのにな、似合うと思わない?」

 「え?」

 「絶対に嫌だって」

 「あ、そうなんだ」

 「お祭りの時は、お兄ちゃんがボディーガードしてくれるから大丈夫だからね」

 「……え?」

 「春樹ちゃんが一緒だったら心配ないと思うけど、一応ね。お祭りの夜って、変な人が出るんだって。前に同じクラスの子たちが女の子ばかりでお祭りに行ったら、帰りに男の人に追いかけられたんだって。恐いよね」

 「阿部くん……えっと、飛鳥井さんと一緒に行くんじゃ?」

 「セスナちゃんはおうちが厳しいから、夜は出かけられないんだって」

 「そっか……」


 そう言えば、希羅梨はセスナからそんなことを聞いたことがあった。家が厳しいから、セスナが自由に外出できるのは学校とお花の先生のところだけだとか。


 阿部くんと一緒にお祭りに行く、の……?


 ふっと、希羅梨の中を何かが走り抜けた。瞬く間に消えてしまったけれど、それは期待とか、そんな馬鹿げた感情だった気がする。


 「スコーン、もうそろそろいいかな?」

 「え?」


 美和に言われて気づいた、もうとっくに三十分は過ぎている。


 「うん、もういいよ。焼こうか」

 「スコーンが焼けたら、もう一度お茶にしようね」

 「もちろん!」


 美和が冷蔵庫からガラスのボールを出して来た。テーブルに置く時、やはりカタンと音がした。カタン、コトンと音がした。




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