表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お飾りの側妃となりまして  作者: 秋津冴
17/30

16

「水竜の好む食材……で、ございますか」


 イリヤはわたしの質問に、困ったような顔をする。

 片方の眉尻を下げて、瞳は宙をさまよい出す。

 どうやらわたしにとっての常識は、侍女にとっての非常識らしい。

 うーん、と悩むとよく分かりませんと首を傾げた。

 こちらに向かいティーカップが差し出される。淹れたてのお茶はほんのりと甘い香りがした。


「知らなくても無理はないけれど、知っておいて欲しかったな。わたしの侍女なら」

「申し訳ございません」


 謝罪しつつも彼女の両手は止まらない。

 陛下とお会いした後に、わたしの周りで侍女たちは世話しなく働いていた。

 見る見る間に離宮の玄関へと荷物が用意されていく。

 そう、ベネルズの街に向かうための旅支度を彼女たちはやっているのだ。

 わたしはそれを横目に、玄関横のテラスに設えたテーブル席で、のんびりとイリヤを相手にお茶を飲み、竜に関する会話を楽しんでいた。


「竜にはその種族ごとに好きな食材があるの。飛竜は美味しい風を追いかけるし、地竜は魔素の濃厚な地下を好むのよ」

「人や動物が食するように動植物ではないのですね」

「そうでもないわよ。地竜の種類は地上にもたくさんいるし、騎馬代わりになる騎竜の類は狼や虎と同じように雑食だしね」

「それではあの港町を騒がせている海竜? あれ、水竜?」


 わたしの話し相手をしながら、イリヤはおかしいなと片眉を上げた。

 左上に視線を向け、過去の記憶を探るような仕草をして見せる。

 海竜と水竜は棲息地が違うだけで、種族は変わらない。

 帝国の竜騎士ならみんな知っていることなのだけれど……。

 

「種類は同じなのよ。外観は変わらないしね。貴方もみたことあるはずよ、イリヤ」

「……竜と言えば姫様、いいえ。奥様が帝国で可愛がっておられた、飛竜しか知りませんよ」

「フィンのことね」

「え? あの蒼い飛竜……ですよね? あれが水竜? 空を飛ぶのに?」

「基本的に竜種は空を飛ぶわよ?」

「えええっ」

「だって飛ばないと――」


 水竜が空を飛ぶ。

 空のような蒼、緑の瞳のフィンが脳裏に思い浮かんだ。

 レジーとの間にできた子供たちと上手くやっているかな、と心で彼らを懐かしむ。

 そういえば、フィンは水竜にしては人を嫌わない存在だった。

 もしかしたら人と共に生きる妻のレジーに気を遣っているだけだったのかもしれない。

 

「飛ばないと、冬を越せない? でも竜なのに、渡り鳥のようなことをする必要、あるのかしら……」

「東にある公国の更に向こうに、竜の住む大地があるのよ。人が行き着けない場所らしいけれど、詳しくは分からないかな」

「はあ。でも奥様。そうだとしましたら、冬になればあの騒動も収まるのでは?」


 と、イリヤは不思議そうに訊いてくる。

 そうね、冬になれば王国の一部は深い雪に閉ざされるけれど、問題の起きている地方はその一部に含まれない。

 竜には竜の習慣があって、けれど、冬場でも港の外洋に水竜が現れて悪さをする。


「もしかしたら、戻るべき場所を見失った迷子なのかもね」

「迷子? 竜がですか?」

「だって人だって迷うでしょ? 特に若かったり、年老いたりしたらそれは言わずもがな。餌の豊富な猟場から離れなくなってもおかしくないわ」

「そういう……あれ、でも奥様。水竜の好むものって何ですか」

 

 それはね――、とわたしは茶菓子を選り分けるための、フォークを持ち上げた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