レディ・シャーロットという女
ーー毎日退屈だ…。
「ギルナイツ様のお通りだ、皆の者道を開けろ!」
ーー刺激の無いこんな退屈な時間は、ため息すら出ない程につまらない。
「ギル様、今日は何をしますか?」
大きなオアシスの畔にそびえる首都のメイン通りを、数人の柄の良くない男達が歩いていく。中心に居るのがこの首都を治める部族長の長男であり、将来部族を治める事となっているギルナイツ・マグノリアだ。
将来的に部族を治めるとはいえ、日がな一日ガラの悪い連中と一緒に街を練り歩き好き放題しているので、決して評判は良くはない。
「…またあのろくでなし共が…。」
「…早く娘を隠せ、連れていかれるぞ。」
ヒソヒソと囁く街の人混みからの声が聞こえた、癪に障るのでその辺にあった売り物の入ったカゴを蹴り上げた。ガスっと音を立てて盛大に商品の果物が飛び散り、押し殺しきれなかった悲鳴が聞こえてきた。
俺に対する冷たい視線や、怒りの籠った視線がささる。その視線を受け流し、何事も無かったようにそのまま歩いていく。
ーー退屈で死にそうだ。
生まれた時から部族を引き継ぎ、次代の部族を率いる事が約束されていた。だが俺はそんな器じゃ無いことは自分で理解していたし、充分に見せつけられてきた。
幼い頃から優秀な弟が居て、常に比べられてはため息をつかれてきた。長たる器の違いを実感して、父親に弟を長に据える様に進言もしたが却下されていた。
俺の手には負えないと分かっているのに、捨てられない責任の重さに潰されたのはいつの事だっただろうか…。
何をしていても心が動かず、悪事に手を染めるのは簡単な事だった…。
ーー誰かこの退屈な時間を終わらせてくれ。
メイン通りに接している広場にはテントが張られており、旅の踊り子達が踊っていた。取り巻き達が踊り子にちょっかいをかけようとしているのを見て、いつもの事だと歩こうとした時、パシンという音が響きわたった。
「ここはお触り厳禁なんでね、触りたいならそういう店に行きなさい。」
凛とした声に引かれて、声のした方を向く。取り巻きの1人が頬を抑えているから、踊り子の1人に叩かれた音だったのだろう。残りの取り巻き達もその踊り子に掴みかかろうとするが、その踊り子は襲い来る男達の手をかわしていく。
その瞬間全ての音や喧騒が消えた。
その踊り子はまるで舞を舞っているかのように軽やかに男達の拳を避け、踊りの様に舞いながら周り男達を転ばせていった。
その踊り子から目をそらす事が出来ずに、ただただ微笑みを浮かべて青い髪を靡かせて舞う姿に見入った。
モノクロだった世界に、その青が強く色付いて離れない。
喧騒を聞きつけたのか警邏の者が来るのが見えた為、逃げる取り巻きに手を引かれてその場を立ち去る瞬間、踊り子と目が合った気がした。
退屈な時間に刺激がもたらされた。
その夜1人ひっそりと邸宅を抜け出して、ひたすらに走り昼に来た広場にたどり着く。
こんなに時間が惜しく感じるのは久しぶりの事だった、走るという行動すら久しぶりの事だった。
昼間人が溢れていた広場はガランとして、静寂に包まれていた。辺りを見回していると、クスクスと笑い声が聞こえてきた。
「来るかもとは思ったけど、ここまで急いで来るとは思ってませんでした。」
見回すが姿が見えずに困惑していると、また声が聞こえてきた。
「ここですよ。こっち、木の上です。」
声に導かれ木の上を仰ぎ見ると、太い木の枝に昼間見た踊り子が座っていた。
踊り子をじっと見つめると、ふわっと笑顔を浮かべて木から飛び降りてきた。
まるで夜空に溶け込む様だと見入っていたが、このままだと落下すると慌てて受け止める準備をするが間に合わず、俺の上に落ちてきた踊り子を受け止めきれず押しつぶされるように転けた。
俺が恐怖で心臓がバクバクと音を刻んでいるのに対し、俺の上にのしかかった踊り子は楽しそうに笑い続けている。笑っている事が信じられず、つい怒って怒鳴りつけた。
「笑い事では無いんだぞ!確かに受け止めれなかったが、俺が避けたらどうするつもりだったんだ!」
「その時はその時考えるわ、クッションになってくれてありがとう。」
感謝というか貶された気もしないでない言葉を言いつつ、踊り子が上半身を起こした。
「受け止めきれなくてすまなかったが、そんな風に受け止めれるのは物語の中でしかありえないぞ。」
俺に跨ったまま踊り子はツボに入ったのか、ケラケラと笑い続けている。ジト目で見ていると、涙を拭いながら踊り子が問いかけてきた。
「あなた面白いのね、名前は?」
「名を聞くなら先に名乗れ、とりあえず俺はギルと呼ばれている。」
「あなたが噂のギル様ね。この首都に来て色々噂は聞いたけど、噂って当てにならないのねギルナイツ様。」
「俺の噂を聞いたなら、噂通りだと思うが。」
「噂ではこんなにも面白い人だとは言ってなかったわ、私は私の目で見た事を信じる。私はシャーロットよ、仲間内ではレディ・シャーロットで通しているわ。」
「とりあえず降りてくれないか?いい加減おも…」
言い終わる前にパシンと問答無用で頭を叩かれ、解せぬと見返すが拗ねたのか横を向きながら俺の上から降りた。サイテーだとかありえないとかブツブツ言っているシャーロットを見ると、上半身を起こして堪えきれず笑ってしまった。こんな風に笑い声が出たのは何時ぶりだろうか…。
キッとこっちを睨むシャーロットが可愛くて可愛くて、彼女の肩を引き寄せ抱きしめた。
彼女の細い首筋に顔を埋めて抱きしめていると、仕方ないというように背中を撫でてくれた。
「私まだ怒っているんですからね、許した訳では無いからね。こんな事で誤魔化されないから、いい加減離して!」
力を緩めてシャーロットの顔を覗き込むと、真っ赤に染まった顔が見えた。腕や手で覆い隠そうとするのを、両手首を捕まえて防ぎ覗き込んだ。
「…こういうの慣れてなくて…、いい加減手を離しなさい!
