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客観的記録とN

作者: 前田 耕平

いつの間にか朝がきていた


N氏はベッドから起き上がり寝ぼけた頭のまま洗面所へと向かった


時間は45分飛ぶ


N氏は気づかなかった


京林線の各駅電車が大きな欠伸をしてN氏の目の前を通過したことに


N氏は

ぼーっと

孤独な人たちの背中を見ていた


N氏は今から15分前に定期を改札にかざした


振り返ると、恵まれたことに学校へ行けば友達もいたし、彼女もいた


大人になった今でもさほど変わらない生活をしている


着るものが変わって、口先が少し滑らかになったくらいで、とりたてて変化といえるようなものは見当たらなかった…


時間は1時間ほど飛ぶ


N氏は待ち合わせに遅れている友人のことを考えていた


いつものことだ


「予定どおり」なんて期待するだけ無駄なことは

さすがに、しなくなっていた



さっき別れた別の友人は遠くから離れて僕のことを監視しているのがバレバレだった

彼の不安が僕に伝染しないように僕はスマホを取り出して今、この文章を書いている、…いや、書いていた



一段落すると、N氏は急に手持ち無沙汰になった

胸ポケットに手を伸ばす


胸ポケットにはタバコの代わりのチューインガムが入っていて

N氏はタバコを辞めていることを思い出した


N氏は、かつて富司山の裾野にあった幾つかの湖は消滅して現在の富司五湖と言われる五つだけになったことや、井津半島が島だったことを知った


「知った」と言っても、「宮長文書(みやなが もんじょ)」という世間的にはマイナーな古文書にそういう記述が残されていたことを最近知ったという意味であって、宮長文書はその内容の信憑性の薄さから歴史家達からは無視されつづけている


つまり歴史とは多くの人が信じている物語に過ぎないということだ


N氏はかつて、純朴に正義を信じる青年だった


しかし、いつしか正義など誰も信じてはいないことを知った


N氏はそのことに失望し、さらには絶望までするはめになった


N氏はノイローゼになり、眠れなくなり、精神科に通って向精神薬と睡眠薬を服用するようになった


…そんなこともあったな



N氏は思い出していた


…その反動で僕は宮長文書などという信憑性に欠ける古文書を信じさせられているのだとしたら

アブラハムがイサクの代わりに神に捧げた羊とは

今の僕そのものじゃないか


と、N氏は考えずにはいられなかった



時間は九時間20分飛んで、午後の七時になっていた


突然、家のインタァホンがなった


ドアを開けると待ち合わせに遅れていた友人がようやく、やって来た


N氏は、友人が待ち合わせをすっぽかしたことに怒りもせず、彼を迎え入れた


友人は、ずっと口に栓をしたように黙りこくっているので、珈琲を入れてやることにした


不思議な時間が流れた


止まっているような、はたまた、急速に物体としての時間が暗い海に流れ出ていっているような


N氏は自分の珈琲に口をつけて、湯気とともに鼻腔をくぐり抜けていく、まろやかな香りを楽しんだ


そして夜は更けていった


N氏はその夜、おぞましい夢とともに、陰鬱きわまる金縛りに合い、寝汗をびっしょりと掻くことになる



4月25日 日曜日 NのNによる記録


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