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どんな生物にもそうであるように、竜にももちろん好物がある。
飛竜や水竜、地竜など種族によって多少のばらつきはあるけれど、おおむね同じようなものだ。
外洋からやってくる船の来航を邪魔して、更に漁師たちにまで害を及ぼすようになったと聞いて私の脳裏に思い浮かんだもの。
それは、彼らの好むものがそこにあるためではないのかな、とそう思ったから。
「王族に連なる者を、竜と対峙させよ、と。そう占いには出ております。ですが、陛下御自身ではいけません」
「ふむ。どうして私ではいけない?」
ちょっとだけ間を置いた。
実は迷ったのだけれど、ここは一拍置いた方が緊張感が出る。
事実、陛下の後ろにいる王国騎士や近衛衛士たちは、私のほうを凝視していた。
帝国から連れて来たイリヤはじめとする家臣たちは私がそんなことをできるなんて初耳だ、と顔を傾げていることだろう。
目の端に映るその侍女の一人は、私を不安そうに見つめているから多分、皆の心境は同じはず。
「王は国の象徴。その頂点におわす方が一介の竜と対話を試みてたしても、あちらから遠慮することでしょう」
古い血に繋がるこの王家の王ならば特に、と付け加えてみる。
歴史と伝統を誇るアート王国だもの。
こう言っておけば、彼らは竜と王とを対等には考えなくなる。
「側妃は自信満々にこう言うが、どうしたものかな?」
「陛下の威厳をもってすれば、竜ごとき、即座にひれ伏すものかと……」
問われた文官の一人がそう言い、深々と頭を垂れる。
余計なことを言わなくていいのに!
陛下が出て行っても何も起きなかったでしょう!
ああ、そうか。
恐れて出てこなかったことにすればいいのか。
「大臣はああ言っているが、側妃?」
「それはその通りだと思います。陛下が赴かれたのでは、竜も恐れをなして顔を出すこともできないかと。テレンスにはそう思えます」
「……それなら、港に離宮でも建立するか」
「は?」
私は言葉の意味が分からず、眉根を寄せた。
離宮を建てて、誰を住まわせるつもり? まさか、陛下がそこにずっと居ることで竜の被害が減るとか。
そんなまともじゃないことを想像して言われた?
「私が住めば、竜はずっとやってこないのだろう?」
「来ないかもしれませんが、それは海上に姿をあらわさないだけとなる可能性もございます。王国は陸の上と、海の一部まで。王国の旗を立てた所で、その船に陛下が座しておられない限り、竜は恐れないものかと」
「つまり、私があの場に居ても、役には立たない、と?」
「そのようなことは申しておりません。ただ、格というものがございます。竜にも、人にも。それを正してやれば、おのずとあちらから出てくるものかと。そう思われます」
「ふん……」
陛下は一理ある、と鼻を鳴らして天井を見上げた。
相変わらず悪童が悪戯を思いついた時のような、そんな笑みを浮かべたまま私に視線を落として命じる。
「では――側妃ならば、竜も遠慮して出てこないことはあるまい。飛竜の子を抱き上げた縁もありそうだ。行ってくれるか、テレンス。ベネルズの港に」
「はいっ!」
国王陛下はなぜかちょっと残念そうな顔をして私に命令する。
彼が本当は竜と触れ逢いたくてしょうがなかった、と本心を聞くことになるのはもう少し後のことで。
こうして私は、公的な王族の業務の一環として、王国の東側にあるベネルズの街へと向かうことになった。




