8. 練習試合 先鋒戦 ホウシェの戦い
控室に戻ると先鋒戦に向けた作戦タイムが始まった。
しかしドラポンはそれどころではなく荒れていた。
「くそ! なんでレオナルドがいるんだよ!」
「ドラポン落ち着け、どうせ『強い奴を紹介する』とでも言って勧誘したのだろう」
レオナルドはバトルジャンキーとしても知られている。
つまり強い奴と戦いたい、と。
ヴェイグは腐っても貴族だ。
金やコネを使って強い相手を探して試合をセッティング出来るのだろう。
「それにレオナルドは間違いなく大将だ。フレンには申し訳ないが、私達としては考えやすくなり助かったと言えるだろう」
ヴェイグチームにとってレオナルドは助っ人の立場だ。
ドラポンチームに彼に匹敵する選手がいるならまだしも、マリーですら瞬殺されてしまう程の実力差がある。
そんな状況でレオナルドを大将以外に使って便利な駒扱いしたら生徒達から顰蹙を買ってしまう。
ヴェイグは悪い男ではあるが、学園内での自分の立ち位置を不必要に貶めることはしない人間。
それゆえレオナルドは間違いなく大将で出て来るだろう。
「僕もそうだと思いますので気にしないでください。むしろ誰が戦っても勝ち目がない相手だからこそ逆に安心出来ましたから」
ドラポンチームの大将はフレンの予定だった。
この試合はどうしても負けられない戦いだから、ヴェイグチームは一番強い人を大将に持って来るだろうとの予測故の判断だ。
一番強い相手に一番弱い相手をぶつけて相手の駒を無駄に消費させる作戦。
これはフレンが自分から言い出したことだ。
おそらくマリー達も同じ策を考えてはいるけれども、フレンのことを想って言い出せないだろうから。
「フレンさん、大変申し訳ございません」
「あうあう、ボクが変わってあげたいんだけど」
「申し訳ない」
「ごめん……」
「暗くならないでくださいって!」
レオナルドとフレンの試合は単なる虐殺にしかならない。
レオナルドは相手を甚振って遊ぶような人物では無いため一瞬で終わるだろうが、それでもボロ負けする姿を多くの生徒達にショーのように見られてしまう。
そのことがドラポン達にはあまりにも申し訳なかった。
「(お願いです、神様。こんな状況でも僕のことを考えてくれるみんなが勝てますように)」
果たしてその願いは叶えられるのだろうか。
作戦タイムの間中、フレンはひたすら神様に祈り続けた。
――――――――
『先鋒戦の開始時刻になります。各チームの選手は舞台までお越しください』
ついに試合開始のアナウンスが為された。
ここから先は一手のミスも許されない。
「それでは行ってまいります」
「がんばれー!」
「ごーごー! 絶対に勝てるよ!」
「お願いします」
「頑張ってください!」
ドラポンチームの先鋒はホウシェ。
メイド姿のナイフ使いのはずの女の子。
実はその特技は仲間にしか教えていなかった。
「ひゅー、相変わらず物騒な物を持ってんな」
リングの上でホウシェが手にしているのは太い金属の鎖。
そしてその鎖の先にはホウシェの顔よりも二回りほど大きな棘付き鉄球。
ホウシェの武器はこの鎖つき鉄球として認知されていた。
「あなたは無手ですか」
敵チームの先鋒はガリの男。
武器を何も持っていないが、わざわざ半袖を着て仕込んでいないように見せているところが逆に怪しい。
「(彼は元々棒術使いだったはず。武器となり得る長い棒を隠しているようには見えませんので、他の手段を用意して来たといったところでしょうか)」
つまり前情報は当てにならないという事になる。
「メイドならメイドらしくご主人様に身も心も捧げてれば良いんだよ」
「全くその通りです。尤も、私に相応しいご主人様に出会えればのお話ですが」
「目の前にいるだろ?」
「ふっ」
「チッ、鼻で笑いやがって。まぁ良い、この試合が終わったら全てを捧げて貰うんだからな」
