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王国と帝国の合間にあるセダ湖を渡り、王国の王都へと入ったのはそれからしばらくしてのこと。
結婚が決まったからいきなりすぐに夫婦になる、というには難しくて。
王族、皇族というものはなかなかに権威や格式を重んじる。
それに見合った日程と、式場と、招待客と‥‥‥それらを王国側でまとめて挙式してから、私は気忙しい日々を送っていた。
アート王国ヴィルス様は、この時、四十二歳。
一人息子のラベル王子がいて、奥様は若いご夫人だった。
と、いうのも。
ヴィルス王は二度目の再婚。
相手は公国のお姫様。
それから数年して、私。
ラベル王子は最初の王妃様の息子で、母親は逝去なされたという。
「帝国からいらしたの。ああ、そう」
最初にご挨拶をするためにお部屋を訪れたとき、ツンと澄ました顔で、第一王妃ジュディ様はそう言われた。
言われるというよりも、お前なんかに用はない。
この愛人風情が、と言いたそうな雰囲気を全開にして、こちらを威嚇してた。
「あれが帝国の女狐らしいわよ」
「信じられない。わざわざ側妃に成りに来るなんて」
ジュディ王妃の側眼たちからあからさまな敵意が飛んでくる。
その口の端に上がる悪口は、第一王妃の広々とした私室の端からでも、私の耳に届いていた。
侍女たちの教育もできていないのかしら、と王妃をそれとなく見やると、彼女はむっつりとした顔で黙ってしまう。
下にいる者たちが思うように彼女の命令を訊いていないのは、驚きだった。
「ジュディ様は陛下がお好きですか」
「そのようなこと、この場で返答する必要はありません」
場を弁えなさい、と小さく叱責の声が飛ぶ。
それを聞いて、侍女たちは胸がすっとしたのか、相変わらずクスクスと隠し笑いをしつつ、口を閉じてしまった。
好きだということね。
王妃様の頬がほんのりと赤らんで見える。
若い―ーまだ二十歳をいくかそこらの王妃様。
私よりも年上ではあるけれど、陛下は年下の女性から好かれる気質かもしれない。
「私も、そうなれるように努力いたします」
「お好きになさいな」
頑張ります、と田舎者を演じて伝えてみたら、ふっと鼻先で笑われた。
しかし、どこか緊張されていた顔つきが柔和になられたようにも思える。
「陛下からご挨拶はまだ?」
「明日の夜にお越しになられると‥‥‥」
「そう」
公国から持参されたのだろう。
大きく鮮やかな鳥の羽が幾つも付いた扇を侍女に扇がせていた。
その風で涼を取る彼女の視線が王座に向いていたのに、どうも視線には冷たいものが混じっているように見受けられた。
それはそうね、夫が愛人。しかも、自分より年下の女の元に夜に通うとなれば、誰でもいい思いはしない。
この夫婦が良好な関係を保っているようで。
そこにどうやって弾かれないように、嫌われないように混ざって生きて行けばいいものか。
義理の息子は私より二歳年下だという、その現実もちょっと重く肩にのしかかってくる。
「いずれ夕食に招待します。お待ちなさいな」
「感謝いたします」
これは多分、とりあえずは存在を認めてやるわ、という意思表示なのだろう。
自室に戻った時、私はソファーに沈み込むようにして座り込んだ。