ナーロッパと日本人
小説家になろうで一番人気の異世界関連ジャンルは、「ナーロッパ」と呼ばれる世界観を採用している作品が数多くあります。
小説家になろうでよく見るヨーロッパ風世界、混ぜて略してナーロッパ。
いんちきヨーロッパとして悪く言われることもあるナーロッパですが、これはこれで味わいのあるものです。
味わいがあるとはいえ、どうしてここまで小説家になろうの作品群で採用されているのか。
私は歴史好きですが、多少なりとも知っていると言えるのは古代ローマだけなので、中世はまったく門外漢です。
そんな私がごく一般的な日本人の感覚から、ナーロッパ流行の理由を考えてみました。
【☆】ナーロッパは日本だった?
ナーロッパは本家ヨーロッパではなく、日本の江戸時代がモデルである!
これ、数年前にツイッターなどで言われていた話です。当時読み専だった私は、なるほどなぁと納得したのでした。
ナーロッパの特徴について項目をあげてみます。
・宗教観
人格神の多神教メイン。ガチの一神教はまずありません。
聖職者の戒律もゆるめ。修道院などが出る時もありますが、ひたすら祈りと奉仕の日々というよりスローライフしながら便利アイテムを作ったりする話が多いと思います。
うん、江戸時代っていうか日本ぽい。
人格神というか、駄女神ちゃんみたいな人間より人間らしい存在も少なくないです。
ナーロッパの神とは、全知全能の唯一神でも自然の化身たる荒ぶる神でもなく、人間とコミュニケーションが可能な上位存在、くらいの位置づけでしょうか。
神様というより、ちょっと力の強い妖怪みたいな雰囲気ですね。
あと個人的に面白いと思うのが、よくスキル鑑定などで神殿に行く話があるけれど、何の神様の神殿か明示されていない作品がけっこうある点です。あるいは一応神様の名前は書いてあるものの、添え物程度の軽い扱いとかあるある。
この点は、現代日本の神社仏閣に対する感覚が表れているように思います。
お寺も神社も有名なもの以外は、ご本尊が何か分からないものがありますね。でもお寺、神社ということは見た目で分かる。
私も近所の神社が祀っている神様の名前を知りません。お寺は宗派をかろうじて知ってる。そんなレベルです。
除夜の鐘をついたり初詣に行っておみくじ買ったりするけど、その神社仏閣で何を祀っているか知らない。知らないけど不便はない。
そんな「神秘を授けてくれる宗教的な建物」としての神殿が、実にふんわりした形で作中に描かれていると感じました。
結論。宗教観に関しては、江戸時代というより現代日本の感性が生かされている。
・妖怪
みんな大好き妖怪。
日本人ならではの妖怪観は、ナーロッパでは多種多様の魔物や妖精や獣人に形を変えて出てきます。
もちろんこれらは妖怪というより、ゲーム的なモンスターでもあるでしょう。
けれど彼らは単なる怪物の枠に留まらず、友情や愛情でもって人との境界を超えてきたりします。とにかく雑多でごった煮的なジャパニーズ妖怪に端を発していると思うのです。
前述の人間らしすぎる神様もここにカテゴライズされるかもしれません。
日本の誇る元人間の神様、菅原道真のように人間と神の境目があいまいだとも言えます。
本家ヨーロッパのキリスト教では、偉人は聖人認定はされても神にはなりません(当たり前)。天使にもなりません。人間は人間、神様は神様できっちり線引きされています。
聖母マリアだけはちょっと特殊ですが、彼女だって信仰を集めているだけで人間辞めていませんから。
すっごい蛇足ですが、古代ローマも死後神格化の国でした。皇帝とかけっこうな勢いで神格化されています。神君カエサルもいるよ!
