↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/44

第42話 神桜会

 客間にて、会合が始まる。テーブルには、はまぐりの焼き物や、伊勢エビの刺身。鮑の蒸し物など、魚介類を使った料理が並んでいた。会長が日本酒好きということで三重県のプレミアム地酒である『爾今』も用意してある。


 上座に座るのは、神桜《しんおう》会六代目会長。神桜望。三十五歳という若さでありながら、県内の極道を総括している若き権力者。本来であれば、京史郎のような木っ端者のために御足労などしない立場の人間。


 眼鏡をかけていて、いかにもインテリヤクザといった風体である。顔には甘さも若さも残るが、その瞳の奥底には、極道特有の力強さが秘められているようであった。


「会長。ご無沙汰しております」


 遙か年上であるはずの城島が、畳に手を置いて、深々と頭を垂れる。


「お元気そうでなによりです。城島さん」


「この度は、うちの元組員がバカをやらかしたようで、ご迷惑をおかけしました」


 京史郎も、続いて頭を下げる。


「……榊原京史郎です。今回の一件は、堅気としてのビジネスでしたが、神桜会ならびに柄乃組の方々には大変ご迷惑をおかけしました。もうしわけございません」


 城島が合図をすると、京史郎は鞄から包みを取り出した。神桜望の前へと置く。


「柄乃。おまえにも迷惑をかけたな」と、城島が言う。京史郎は、同席している柄乃の前にも包みを置いた。


「城島の緑。顔を見るからに、こっぴどく叱られたようだな」


 先刻、城島が殴りかかってきたのは、こういう言葉を神桜望や柄乃から引き出すためである。城島の指示ではないという意思表示といったところか。また、ふたりの溜飲を少しでも下げようという狙いもある。だから、京史郎は甘んじて殴られた。


「この度の件は柄乃組長から窺いました。随分と派手にやってくれたようで」


 神桜望が切り出した。


「おいらの教育が行き届かなかったからです。ただ、京史郎は極道としてではなく、あくまでビジネスのためにやったことで――」


 神桜望が、掌を向けて言葉を遮る。


「そのことは結構。榊原京史郎の処分に関しては、一切不問となっています」


 あまりに寛大な処置に、城島も驚いていた。


「は……それはいったいなぜ?」


「神桜会としては見過ごせぬ振る舞いですが、そちらの柄乃組長のがどうしてもというので、手打ちとなりました」


 疑問に思う京史郎。これほどの件を手打ちにするには、相当の金を積んだであろう。果たしていったい、柄乃にそこまでする理由があるのか。


「では、会長はなぜ、ここへ……?」と、城島剛鬼。


 神桜望は、控えている黒服に「持ってきてください」と、告げた。


 アタッシュケースが運び込まれる。それを、テーブルの上。京史郎の目前へと置いた。


「開けてみろ」


 神桜会長に言われるまま、京史郎はアタッシュケースを開く。すると、中には札束が詰め込まれていた。


「……おまえは、柄乃の姫夜叉を倒したそうだな」


 極道の間で、柄乃夜奈は姫夜叉と呼ばれている。難攻不落の最凶のボディーガー

ド。柄乃達義の懐刀。本家神桜会も注目しているほどの逸材である。


「実力は当然、頭もいい。度胸もある。会社を興すだけの行動力もある。動画サイトの方も上手く行っているようだな」


「はい」と、静かに返事をする京史郎。


「堅気にしておくのは惜しい。本家神桜会で、榊原京史郎を預かりたい。――それは支度金だ。1億ある」


 神桜望に続いて、柄乃が述べる。


「京史郎。おまえは堅気に向いてねえ。こっちの世界に戻ってこい。しかも、1億って言ったら、会長が夜奈に付けた値段と同じだ。もっとも、あいつはオファーを断っちまったがな」


 この若さで、それだけの大金を手に入れたら、もはや勝ち組と言っていいだろう。金のため極道になった。金のために事務所を開いた。もし、これが京史郎という人間に付けられた価値だとしたら――これまでやってきた無茶も報われる。


「迷っているのなら、背中を押してやる」


 神桜望が合図をすると、先程の黒服が、アタッシュケースをふたつ持ってきた。


「全部で3億。姫夜叉を倒したおまえに、同額というのも失礼な話だったな」


 首を縦に振るだけで、すべてが京史郎のものとなる。果たして、義理や人情がこの大金に勝るのか。芸能事務所を続けるとして、これだけの大金を、将来ポケットに入れることができるのか。


 ――けど、京史郎の頭の中には、どうでもいい連中の顔がちらついて消えなかった。


 京史郎は、深々と頭を下げる。


「大変ありがたいお話ですが、遠慮させていただきます」


「おい、神桜会の会長が、直々に言っているんだぞッ?」


 柄乃にきつく言われるが、京史郎は頭を下げたまま続ける。


「もうしわけございません。城島の下で働いて、もう極道は懲りました」


 肩を竦める神桜望。

 すると彼は立ち上がった。


「……そうですか。ならば、私はこれで失礼します。柄乃さん、城島さん。今度、仕事抜きで食事にでも行きましょう」


「城島とですか? はは、気まずい食事会になりそうですな」


 苦々しい笑いをこぼす柄乃。城島の方は嬉しそうに「いつでも声をかけてください。隠居生活は暇なので」と、告げる。


 そして、神桜望は退室していった――。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。