お願いだから、離して…。」
最後は消え入る様なか細い声で懇願されて、俺はつい固まってしまった。
こんな風に女に絡む事はよくあったが、照れるシャーロットを見ていると俺自身も恥ずかしくなってきて、ゆっくりと捕まえていた手首を解放した。
シャーロットは慌てたように手首を引き抜き、少し横を向いて座り直した。
「済まない、だけど悔いては無い。シャーロットが可愛くて、抱きしめたいと本当に思ったんだ。」
俺の本心を語ると、プッとこらえた笑い声が聞こえたと思ったら、振り向き満面の笑みでシャーロットはまた笑いだした。
「何それ、謝罪にはなってないわよ。」
笑うシャーロットの頬に手を添えて、2人の視線を合わせてそっと口ずけを交わした。お互いに手を繋ぎ、指を絡ませ合う。
シャーロットにポツポツと跡取り問題、弟の方が相応しいと思っていることを語っていた。
「では、あなたも逃げれば良いのよ。私も人生をかけた賭けをして、賭けに勝ってしがらみから逃げて自由を勝ち取ったのよ。あなたもしがらみなんて振り切って、自分のしたい様に振る舞うと良いわ。」
シャーロットは言い終わると、繋いだ手を解き立ち上がる。
「私は自由をこれからも楽しむの、今は踊り子をしているけど、もう少ししたら別の事をするの。人生は1度しかなくてとても短いのよ、今をもっと大切に楽しまないと損でしょ。」
言い終わると、シャーロットはこちらに誘うように手を差し出してくる。
「決めるのはあなたよ。その無駄に背負い込んだ重荷を捨て去って、あなたも自由を手にしてみたら?」
その手を取っていいのか考えて、結局色々と捨てる決心がつかなくて手を取ることは出来なかった…。
シャーロットはふわりと笑うと、身を翻して去っていった。
なんともいえない気持ちでひとり立ち上がり、シャーロットが去った方向を見つめた。
昨夜シャーロットから言われた自由を考えながら、いつもの様に取り巻き達と歩いている時。背中にドスンという衝撃を感じたと思ったら、激しい痛みが広がっていく。
周囲から悲鳴が上がって喧騒に包まれた、痛む場所に手を当てると手は赤く染っていた。そして意識を手放す時に思い浮かんだのは、手を差し出してくれているシャーロットの手を取りたかったという後悔だった。
かつてオアシスの恩恵を受ける首都では、ろくでなしの跡継ぎが権力をかさにきて暴れていた。跡継ぎには優秀な弟がいて、皆が弟が跡継ぎなら良かったと言っていた。
しかしある日、ろくでなしの跡継ぎが苦しめた民に復讐で刺される事件があった。その事件で跡継ぎは亡くなり、民に支持されていた弟が跡継ぎとなり、そのオアシスを更に賑やかに改革したと言われている。
同時期広がった噂に、青い髪をした美しい女と一緒にろくでなしの跡継ぎそっくりな男と2人で旅をしていたという噂があった。
真実は青く澄んだ空のみが知っている…。
少しチャレンジしてみた作品になりましたが、楽しんでいただけたなら嬉しいです。私の作品には珍しく、少し悲恋風味です。(風味であって、悲恋とは言い切りません。)
最後は詰め込んだ感が満載です…。
誤字脱字変換ミスがありましたら、ご連絡よろしくお願いします。
前作を書き終わって思い浮かんだ作品です、まさかの反響を頂いてビックリしながら考えました。
ぐちゃぐちゃとイラストを描きながら構想を練ったのですが、イラストって見たいものでしょうか?素人の作品だし…(汗)