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「水竜の好む食材……で、ございますか」
イリヤはわたしの質問に、困ったような顔をする。
片方の眉尻を下げて、瞳は宙をさまよい出す。
どうやらわたしにとっての常識は、侍女にとっての非常識らしい。
うーん、と悩むとよく分かりませんと首を傾げた。
こちらに向かいティーカップが差し出される。淹れたてのお茶はほんのりと甘い香りがした。
「知らなくても無理はないけれど、知っておいて欲しかったな。わたしの侍女なら」
「申し訳ございません」
謝罪しつつも彼女の両手は止まらない。
陛下とお会いした後に、わたしの周りで侍女たちは世話しなく働いていた。
見る見る間に離宮の玄関へと荷物が用意されていく。
そう、ベネルズの街に向かうための旅支度を彼女たちはやっているのだ。
わたしはそれを横目に、玄関横のテラスに設えたテーブル席で、のんびりとイリヤを相手にお茶を飲み、竜に関する会話を楽しんでいた。
「竜にはその種族ごとに好きな食材があるの。飛竜は美味しい風を追いかけるし、地竜は魔素の濃厚な地下を好むのよ」
「人や動物が食するように動植物ではないのですね」
「そうでもないわよ。地竜の種類は地上にもたくさんいるし、騎馬代わりになる騎竜の類は狼や虎と同じように雑食だしね」
「それではあの港町を騒がせている海竜? あれ、水竜?」
わたしの話し相手をしながら、イリヤはおかしいなと片眉を上げた。
左上に視線を向け、過去の記憶を探るような仕草をして見せる。
海竜と水竜は棲息地が違うだけで、種族は変わらない。
帝国の竜騎士ならみんな知っていることなのだけれど……。
「種類は同じなのよ。外観は変わらないしね。貴方もみたことあるはずよ、イリヤ」
「……竜と言えば姫様、いいえ。奥様が帝国で可愛がっておられた、飛竜しか知りませんよ」
「フィンのことね」
「え? あの蒼い飛竜……ですよね? あれが水竜? 空を飛ぶのに?」
「基本的に竜種は空を飛ぶわよ?」
「えええっ」
「だって飛ばないと――」
水竜が空を飛ぶ。
空のような蒼、緑の瞳のフィンが脳裏に思い浮かんだ。
レジーとの間にできた子供たちと上手くやっているかな、と心で彼らを懐かしむ。
そういえば、フィンは水竜にしては人を嫌わない存在だった。
もしかしたら人と共に生きる妻のレジーに気を遣っているだけだったのかもしれない。
「飛ばないと、冬を越せない? でも竜なのに、渡り鳥のようなことをする必要、あるのかしら……」
「東にある公国の更に向こうに、竜の住む大地があるのよ。人が行き着けない場所らしいけれど、詳しくは分からないかな」
「はあ。でも奥様。そうだとしましたら、冬になればあの騒動も収まるのでは?」
と、イリヤは不思議そうに訊いてくる。
そうね、冬になれば王国の一部は深い雪に閉ざされるけれど、問題の起きている地方はその一部に含まれない。
竜には竜の習慣があって、けれど、冬場でも港の外洋に水竜が現れて悪さをする。
「もしかしたら、戻るべき場所を見失った迷子なのかもね」
「迷子? 竜がですか?」
「だって人だって迷うでしょ? 特に若かったり、年老いたりしたらそれは言わずもがな。餌の豊富な猟場から離れなくなってもおかしくないわ」
「そういう……あれ、でも奥様。水竜の好むものって何ですか」
それはね――、とわたしは茶菓子を選り分けるための、フォークを持ち上げた。




