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school days  作者: まりり
102/306

101 はるならい


 一時間目の古典の授業が終って、担当の狐面の教師が飄々と教室を出て行ってすぐ、「にょほほほほほほ」などというわざとらしい笑い声が聞こえた。見ると、希羅梨が雪都の机の前でしゃがんでいる。顎を天板にのせて、やたらとニヤニヤしているのは何事か。


 「…………んだよ?」

 「いえいえ、朝っぱらから何を仲良く話してたのかなぁっと思いまして」

 「見てたのかよ」

 「拝見しておりましたとも、ええ」


 雪都がげんなりと肩を落としたことには構わず、希羅梨は元気よく片手をあげて「中森さん、先に行ってて」と、雪都の斜め後ろの美雨に声をかける。二時間目は美術だから、美術室に移動しなければならないのだ。スケッチブックを持った美雨は、胸の前で小さく手を振って見せてから、戸口のところで待っていたセスナと並んで歩きだした。


 「うーん、表情に変化はないかなぁ」

 「何が?」

 「だから、中森さんだよ。私が雪都くんと仲良くしてるの見て、辛そうな顔しないかなと思って」

 「お前、ふざけるのも大概にしとけよ」

 「雪都くん、私を中森さんの目の前でふってもいいよ?」

 「阿呆」


 吐き捨てるようにそう言うと、雪都は机の上に広げてあった古典の教科書とノートをばさばさと机の中に突っ込んで、脇にさげてあった袋を持ち上げると、中からスケッチブックを取り出した。今日の授業は鉛筆デッサンらしいから、絵の具はいらない。


 「おら、行くぞ。美術室、遠いんだからな」

 「特別教室を別棟にするの、やめて欲しいよね。移動するだけで休み時間がなくなっちゃう」


 確かに、渡り廊下を渡った別棟の一番端にある美術室まで行くだけで五分程度はかかってしまう。休み時間は十分しかないのだから、それだけで半分が消えるのだ。

 一旦、自分の席の戻って美術の用意をしてから希羅梨が廊下に出た時には既に、他のクラスメートは誰も残っていなかった。雪都だけが、廊下の窓際に突っ立って憮然と待っている。


 先に行っちゃってもいいのに、雪都くんて律儀だなぁ。


 そう思うと、ほんわかと嬉しくなる。

 なんて優しい男の子なんだろうと思う。


 優しい男の子は、優しい女の子と幸せにならなきゃね。


 自分みたいにずるくて、利己的な女では似合わないと希羅梨は思うのだ。人の不幸を願ってしまうような自分では、幸せになる資格もない。


 「で、中森さんと何を話してたの?」

 「別に」

 「おやおや、言えないようなことですか」

 「阿呆」


 睨まれても希羅梨は嬉しいだけだ、幼馴染の二人は少しずつ近づいて来ている。二人をよく見ている希羅梨だから気づける些細な変化だけど、だけど何かが絶対に変わった。


 「ね、雪都くん。中森さんが好き?」

 「ほっとけ」

 「おやおやぁ?」


 ほんの少し前までなら「そんなことねえよ」なんて、否定する答えが返って来たところだ。素っ気ない返答に変わりはないけど、だけど今日は否定はしなかった。

 嬉しくて嬉しくて、ふわふわと浮き立つ気持ちが足に伝わって、希羅梨はランランとスキップを始めた。


 「おーい」


 雪都が呆れ全開の声をかけてきたが、希羅梨はかまわずリズミカルに足を上げる。

 ようやく自覚したか、遅い春だったなと思うとついつい、「にゃははははは」と笑ってしまう。スキップしながら「にゃははははは」だ、これでは普通に変な人だろう。


 梅雨も終わる頃になってやっと春かぁ、春北風が吹かなければいいな。


 北風と書いて、『ならい』と読む。関東地方に吹く冬の季節風の呼び名で、暖かくなって来た春にこの冷たい北西風が吹くと『春北風(はるならい)』と呼ばれる。


 やっと熱を帯びてきた雪都の恋に冷たい風が吹き込まなければいいと、祈りにも似た気持ちを捧げる。おどけてスキップしていた足を止め希羅梨は、廊下に規則正しく並んだ窓から外に視線を移した。

 また雨になるのだろうか、薄曇の空が広がっていた。




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