さらに蛇足ですが、日本人で妖怪の存在を心の底から否定する人は少数ではないでしょうか。
夜の闇のどこかや山奥の人しれない場所に不思議なものがいるかもしれないね、くらいに思っている人が多いはず。前述のふんわり神社仏閣と相まって、日本人は無宗教ではないと思います。
めちゃ蛇足でした。
さて結論。魔物や神様がたくさん出てくるナーロッパは、日本古来の価値観が反映している。
・王権が強い
今まで宗教系のお話でしたが、王権について。
ナーロッパはだいだい王様が強いです。どこかの貴族や大臣が不正をやっていても、王様の前に呼ばれて断罪されれば一件落着です。
弾劾の召喚を無視して領地で政権転覆画策する展開は、そんなに多くないです。あっても無駄な抵抗レベル。
つまり領地持ち貴族の力も弱め。
この辺は江戸時代の幕府と諸大名の関係に似ています。
幕府は強くて、大名に対してもお家取り潰しなどの処置も取れました。
結論、国政は江戸時代をモデルとしているケースが多い。
・結婚
ナーロッパの結婚は、一夫一妻を基本としながらも、場合によっては一夫多妻もアリ。
これも江戸時代的です。
江戸時代は将軍が大奥を作ってハーレム。そこまで行かずとも、有力武家や裕福な商人は側室が公認されていました。
公認される制度があれば側室、なければ愛人です。
イスラム圏や中華圏も一夫多妻ですね。
キリスト教では一夫一妻が絶対です。なので王様も愛人はいても側室や第二夫人はいません。
結論~結婚制度は江戸時代的!
・奴隷
賛否両論、ナーロッパの奴隷。
奴隷は歴史的には古代から近代までありました。
中世の奴隷はヨーロッパ本国にはあまりおらず、ヨーロッパ世界に隣接する東ローマやイスラム圏で使われていました。西ヨーロッパでは奴隷は貴重な輸出品だったとか。
日本では歴史上も明確な「奴隷」という身分は存在しません。
ただしお金で人身売買をするケースは頻発していたので、事実上は奴隷だったと言えるかもしれません。
ナーロッパでよく見るメイドの役割を負う奴隷は、中世のヨーロッパではかなり少なかったです。
そういうのは中世であればイスラム圏や中華圏、もしくはもっと時代を遡った古代になります。
結論。奴隷は日本でもヨーロッパでもない、イメージ先行の産物。
・冒険者ギルド
えーとこれは……分かりません!
ゲーム的ってことでいいでしょうか。
ヨーロッパないし日本要素、あるでしょうか。
似たシステムは場所をまたいでも換金可能な銀行制度とか? そうなると大航海時代のヨーロッパに近くなりますね。
結論。教えていえらいひと。
・その他
トイレ完備、街はけっこう清潔。国境と国防の概念があいまい。
この辺りも江戸時代的、日本的だと思います。ただしトイレ事情とか別にわざわざ描写せんでええわとの声もありますので、省いてもまあいいか、みたいな。
国境と国防も王宮恋愛劇や冒険活劇なんかじゃ出番がなくて然るべきですし。
結論。よく見れば日本的、江戸時代的。ただし省いても致し方なし。
【☆】どうしてヨーロッパの皮をかぶるのか?
項目ごとに見てみると、ナーロッパはかなり日本的な世界だと分かりました。
それならストレートに江戸時代とか、せいぜい明治時代風でもいいのでは?
そんな疑問に対しては、以下のように考えられます。
・ファッションの問題
ちょんまげに日本髪、着物は現代の日本人の美的感覚にそぐいません。
それならばドレスの方がいい。なお髪型については中世ではなく、現代のセンスで。
つまり現代日本人から見て違和感のない、きれい、かわいい、と思える要素をチョイスしたのだと思います。
私は着物も好きなんですけど、やっぱり洋服主流の今となっては特別感がありますから。
結論、西洋風の方が違和感なくかわいいから。
・明治時代の洋風文化取り入れに由来
前項と少しかぶりますが、明治時代に列強に追いつかんと多くの西洋文化が取り入れられたのも影響していそうです。
それまで着物や十二単だった日本のお姫様も、コルセットにドレスをまとうようになりました。
洋風のドレスも髪型も、遠い国のものでありながら自国の高貴な人々のステイタスになりました。
鹿鳴館が有名ですね。あの時代の華族の人々の暮らしは、庶民にとってファンタジー。
だから現代でも、ファンタジックな物語の舞台に西洋風が好まれる気もします。
結論。今でも日本人の心の奥に眠る、西洋文化への憧れ?
