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第28話 ちょっと嬉しい京史郎

「柄乃組、か……」


 みんなが帰宅したあと、京史郎はひとり事務所に残っていた。デスクに足を乗せて、椅子に深く体重をかける。


 ――極道時代の名残。精算できるとは思っていない。甘く見積もってもいない。

 自分でも無茶をしたと京史郎は自覚している。だが、形はどうあれ、この界隈でビジネスをするならば、いずれ柄乃組とは揉めていただろう。組織としての関係は終わっているが、個人での因縁は深々とある。


 ――苦しい立場にある。けど、今の京史郎の気分はさほど悪くなかった。それはたぶん、少しいいことがあったからだと思う。京史郎が『辞めろ』と告げたのに、まさか三人全員が残ってくれた。エミルさえも残ってくれた。これは偏に和奏のおかげだろう。


「……どうすっかな」


 このままだと柄乃組の妨害が入る。なにもせずにライブを迎えるのは難しい。いや、何事もなく当日を迎えたとしても、その当日こそきっととんでもないことになるだろう。


 京史郎は、腹の上に置いてあったスマートフォンを手に取った。


「どっちに連絡したものか……」


 かける相手は二択。ひとつは柄乃組の組長。柄乃達義。柄乃組に籍を置くものなら、彼の言葉は絶対だ。彼との交渉に成功すれば、すべてが丸く収まる。もっとも、京史郎という元商売敵の頼みを聞いてくれるかどうかはわからない。よしんば、交渉のテーブルを用意してくれても、大金を要求されるのは必然。借りを作ることにもなる。


 もうひとつは元城島組の組長。城島剛鬼。隠居した身ではあるが、義理人情に熱い性格だったせいか、その人脈と影響力は十分残っている。本家の『神桜《しんおう》会』にも、城島の世話になった奴が大勢いるわけで、彼が口を利いてくれさえすれば、この状況を穏便に終わらせることができるかもしれない。ただ、常識的に考えて、隠居老人を引っ張り出すのは憚る。


 まあ、こちらも、城島が京史郎の頼みを聞いてくれる保証はない。そもそも、親に泣きつくというのもみっともない話である。


「……かっこ悪いな」


 なんとも面倒くさい性格になったものだ、と、京史郎は思った。


「ちっ」


 京史郎はデスクから足を降ろす。電話帳アプリを起動し、通話ボタンを押した。長いコールのあと、相手が電話に出る。


『……誰だ?』


「いいかげんスマホぐらい買えよ。この時代に家電《いえでん》なんて使ってる奴いねえぞ」


『おう、京史郎か』


 電話の相手は城島剛鬼。

 京史郎は、元親分の彼に電話をした。


『おまえの声を聞くのは、事務所の鍵をくれてやったとき以来か』


「あんたは隠居で気楽なもんだが、こっちは新しい人生をスタートしなけりゃならないもんでな。いろいろと忙しいんだよ」


『いいじゃねえか。若者は働け働け』


 かかか、と、笑い声が聞こえてくる。


『――で、なんのようだ? おまえもおいらに頼み事か?』


「その言い方だと、未だに子分連中には、頼られてるわけか?」


『仕事の探し方すらわからん奴も多かったからな。――おまえも、就職先を世話して欲しけりゃ、紹介してやるぞ』


「親父の儲け話には二度と騙されねえ。誰だよ、極道は儲かるって言ったのは」


『退職金はたんまりとくれてやったろうが。どうだ、ビルは金になったか?』


「いいや。元極道の事務所だった場所なんざ、縁起が悪くて買い手が付かねえ」


 実際は、そんなわけがない。小さくても商店街のど真ん中。三階建てのビルなのだから。


『そうか。じゃあ、就職先以外での相談だな』


 京史郎は黙る。見抜かれたのは、少しバツが悪いというか、気分が悪かった。


『隠居して暇な身だ。若者のやることを、遠くから眺めるのがジジイの楽しみなんだよ。面白い話があるのなら聞かせろ』


 親父は、人間との繋がりが大好きなのだろう。世話をすることで、人生の一部をいただいた気になる。そして思い出を共有しようとする。――あるいは、思いやりか。


 城島剛鬼は厳しい人間だった。何度も殴られたことがある。最初はムカついたが、長く極道をやっていると、そういうムカついたことが教訓となって、処世術が身についていくことに気づく。


 いつ見切りを付けられてもおかしくない立場の京史郎を、最後の最後まで面倒見てくれたのは、城島剛鬼だ。実の親よりも、親らしい親だった。


 ――思わず、言おうとしていた話を飲み込む京史郎。


 親父らしさを、容赦なく見せつけられたのが癪だった。というよりも悔しかった。子供としての意地が、ほんのわずかに上回ったのだと思う。


「……面白い話なんてねえよ。ちょいと声を聞きたくなっただけだ」


『なんだ、気持ち悪ぃな』


 相談することぐらいできたかもしれない。けど、京史郎はやめた。


『……なあ、おめえみてえな狂犬は生きにくいだろ、普通の社会ってのはよぉ』


「んなことねえ。若い奴を使って上手くやってる」


『そうか。また、暇な時にでも顔を出せ。仕事の話を聞かせろ』


「言ったろうが、暇なんてねえよ。――じゃあな」


 そう言って通話を終わらせる。つくづく、素直ではない自分が嫌になる。和奏たちのことを思えば、少しぐらいかっこ悪くてもいいはずだった。けど、城島のことを思えば、頼れない自分がいた。親も、彼女たちをも裏切るようなことは嫌だったのだと思う――。


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