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第3話 アイドルらしいところあるよ!

 ――世界が崩れていくようであった。


 秋野和奏は眩暈を覚えながら、朦朧と通学路に足音を刻む。


 歌唱力は最大の武器のハズだった。歌さえ聞いてもらえれば、性悪社長の食指も動かせると確信していた。だが、結果は惨敗。縋る和奏の首根っこを掴まれ、犬猫のように事務所を放り出されたのは昨日のこと。


 いったいなにが悪かったのか。クラスメートとカラオケに行けば、みんな上手いと褒めてくれるのに。


「くそぅ……自信なくすなぁ……」


 項垂れる和奏。校門をくぐった辺りで、背後から声をかけられる。


「おはよう、和奏ちゃん」


 爽やかな挨拶をくれたのは、それこそアイドルと形容するに相応しい可憐な少女。


 インクのようにしっとりとした黒髪は、まるでシルクのように滑らか。ぱちりと開いた瞳は大粒の真珠か。かわいらしい鼻とぷるぷるの唇が、小さな顔に配置よく収まっている。守ってあげたくなるような線の細い身体。丁度良いカップの胸が制服に包まれている。和奏にないものすべてを持っている彼女は、幼馴染みの夏川穂織なつかわほおり


「……穂織。あたしって歌は上手いよな」


「そうだね。和奏ちゃんは上手だよ。みんなもそう言ってるね」


 かわいい外見に反して、落ち着いた口調の穂織。彼女は不思議ちゃんというかマイペースだ。性格は優しいけど少しクール。


「昨日、人前で歌ったんだけど、音痴だって言われた」


「その人の聴覚が独特だったんじゃないかな? 食べ物と同じで、曲や声にも好みがあるからね」


「本当は?」


「本当だよ。放課後、カラオケ行く? みんなも和奏ちゃんの歌を聞きたがってる」


「……採点モードやってみようかな。いつも止められるけど」


「あれは参考にならないらしいよ。適当な数字を出してるだけだからね」


「もう一度聞くけど……本当はどうなんだ?」


 じっと見つめる和奏。穂織は進行方向だけを眺めて、微笑みを浮かべている。


「穂織。正直に言ってくれ。人生が懸かってるんだ」


「人生か……。実に重い言葉だね。私は、和奏ちゃんの歌声が好きだよ」


「個人的な評価はいらないんだよ」


「みんな、和奏ちゃんのことが好きなんだ。嫌われないように、ちょっと贔屓目の評価をするぐらいは許されてもいいよね?」


 それはヘタってコトですか? マイルドに言えば上手くはないってコトですか?


「さっきも言ったけど、好みの問題だよ。和奏ちゃんの歌声が聞くに堪えなくても、クラスのみんなにとっては、百年に一度の奇跡のアイドルなんだ」


「それ、褒めてねえし!」


 ――ハハハ! とんだ道化だよ! 自信満々にドヤ顔で自己陶酔に浸りながら、ジャイアンリサイタルしてたんですね! 超かっこ悪いや!


          ☆


 そんなこんなで昼休み。さっきは始業時間だったので、ろくすっぽ話はできなかった。学食にて、穂織に昨日のことを相談する。


「――ってなわけで、抹茶頭の社長に音痴だって言われて、現在に至るわけだ」


 むっつり顔で、和奏はかきあげ蕎麦をずるずると啜り上げる。


「酷いね。その人」


「酷いっていうかヤバい? おとといだったかな。そいつ、商店街で喧嘩してたんだぜ? けど強いのなんのって、ひとりで十人ぐらい相手にしてた」


「ふむ。抹茶頭ねえ。……ん? その社長って、もしかして榊原って人じゃ……」


「ああ、そうそう。榊原だ。榊原京史郎。知ってるのか?」


「噂ぐらい聞いたことないかい? 有名なヤクザの名前だよ。通称、抹茶色の悪魔」


 榊原京史郎。この辺りを仕切っていた暴力団『城島組』の元構成員。喧嘩最強の看板を掲げる凶悪な極道。


 高校時代から手の付けられない悪党で、彼の通る道は血で彩られていく。血痕あらば、その先には京史郎がいるとまで言われていたそうだ。潰した暴走族は数知れず。彼を恐れた不良は、皆、襟を正して真面目生徒へと変貌を遂げた。近隣一帯の偏差値を爆増させた陰の立て役者と言われている。


 在学中に城島の組員と喧嘩。その度胸を買われて、卒業後に極道の世界へと足を踏み入れている――という噂を、穂織が説明してくれた。ただ、その城島組というのは、つい最近解散したと聞く。


「口は悪いけど、悪党だとは思わなかったけどな。あれならウチの親父の方がクズだ」


「和奏ちゃんのお父さん、厳しいからね。けど、その感覚はナンセンスかな。例えるなら、辛いモノを食べ慣れて、味覚が麻痺してしまった人さ。……だって、ヤクザだよ?」


「けど、組は解散したんだろ? 大丈夫じゃね?」と、和奏は気安くつぶやいた。


「ヤクザだからヤバいんじゃないんだ。ヤバいからヤクザをやってたんだ。このニュアンス、わかるかな?」


「わかんね。けど、ウチの親父も同じぐらい性格悪いし、同じぐらいヤバいし。同じぐらい喧嘩も強いからなぁ。普通じゃないけど、そこまでかぁ?」


 修羅場(主に実家)をくぐってきた和奏の嗅覚からすれば、悪党ではない気がした。というのも、あの状況で、和奏を利用する方法はどれだけでもあった。和奏のみならず、追い返されていたケバい女子高生もだ。


 そういった連中をキープせず、利用もせず、いらないときっぱり明言するだけでも、実のところ『まとも』なのである。


「ま、他に行くとこないからな。贅沢は言えねえよ。大手惨敗。全部大敗」


「友達からも、銀行からもお金を借りられなくなった人が、なりふりかまわず闇金に走るような感覚に思えるんだけどね。危険なことは薦められないよ」


「人生は一度しかないんだぜ? あんな化石道場の跡継ぎなんざゴメンだ。好きなことも、馬鹿なこともやってみるもんさ。それに、あたしが強いの知ってるだろ? 平気だって」


「けど、頭は弱いよね?」


「成績はいいもん」


「言い方が悪かったかな? 頭が緩いよね? 歌も、万人向けじゃないよね? 美人だけど、アイドル向きのルックスじゃないよね? 性格も向いてないよね?」


「う、ううっ……うるさいうるさい! おまえまで京史郎みたいなこと言うなぁ! あたしは絶対にアイドルになってやるんだからな!」


「ふふっ。和奏ちゃんって子供っぽいよね。そういうところは、アイドルみたいだよ」


「ふぇええッ?」

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