・詳しくない方がふんわり描ける
自国の歴史である江戸時代よりも、中世ヨーロッパの方が詳しくない人が多いのは当然です。
別に皆さん江戸時代に詳しくないと思いますが、それでも当時の文化の名残が現代にも残っていたり、見聞きする機会はあるはずです。
反対に中世ヨーロッパは遠い国の遠い昔のこと。
前述のように日本・中国・イスラムなどの文化がごちゃまぜになっていても、違和感を持つ人は少ないでしょう。
たぶん、ヨーロッパ地区の人から見たナーロッパは、我々日本人が見る「ハリウッド製とんでもジャパン」に近いものがあると思います。
結論。詳しくない方が「こまけぇこたぁいいんだよ!」の精神で好きに書ける。
・ゲームや有名作品の影響
ドラクエに代表される洋風ファンタジーゲーム、いっぱいありますね。
それ以外にも指輪物語の系譜は色んな作品に受け継がれています。エルフ、ドワーフ、ホビット。
もっとも指輪物語は架空の世界であって、ヨーロッパではないのですが。
日本人がざっくり「洋風」と言ってしまう大雑把さで、これらのファンタジー作品をおおらかに取り入れた結果、ナーロッパに繋がっているのではないでしょうか。
結論、ごちゃまぜ「洋風」世界は日本人にお馴染みだから。
【☆】まとめ
ナーロッパの特徴を細分化して見てきました。
結果としては、ナーロッパは多分に日本的な要素を含みながら、見栄えの問題や、数多くの有名作品の影響を受けた結果、爆誕したのではないかと思いました。
日本人の感性を土台にしているため書きやすく受け入れやすく、お馴染みであるゆえに詳しい解説はいらない。また、表面的には中世ヨーロッパの皮をまとっているため、きらびやかでもある。
だいたい、そもそもの話として「中世ヨーロッパ」とは何ぞや、です。
ヨーロッパってどこからどこまで?
西はイギリスとしても、東は? ギリシャ? 東欧諸国とかどうなのさ。
中世はいつからいつまで?
古代ローマ崩壊からルネッサンスまでだと千年もあるよ?
この辺からして我々一般日本人はろくに把握していないのだから、ナーロッパに限らずほとんどがイメージの産物ではないでしょうか。
そんなことを踏まえて、最終結論。
ナーロッパは日本人のイメージから生まれたファンタジーワールド。
あくまでファンタジーなので、どこまでリアリティを追求するかは作者による。
個人的意見としては、日本人の感覚がふんだんに生かされたナーロッパ、けっこう好きです。
そんな無難な結論になりました。
【☆】作者の視点から
私も去年末になろうデビューをしまして、初投稿作は完結まであと35%というところです。
世界観は古代ローマ風。あくまで「風」です。なんちゃってです。
創作において、世界観設定は難しいです。
だって料理一つ出すにも、食材の農作物について気候や農耕技術、流通なんかを考える。次に調味料や料理法、それらが成り立つ背景まで考えないといけない。
一つ一つを全て創作で組み立てられるのが理想ですが、そんなことはまずできません。
なら、矛盾のない例として歴史上の現実を取り入れるのが手っ取り早いという話になります。
でも歴史上の国をまるっと取り入れるのはそれはそれで問題があります。
文化とかが現代とあまりにもそぐわないんです。
私の好きな古代ローマ史も、家父長制で女性の立場は非常に低かった。それをそのまま出したら女主人公は書けません。
えぐい暴力や差別も横行していました。そんなんいちいち書いたら本筋からそれまくりです。
なので、そこら辺が「なんちゃって」です。あとはファンタジーなので、魔法とかも。
古代ローマの皮をかぶっていますが、本質はナーロッパと変わりません。ただ一般的なナーロッパよりも多少は解像度を上げているだけです。
何が言いたいかというと。
世間ではなろう系とかナーロッパとか馬鹿にする向きもありますが、それは単にファンタジーのいちジャンルなので、馬鹿にされるいわれはねえよ! です。
世界観にこだわりたい作者はそういう作品を書けばいい。
それ以外の場所に注力したい作者は、ナーロッパの便利さを借りながら、力を入れて書きたい部分に専念すればいい。
それでいいのではないかと。特に多くのなろう作者は、ただの素人ですしね。
私の初投稿作も、古代ローマ好きが高じて「古代ローマで暮らしたらどんな感じになるかなー」からスタートしました。
ファンタジー好きでもあったので、「じゃあせっかくだから魔法要素をプラスした古代ローマで、女の子が楽しく暮らす話にしよう」と書き始めました。当初の予定よりも試練が降り掛かって苦労してますが、基本は楽しい人生を追う話です。
創作のきっかけなんて、そんなもので十分だと思っています。
便利な世界観としてナーロッパもまたよしです。
有象無象の裾野が広いほど、名作に出会える可能性も上がるはず。
というわけで、ダラダラ長いこのエッセイを読んで下さってありがとうございました。
古代ローマ世界で楽しく暮らす話、『転生喪女の異世界暮らし~魔法と商売、一番最後に恋愛を~』も良かったら読んでいってね!(宣伝)(しかも今休載中)