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猫が飼えないならビニール袋を飼えばいいじゃない

作者: たなか

 私は生まれつき近視と遠視と乱視のアンハッピーセットを背負って生まれてきた。眼鏡を掛けてもコンタクトを付けても視界はぼやけたまま。だからしょっちゅう見間違いをする。


 最も恥ずかしいのは道端に捨てられたビニール袋に猫なで声で話しかけてしまうことだ。ペット禁止のアパートに暮らしている関係上、慢性的に猫求不満が溜まっている。それで野良猫らしき物体を見つけるとつい反応してしまうのだが、大抵正体の8割は野良袋である。


 そんなある日、とんでもないアイディアを閃いた。まるで王妃マリー・アントワネッコが耳元で啓示を囁いたかのようなコペルニクス的転回だ。


「猫が飼えないならビニール袋を飼えばいいじゃない」


 その日の内に血統書付きのレジ袋を我が家にお迎えした。名前はジューイチと迷ったが結局ナナにした。初めての環境で緊張したのか最初は大人しかったが、次第にエアコンの風に吹かれて駆け回り始めた。とても可愛い。



 翌朝、お腹を空かせたナナがみゃあと鳴いた。幻聴ではないようだ。かといってレジ袋と間違えて野良猫をお持ち帰りするほど馬鹿ではない。撫でた時の感触はガサガサしたまま。そうか、なるほど。これは付喪神というものに違いない。


 あれは本来長い年月愛情を注がれた道具に魂が宿るものだった気がするが、私のナナへの愛は時間などという物差しでは測れない程、深く大きなものだったのだろう。


「みゃあ、みゃああ」


「よしよし、ナナは可愛いなあ。ちょっと待っててね」


 ビニール製の猫にどんな餌を与えるべきなのかは分からないが、とりあえず今すぐコンビニにチュールを買いに行こう。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 やってしまった。魔が差したとしかいいようがない。そもそも全てこの同居人が悪いのだ。


 私は、どこにでもいる普通の地縛霊だった。同居人は少々変わったところがあるものの、悪い人間ではなかった。それが昨日突然、「マリーアントワネッコ様万歳」と叫び、ビニール袋を猫として飼い始めたのだ。コンビニのレジ袋に嬉々として猫なで声で話しかけ、膝に乗せて撫でている。こんなネジの外れた人間と暮らしていたら、私の方がおかしくなってしまう。


 ……いや。正直に白状すると、私は嫉妬していた。なんでただのレジ袋がこんなに可愛がってもらえて、長年同棲している私は声を掛けてさえもらえないのだ。こんな不平等がまかり通っていいはずが無い。悲しくて寂しくて腹が立って訳が分からなくなった私は最終手段を使ってしまった。レジ袋に憑依したのだ。


 今まで試したことがなかったので、すんなり上手くいってむしろ私の方が驚いた。それに猫っぽい鳴き声をあげることまでできた。ひょっとしたらガサッやゴソッとしか話せないのではないかと、憑依してから心配になっていたのだ。



「みゃあ、みゃああ」


「よしよし、ナナは可愛いなあ。ちょっと待っててね」



 ああ、なんという幸せ。長年の片思いがこんな形で実るとは。おそらく数分後、チュールを食べることになるのは気掛かりだけど、きっと愛さえあれば乗り越えられるはず。軽いマリッジブルーのような心配と大きな幸福感に浸りながら、私は仲人であるマリーアントワネッコ様に感謝の言葉を述べた。


 みゃあ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] よく練られた構成と言い回しに思わずにやけてしまいました。また、題材なんてなんでもいいのかもしれないと思わせてくれる作品でもありました。(作者様の表現力あっての事ですが)
[良い点] ビニール袋に嫉妬したり、自分達の関係性を「同棲」と形容したりと、この地縛霊は家主に好感を持っていますね。 家主の人間はペットを飼う事が出来ましたし、地縛霊も家主と触れ合う事が出来てハッピー…
[一言]  昔、先輩と外回り中に、神楽坂で生け垣の根元に蹲るネコに気づいたのでしゃがんで呼んだけど逃げるでもなくこちらに来るでもなくじっと蹲っているので、しゃがんだまますり足でにじり寄って見たらレジ袋…
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