ガリ男がホウシェと距離を取り、ホウシェが鎖を強く握る。
『試合開始です』
その瞬間、ガリ男が猛スピードでホウシェに突撃する。
「そう来ると思いました」
「チッ」
ホウシェはそれを軽やかに躱し、掠らせもしない。
「卑劣な男の考えそうなことなど女性には丸分かりなのですよ」
「そうかいそうかい。だが分かっていたからってどうにかなるかな!」
ホウシェの武器は鎖付き鉄球。
頭上でぶん回してブチ当てるのがノーマルな攻撃方法だ。
威力は高いが相手がスピード重視の場合は当て辛い。
しかも鉄球を回している間に攻撃されたら避けるのが難しい。
相性が悪そうに見える。
「オラオラオラオラァ!」
ガリ男は縦横無尽に走り回り、ひたすらホウシェに手を伸ばす。
攻撃するわけでも無く、手を伸ばすだけだ。
ポイントが入る場所も狙わず、ただ触れさえすれば良いかのように。
「チイッ、流石に簡単には触れねぇか」
「当然です。メイドとは清純にして高潔な存在。不浄な存在に汚されることなどあってはなりませんから」
「なら俺がその清純とやらを汚して汚して汚して汚して喘がせてやる!」
ホウシェの最大の弱点。
それはランウォーター出身であり、その特徴を強く有している事。
水の国、ランウォーター。
その国に住む多くの女性は、なんと異性に触れられると気持ち良くなってしまうのだ。
そうなると体から力が抜け、戦いを継続するのは困難になる。
それゆえ、ホウシェにとっては女性相手が理想だったのだが、スピード系の男性という最悪の相手にぶち当たってしまった。
ガリ男はこの舞台上でホウシェに触れることで、彼女を望まぬ快感で支配させようと考えていた。
捕まえて羽交い絞めにし、沢山触れて腰砕けにした後でゆっくりと弱点を攻撃する。
男の欲望丸出しの最低の攻撃方法だ。
『さいってー』
『これだから男は』
『後で処す』
そのことに気付いた女性の観客達の反応がすこぶる悪い。
だが舞台上の男はそんな反応には慣れておりなんとも思わない。
そしてそれはホウシェにとっても同じであった。
これまで似たような経験が何度もあり慣れていたからだ。
「そろそろ終わりにしましょうか」
ガリ男の突撃を躱しながら様子をうかがっていたホウシェがついに攻めに転じた。
『おおっと! ホウシェ選手、鉄球を頭上で回し始めました! 賭けに出たのか!?』
『雰囲気的に賭けに出たようには見えませんね。恐らくですが、あのスピードなら当てられる自信があるのか、あるいは準備中に攻撃されても防ぐ手立てがあるかのいずれかだと思います』
『なるほど。となると次の攻防が見ものですね』
『はい、もしかするとそこで勝負が決まる可能性もありますので、注意して見ましょう』
ホウシェが鉄球を回し始めても、ガリ男はニタニタと気持ち悪い笑みを崩さない。
彼女の思惑を打ち破れる自信があるのだろう。
「…………」
「…………」
ホウシェは鉄球を回しながらガリ男の動きをじっと見ている。
ガリ男は無謀な特攻を止めて素早く動きながらホウシェの様子を観察している。
お互いに大きく動きながらの硬直状態。
先に仕掛けたのはホウシェだった。
「フッ!」
息を小さく強く吐き、ガリ男に向かって鉄球を放り投げる。
「この時を待っていた!」
鉄球はガリ男の動きに匹敵する速度で迫ったが、ガリ男はそれを簡単に避けてしまった。
『鉄球をギリギリで躱しながらホウシェ選手に迫る!』
『上手いですね。鉄球を放り投げた瞬間はホウシェ選手の体のバランスが崩れ無防備になります。この突撃を避けるのは難しいですよ』
鉄球を放り投げた右手は前に伸び、重心は前に傾いている。
それでも強引に体を動かして突撃を躱せなくは無いが、ホウシェは別の手段を取った。
空いている左手で魔法を発動したのだ。
「バリア」
その名の通り、障壁を生み出す魔法。
