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非処女は恋にしがみつく

 きっと多くの生徒が勘違いをしている。教師は人間だけど、何だかんだ言って間違うことはないと。


 そんなことはない。


 教師だって間違う。ただ、学生よりも間違わないし、間違ったとしても誤魔化すのが上手いだけなのだ。


 私、中山恭子はそのような持論によって、たくさんの男を貪った。


 恋はどこだ。どうやって手に入れる。


 さながらゾンビのような呻き声をあげ、私は毎晩、男に抱かれた。


 たまに思うことがある。ああ、私に本気で恋をしてしまった男は哀れだなと。



 きゅっきゅっきゅ。


 上履きがこすれる音に、私は意識を取り戻した。


 蒸し暑い体育館。全生徒の列の隙間を進みゆく一人の男子生徒。私は彼を見つめる。


 私に本気で恋をしてしまった哀れな被害者。木村冷君。


 彼は酷く真剣な表情で、ステージに向かう。


 そのステージの中央には、大里さんがいた。教師を辞める私の登壇を制止して、彼女が登壇したかと思えば、爆弾を見せびらかして脅迫をしたのだ。


 そして、その大里さんに呼ばれて冷君はステージに向かっている。


 途中、誠さんと目が合ったようで、冷君は歩みを止めた。無言で見つめ合った後、再び木村君は進み出して、今度は大里さんと向かい合う。


「俺は公開セックスなんて嫌だからな」

「あらそう? きっと気持ち良いのに」

「処女が知ったような口を聞くな」

「あなただって童貞じゃない」


 そんな会話が聞こえた。ああ、そうか。と私は思った。冷君は私と一時期付き合っていた。だから私は、もうてっきり彼に抱かれていたものと思っていた。


 そうか。抱く前に、別れちゃったんだね。もったいなかったね。


「中山京子先生。登壇してください」


 来た。言うと思ったよ。私は指示通りにステージに向かう。


 私はちらりと木村君を見た。苦しそうな表情で私を見ている。


 そして、私は誠さんの隣に並んだ。それを見届けた冷君は、マイクに口を近づけて、重々しく口を開いた。


「中山先生。どうして、俺の告白を受け入れたのですか」


 とても静かな切り出しだった。


 私だって鬼じゃない。彼をむやみに傷つけたくない。


 しかし、答えるしかないだろう。


「私は恋というものを知りませんでした」


 ゆっくり。丁寧に。独白。


「私は、恋を知るために沢山の男性と関係を持ちました。私に告白してくる男性とは全て恋人となりました。冷君は、その一人に過ぎません」


 私は言い終えると、冷君を見た。冷君はとても悲しそうな表情で私を見つめてくる。きっと泣きたくて仕方がないのだ。


「冷君。そんな表情ができる君が、少し羨ましかったわ」


 もう嘘は必要ない。ありのままを語るのみだ。


「今は、君の気持ちが良く分かる」


 そして、私は誠さんを見る。


「恭子さん!」


 冷君が叫んだ。必死に名前呼びを拒んでいたのに、我慢できなかったらしい。そんなところに拘るところが、いかにも高校生らしい。


「どうして速水先生なんですか。どうして俺じゃ駄目なんですか。俺はまだ苦しいです。苦しくて苦しくて仕方がありません。こんなに苦しんでいるのに、あなたは俺に心を動かしてくれなかった」


 冷君はついに涙を流して、喚き散らした。


「まだ、私のことを好きでいてくれるんだね」


 私は、そんな彼が尊く思えた。


「ええ。好きですよ。大好きですよ。ほんと、自分でも馬鹿だなって思っています。どうしてこんな女に惚れてしまったのだろうって」


 冷君は涙を拭う。


「きっと、もっと良い恋が出来たはずだった。恭子さんよりも素敵な女性は沢山いるはずなのに。なのにどうして……」


 そう冷君は悔やんだ。


「本題に入りましょう。恭子さん。いえ、中山先生。俺の要求を言います」


 私は冷君を見た。目元が少し紅い。


「俺に、きちんと惚れてください。そして速水先生と別れて、俺と結婚してください。孕んでいる子供は産んでもらってかまいません。その上で俺の子供を産んでください。どちらも俺が、必ず責任を取りますから」


 なんてことを、冷君は言ってのける。本気で言っているのだろう。


「もし、断ると言ったら?」


 私は敢えて聞いてみる。すると冷君は大里さんの方を向いた。二人はお互いに頷き合って、そして冷君はこう言い放つ。


「静香と一緒に自爆します」


 冷君の表情は真剣だった。大里さんも、一切動揺をしない。今の意思疏通は、二人の絆の深さを伺えた。思春期に振り回された者同士、特別に親近感を感じていたようだ。


「自爆なら、人の居ないところでやってくれるかな」


 誠さんが私を背中に退かして言った。珍しく怒っている。


 誠さんの背中。私よりも背が高くて、意外と筋肉質。だから誠さんの背中は間近で見ると広くて、逞しい。


「君がどんなに恭子さんを愛していようと、恭子さんは僕だけのものだ」


 誠さんの言葉は、恋を知ったばかりの私の心に、強く響いた。水面に落下した滴のように、私の全身を微かに波立たせるのだ。


 恋に理由なんてなかった。誠さんより格好良い人と寝たこともあるし、誠さんより甘い言葉を囁かれたこともある。


 それでも、私は誠さんに恋をした。


 彼が冷君よりも私を愛してくれるかどうかはわからない。もしかしたら、誠さんとではなく、冷君と結婚するべきなのかもしれない。


 しかし結局のところ、私の持論はこうなのだ。


 教師だって間違う。大人だって間違う。正解は誰もわからない。なら自分の心を信じて、選択するしかないだろう。


「冷君。私は誠さんを愛するわ」


 私は誠さんが好き。大好きだ。


 ようやく私の心が、ときめいた人なのだ。私の身体を何度も捧げて、ようやく巡り会えた人。


 絶対に離してやるものか。死んでも、しがみついてやる。


 冷君。君の自爆テロに、受けて立つ。

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