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十分後。
着替えを終えた私と、鎧を脱いだ竜騎士たちと。
海で活動するための恰好をした水夫たち。
彼らの制服を借りて、わたしは小舟の上にいた。
さすがにドレスのままで海中に落ちたら、水を含んで沈んでいく未来しか思い浮かばない。
「王妃様。簡単にご説明いたします。海中に落ちたら、必ずこの紐を引いてください」
「それだけ?」
「それだけで十分です。この紐を引くと泡魔法が全身を包み、寒さと水から保護して、水中から空中へと浮かび上がります。中に仕込まれている魔石を船で遠隔操作して、転移魔法により、引き寄せますので死ぬことはめったにありません」
「すごいのね」
「これも先人の知恵というやつです」
アート王国は古い魔導の歴史も持つ。
それを応用したものだと聞いて、ちょっと特別ななにかを手に入れた嬉しさに浸る。
ガルドも竜騎士たちも同じようなベストを上から羽織っていた。
説明を聞いたとたん、その便利さに瞳が輝いている。
「帝国に戻ったら俺達も研究しよう。こんな便利な技術があるなら、もし空中で竜から離れても、死ぬ確率はグンと下がる。これはいいぞ」
「素晴らしい。帝国にこの技術を輸入したら、私の明星は……王妃様のものです」
じっと睨みつけると、ガルドはしゅんと肩を落としてそう言った。
意外と憎めない奴なのかもしれない。使い方を間違えなければ優秀な部下でいるのかも?
ボートは風の魔法を封じた魔風石を核に置き、そこから渦巻のようなものを水中に放出して、前後するらしい。
ルルル……と独特の水を掻く音が周囲にうねりとなって響いていく。
冬の荒波は喫水が低いボートを軽く揺らし、ともすれば転覆させようと企んでいるかのように、荒々しい。
そんな波の襲来をうまく避けるようにし、熟練の船乗りが操る小舟は彼らが戯れるその海域へと緩やかに、速度を落としつつ、侵入した。
最初にこちらに気づいたのは、この海域でずっと悪さをしてきた若い水竜だろう。
彼はギイッ、と警戒の音を鳴らすと、波間に消えてしまった。
次にこちらに気づいたのは、大人の水竜だ。
高く伸ばしたその長い首先にある顔には、どことなく見覚えがある。
燃えるような緑の瞳の奥には、警戒心はなく、ただようやく来たか、という待ちかねた感が見て取れた。
次に顔を上げたのは、飛竜だ。
紅の羽先で水を持ち上げ、軽く夫である先ほどの水竜に合図した。
彼は首を上下し、人でいうところのうなづくような仕草をすると、先に海に、潜った若い水竜をおいかけて姿を消す。
わたしはこちらに向けてその巨躯を寄せてきた彼女を見て、やっぱりと呆れた声を漏らした。
「……レジー!」
「ウルルウ」
と彼女は目的のわたしを見出したのか、嬉しそうな声を漏らす。
こちらに顔を見て、見知らぬ人々がわたしとともに小舟にいるので、一定の距離からは警戒して近づいてこない。
それもそのはずで、彼女の首にはおチビちゃん。
今年生まれた子供たちの中で、もっとも最後に生まれた真っ蒼の翼のあの子が、ひっし、としがみついていたのだから。
「あなた! まさか、子供を連れて来るなんて」
「フウッ、ルルルっ」
わたしは悲鳴を上げる。
彼女はこちらを驚かせたくて、子供と連れて来たらしい。
真紅の瞳を細めつつ、触れても熱くも冷たくもない例の幻炎を口から小さく吐き出して、まるで人間のように小刻みに頭を上下させる。
その度におチビちゃんが「グワ、フエエッ」と鳴き声を上げるのも、どことなく楽しんでいる節がある、悪い母竜だった。
蒼いその背筋をレジーがひょいと噛み、持ち上げうるとおチビちゃんは猫の子供が母猫に咥えられて移動するときのように、四肢をだらんっとさせたまま無抵抗になる。
レジーは頭を大きく突き出すと、わたしとボートの淵との合間に、その幼竜をそっと置いた。
隣に座っていた竜騎士たちが一斉にざわめくなか、指南役の竜騎士ガルドが黙って一部始終を見届ける中、おチビちゃんはわたしの腕の中に猛烈な勢いでタックルをかましてくる。
ボートに乗り合わせた方々が怖いように、まるで生き別れた親子が再会したかのように、ちょっと情熱的なものを感じるタックルだった。