ガリ男と自分の間に見えない壁を生み出し、突撃を防ごうとした。
接近された時のための防御の手段を用意してあった。
「ヒャッハー!」
だがガリ男はスピードを緩めずお構いなしに特攻する。
『障壁が壊れた!?』
『バリア無効化のスキルです。無駄になる可能性の方が高かったでしょうに、よくセットしてましたね』
バリア無効化スキル。
その名の通りの効果なのだが、当然相手がバリアを使わなければ使いどころが全く無いスキルだ。
スキルは一人三つまでしかセットできない。
使われるかどうかも分からないスキル封じのためにその貴重な一枠を消費した。
「賭けに勝ったぜ!」
ガリ男の狙いはホウシェだった。
ホウシェの柔肌に触れ、自らのゴッドハンドで狂わせたいと強く願っていた。
そしてホウシェのこれまでの戦いを調べ、接近戦にはバリアで対処するのではと賭けた。
数多くの対処方法がある中で、絶対に触れられたくないのなら避けるよりもバリアを使う可能性の方が高いのではと考えたのだ。
だが例えその考えが正しかったとしても上手くいくとは限らない。
対戦相手がホウシェでなければならない。
ホウシェがバリアスキルをセットしていなければならない。
ホウシェが試合中にバリアを使わなければならない。
どれか一つでも欠けていたらバリア無効化スキルは無駄となっていただろう。
だがガリ男は賭けに勝った。
バリアを破られたホウシェは虚を突かれ、咄嗟の対応が出来ないだろう。
このまま伸ばした手はホウシェに触れ、彼女は生徒達の前であられもない喘ぎ声をあげてしまう。
伸ばされた手がホウシェの顔に今にも触れそうになる。
その時。
「え?」
ガリ男の額に強烈な衝撃が与えられ、前への推進力が大幅に落ちてしまう。
しかもガリ男は気付いていなかったが、同時に両手首にも攻撃を受けていた。
ホウシェが短剣をガリ男に投げつけたのだった。
飛ぶ鳥を一撃で仕留める精密な投擲。
至近距離まで近づいていたガリ男に当てるのは容易だった。
ガリ男が驚いている瞬間にホウシェは鎖を手に少し後ろに跳んだ。
それと同時に鎖を大きく手元へと引く。
鉄球はホウシェの元へ戻ろうとし、その間にいるガリ男の背中にヒットする。
これで額、両手首、背中の四ポイント。
鉄球に背中を押されたガリ男の体は再度ホウシェの方に向かって強制的に進まされた。
強引に押し出された感じでバランスが崩れている。
千鳥足のようにフラフラと足をもつれさせ、地面に倒れそうになる瞬間。
「これでラストです」
ホウシェが左手に持つナイフを額に突き刺し、ガリ男の体は支えられた。
『決まったああああ! まさかの瞬殺劇! ホウシェ選手はナイフも得意だったんですね!』
『得意なんてレベルじゃありません。近くとはいえ走っていて不規則に動いていた両手首と額に三本同時投げを命中。しかも額は相手の突進を止める程の威力があります。少なくとも私はあそこまでのナイフ使いを見たことがありませんね』
『大絶賛じゃありませんか。もしかしてホウシェ選手は本気を出せばトップテン入りも可能でしょうか』
『それは難しいと思います。一芸に秀でていることは強みですが、分かっていれば止めようがありますし、ランウォーター人特有の弱点もあります。もちろん彼女に更なる隠し技があれば分かりませんが』
『なるほど、達人級の技があってもトップテン入りの壁は高いのですね。あんたら人間じゃねー!』
ホウシェが全力を出した時の実力はまだ誰にも分からない。
ただ一つ言えることは、ガリ男程度であれば相手にもならなかったということだ。
「う……ああ……」
ナイフで体を支えられたガリ男は、最後の抵抗とばかりにホウシェに手を伸ばす。
だがホウシェは大きく後ろに退いて、やはり掠らせもしなかった。
「最初に言ったでしょう。私に触れて良いのはご主人様だけです」
先鋒戦、ホウシェの勝利。