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「―でも、団長が連れて来たってことはお眼鏡に適ったってことっすよね」
「ジャック」
ジャックと呼ばれた騎士は、へらっと笑って一歩前に出た。
夕日色の髪がピョンと跳ねていて、タレ目と気の抜けた笑顔が彼をどこか軽薄とした印象を持たせる。
ジャックという青年の問いに、ゲーティスは鷹揚に頷いた。
「まあ、そういうことになるな。まだまだ未熟だが、力をつけさせればどこまでも伸びる」
「じゃあいいじゃないっすか、それで。我が騎士団は、身分出身関係なしに優秀な人間が集まる場所だ。そこの団長が決めたんだから、俺らは文句ありませんよ。ねえ?」
ジャックは道化のように大きく両手を広げて騎士達にそう言った。
騎士達もそういえばそうだよな、と納得した顔になり先程までの空気は霧散していた。
その様子にヴェルーナは拍子抜けした。
こんな簡単に、空気が変わるとは。
ゲーティスがなんと言おうと、きっと騎士達の心情は変わるまい。疑念を持ち不満を抱く者はその気持ちを持ち続けるだろうと考えていたが、実際は団長が決めたのだからそうなのだという言葉だけで、すべてが塗り替えられていった。
これが、黒騎士団でのゲーティスなのか。
「誰も反対な奴はいないな。基本こいつは俺につかせるが、俺も暇じゃない。その間は…そうだな、ジャック!お前とエーリーが中心となって教えてやれ。いいな」
ゲーティスがそう締めると、綺麗に揃った了解の声でその場は解散となった。
「それじゃ、早速だが俺はお前を入れた口実を他の団長どもにねじ込んでくる。ちゃんと言うこと聞けよ」
「小さな子供じゃあるまいし、大きなお世話よ!」
「どうだか」
クスクスと笑って、ゲーティスはマントを翻し部屋を出て行った。彼の笑みに一瞬頬に熱が集まりそうだったことはバレて欲しくない。
ゲーティスにはああ言ったが、いざ彼がいなくなると場が一気に外野となって不安が襲ってくる。
そんなヴェルーナに先程のジャックともう一人のひょろっとした背の高い若い騎士が近づいてきた。
「初めまして、さっき団長が言っていたけど俺はジャック。一応、黒騎士団の副団長をやってんだけどまあ気楽に話してもらって平気だから」
「僕は、エーリーと言います!よ、よろしくお願いします!」
変わらず緩んだ笑みを浮かべるジャックとガチガチに直立するエーリーに話しかけられ、どもりながらヴェルーナも改めて自己紹介をした。
「にしても、よかったなエーリー。こんなに早く後輩が出来るなんてさ」
「僕が後輩を持つだなんてそんな…。団長は僕を指名しましたけど、僕なんか皆さんの足元に及ばないのに…」
「エーリー…さんは、この中で一番若いの?」
自分よりも頭一つ分高いエーリーを見上げながら質問すると、何故かエーリーは顔を真っ赤にした。その様子をジャックはニヤニヤと見守っていたが、ヴェルーナはその真意に気づかない。
「よ、呼び捨てで大丈夫ですよ。この団の中では入団した時期と年齢では僕が一番若いですね」
「エーリーは騎士団入団からたった二年でうちに引き抜かれた超エリートなんだよ」
「え、すごい!」
「そんな!僕はそんな大層な人間では!」
エーリーは手を振って否定しているが、確かにこの場にいる騎士の中では一番ヴェルーナに年が近そうだ。
「でも、ヴェルーナさんの方が凄いですよ。僕より全然度胸がありますし」
「私もヴェルーナでいいよ。度胸って?」
「ほら団長と…その、対峙したんでしょう?それで五体満足、生きて帰れているなんてよっぽどの幸運かかなりの腕がいい人間だけですよ」
気を使って後半は小声で言っていたが、それでも信じられないといった興奮は滲んでいた。
ヴェルーナはそれよりも、もうそこまで話が広がっていたことに驚いた。しかし、あれだけの大立ち回りをすればすぐ噂になるのも無理はないだろう。
対峙した、という言葉にあの時感じた恐怖を思い出す。
あれは、確実に狩りをする狼の目だ。野営していた時に散々見てきたのだから間違いないと、ヴェルーナは今でも思う。
「じゃあ私はよっぽどの幸運の持ち主みたいね」
「それでも、団長がここに連れてくるってことは幸運以外にも絶対なにかあったんですよ。あの人、どんなに位が高い貴族に何言われようが自分が気に入らなければ団にいれることは絶対にないんです」
