103 青春賛歌
美術室の隅の方の席で、雪都と和馬は睨み合っていた。双方とも目つきが悪いからまるで喧嘩でもしているように見えるが、実はそうではない。もっとも、どちらもご機嫌麗しいとは言い難いが。
「何で野郎のツラなんて描かなきゃならないんだよ」
「そりゃこっちの台詞だ、雪都は姫宮を描きゃいいだろうが」
「お前は飛鳥井を描けばいいだろうが、何をどう間違えたらこんな組み合わせになんだよ」
「仕方ねえだろ、女子は三人で組んでんだからよ」
絶好調に不機嫌そうな顔をしながらもお互いの姿をスケッチブックにデッサンしている二人に真琴は苦笑いを浮かべた。ちなみに、真琴は伊佐美と組んでいる。精悍で筋肉隆々な伊佐美を描くのは、可愛い女の子を描くよりよっぽど面白いと真琴は思うのだが、それが年頃の高校生男子としてはかなりの少数意見だということは真琴もわかっている。
「感じるままに描きなさい。似せようと思わなくていい、上手く描こうと思わなくていい。感じるままに、諸君のフィーリングのままに友の高校三年生という時期にしか持ち得ない、実に不安定な儚い煌きを白い紙の上に描き出せばいい」
コツコツと靴音を響かせて美術教師、右京朱海は教室内を歩きながら熱弁をふるっていた。誰もまともに聞いちゃいないが。
「今日のスケッチは一旦回収するがすぐに返すから、モデルをしてくれた友人にプレゼントするといい。破いたスケッチブックも青春のメモリーだからね」
今日の三年A組の三時間目は、美術だった。ぞろぞろと美術室に移動してみれば、鉛筆デッサンだと聞いていたのに教卓の上に石膏像が用意されていない。その代わりに黒板には、『今日の課題・友の顔』とでかでかと白のチョークで記され、その周りをわざわざピンクと黄色のチョークで二重に花の形に囲んであった。
それを見た途端、三年A組の面々は、なんか小学生の頃にもこんなことあったなぁと思った。おともだちの顔を描きましょうとか何とか。
「おい、雪都。お前、少しは笑えよ」
「その台詞、そっくりそのまま返す」
「何だよ、俺の笑顔が描きたいのかよ」
「そう言うお前は、俺の笑顔が描きたいのか」
希羅梨とセスナ、それに美雨が三人でさっさと組んでお互いを描き始めたせいで、男たちは男だけで組まなくてはならなくなった。ふっふっふと不気味に笑いながら睨み合っている和馬と雪都には構わずに真琴は、せっせと自分の作品を描き進めた。伊佐美も黙々と鉛筆を動かしている、やはり伊佐美と組んで正解だったと真琴は思う。色々な意味で伊佐美でよかった。
「あー、なんかお前の顔ってすげえ描きにくい。今からでも遅くない、モデル交代だ。雪都、お前、姫宮に頼んで来い」
「お前が飛鳥井に頼めばいいだろうが。つーか、お前はあの輪に入る勇気があんのかよ?」
「……ねえな」
「だろ?」
雪都と和馬の視線の先に、つられて真琴も目を向けた。何が楽しいのかキャッキャと笑いながら、三人の女の子たちがお互いの姿をスケッチしている。
どうやら美雨がセスナを描き、セスナが希羅梨を描き、希羅梨が美雨を描いているらしい。「中森さん、上手!」とか、「本当に上手いな、中森殿」とかとか、「姫宮さん、可愛く描き過ぎだよ。私、こんなに可愛くないよ」なんて会話も漏れ聞こえて来る。
「……セスナは褒められてねえな、さすがにあの絵は褒めようがねえか」
「飛鳥井、絵が下手なのか?」
「下手とか上手いとかの次元は超越してるな、何を描かせても何故かうさぎになる」
「あ?」
「今頃、姫宮の頭に長い耳がはえてんぞ」
「そりゃすげえな」
ざわざわがやがやキャーキャーと、美術室は授業中とは思えない騒がしさだったが、右京は気にもしていないようでスケッチしている生徒たちの間をカツカツと歩き回り、声を張り上げ朗々と語っていた。
「よく学べ、そして恋せよ、生徒諸君。全てがこれからの人生の糧となる。思い残すことなかれ、青春とは瞬く間に過ぎ行くものだ。十年後、二十年後に振り返った時に、あれこそが青春だったと思えるような輝く高校時代をおくりなさぁーい」
青春なんて言葉は、青春真っ盛りの現役は使わないものだ。まったく青い春なんて、一体誰が考えたのやら。
青いか赤いか黄色いかなんて人それぞれで、必ず青いなんてことがある訳ないのだから決めつけないで欲しいと真琴は思う。ただ、赤や黄色や、ましてや黒なんかよりも青の方が断然いいな、とは思うけれど。