ありえるだろうなあの男なら、とヴェルーナは思わず苦笑をする。
僅かな時しか一緒にいないが、ゲーティスという男は己が法律と言わんばかりにずんずん事を決めていく。ヴェルーナが気がついたときにはおおよその準備が整っていて、抵抗するにはもう後戻りできない状況が作り上げられているのだ。というか、そもそもヴェルーナの意見に耳を貸してくれたことは牢屋でのあの一件のみだ。
そう、ゲーティスが自分を連れて来た理由は決して彼が自分の能力を認めたわけではないということをヴェルーナは知っている。
言霊使いである自分を保護してなにをしたいのかわからないが、手元に置くために引っ張り出してきたに過ぎない。エーリーには悪いが、そう大した能力もない自分が此処にいる自体、すべてはゲーティスの思惑に従っているだけだ。
先程の言葉から推察するに、ヴェルーナが黒騎士団に入った本当の理由は知らないようだ。
それでいいと思う。もしヴェルーナが言霊使いだと知ったら、彼らは自分のことを化物だと思い言葉で物を動かす気味の悪いものであると思うだろう。
だって、ヴェルーナの両親がそうだったのだから。
重い思考に沈みかけたとき、鐘の音が一つ聞こえた。
それを聞くと騎士達は立ち上がり、各々木剣を持って控え室からぞろぞろと出て行く。
「ああ、午後の就業の鐘ですね。今日は剣の訓練だから、外になります。一緒に行きましょうか」
「ヴェルーナちゃんの木剣、古いのしかないんだ。それでもいい?」
「あ、はい。大丈夫です」
いつの間に取ってきたのか、ジャックから手渡された木剣はずっしりとした重さがあった。直剣であるそれは、今までの団員の汗が染み込んでいるのか木の色が黒く変色しており鈍い茶色となっていた。
ヴェルーナは直剣を振ったことがない。
旅のときに直剣を下げていたら好奇の目で見られるし、盗賊をやっていた以上目立つことは避けたかった。
故に武器として用いていたのはもっぱら短剣だったのだ。
しかし、そんなことは言ってられない。
いかに保護された身だからと言って、その立場に甘んじて仕事を疎かには出来なかった。
エーリーとジャックと共に外の訓練場に向かうと、騎士達は準備運動を始めていた。
ヴェルーナもエーリーに習いながら、準備運動を済ませなんとか見よう見まねで柔軟体操をこなしていく。わかってはいたが、戦いの前線に立つ騎士達がこなすメニューはいかに体力に自信があるヴェルーナでもついていくことに必死だった。
問題が起きたのはその後だ。
直剣を握ったことのないヴェルーナにエーリーが丁寧に手ほどきをしていたとき、他の騎士達は戦闘を想定した模擬戦を行っていたがその中の一人が悪ノリをしてヴェルーナにちょっかいを出してきたのだ。
「なんだよ、嬢ちゃん。全くの素人さばきじゃねぇか」
「…なにか文句でも」
「剣は実戦で覚えるもんだ。相手してやるよ」
「ちょっと…!何を言い出すんですか!」
エーリーは慌ててその騎士を止めるが、対する彼はニヤニヤと意地悪に笑うだけだ。
他の騎士達も事の成り行きを、興味本位でそわそわと見守るだけで止めようとはしていない。大方、この騎士のふざけた冗談に賛同した奴らなのだろうか。
理性がやめておけと言っているが、それに従わないのがヴェルーナだ。
よくも悪くもその時抱いた感情で行動してきた。その度に痛い目にあったし後悔もしたが、己の想いを恥じたことはない。
そして今も、ヴェルーナはその流儀に乗っ取ろうとする。
「…いいわよ、やってやるわよ」
「えっ!?ヴェルーナまで何を言い出すんですか!剣は素人だって自分で言っていたでしょう!?」
「そうだぜ、ヴェルーナちゃん。さっきまでのを見る限りじゃ、その重さを振り回すだけで精一杯だろ。今はやめておいた方がいい。下手に怪我すると団長も怒る」
エーリーに加えジャックも引くように諭すが、その程度ではヴェルーナは止まらない。彼女を止めるには、それこそ縄でもなんでも縛り上げるくらいのことをしなければいけないのだ。
相手の騎士はやる気になったヴェルーナをさらに面白がって、馬鹿にした顔をさらに大きくした。
結局、エーリーとジャックそれと数少ない理性的な騎士達の制止虚しく模擬戦は行われることになり地面に描かれた円の中の試合場へ移動した。