6
この国には、騎士団と称される団体が四つ存在する。
一つは主に王都を中心とした各地の主要都市を警備、犯罪の取締を仕切っている紅騎士団。
獣の討伐、及び捕らえられた犯罪者の尋問、監視を行う瑠璃騎士団。
魔術に関する出来事、事件、また任務を請け負う藤黄騎士団。
そして、所属関係なく武術魔術に秀でた者だけが引き抜かれ、騎士団が行う任務すべての指揮権を持つ黒騎士団。
騎士団はこの四つから成り、各団で権力の偏りがないよう団長達の決議によって運営、活動がされてきていた。
団長達は膨大な人数をまとめあげているだけあって随分な曲者揃いだと聞いていたが、まさか。
まさか、自分の直属の上司がその中の一人だったなんて。
「おい、いつまでそわそわしてんだ。ちょっとは落ち着け」
「ふ、服の生地が良すぎて慣れない…」
「知るか、慣れろ」
一刀両断である。
肌触りの良すぎる黒騎士団の制服はどうにも落ち着かず、襟が詰めてあるのも息苦しい。せめてもの救いは下の穿きものが長袖でショートブーツという露出が全体的に抑えられていることだろうか。それに真っ黒な服の襟や袖口に白いラインが入っていて、全身真っ黒になることはなかった。
おかしいところはないはず、とはわかっていてもどうしても落ち着かずにヴェルーナは毛先をくるくると指に巻きつけた。
ヴェルーナは今、王立騎士団本部にある黒騎士団控え室の前にいる。
これから初の黒騎士団との対面をするのだ。
ゲーティスはわざわざ集められるだけ人を集めたと言っていたので、おおよそのメンバーがこの扉の向こう側にいるのだろう。
果たしてどんな人達なのか。子供みたいなノリではあるが、悪い奴はいないとゲーティスは言っていたけれども。
(まさか、昨日まで牢屋にいてあっという間に黒騎士の制服を着ることになるとは思わなかった…)
昨日改めて自己紹介を終えたあと、ゲーティスはさっさとヴェルーナを牢屋から連れ出した。
そんな気軽に、不正を暴いた功労者であっても盗賊には変わりない人間を連れ出していいものかと戸惑ったが不思議なことに守衛はなにも言わずに二人を通した。もしかしたら、最初から展開を読まれていたのかもしれない。
人目につかないよう牢屋を出たあとは、本部内にあるゲーティスの自室に入れられ服やらなんやらはその時に手配された。
一晩だけゲーティスの部屋で明かさなければいけないことだけが誠に遺憾であったが、背に腹は変えられぬことでもあったので多少の文句だけに済ませた。
「もういいだろう。行くぞ」
「…わかったわよ」
いつまでも地団駄を踏んでも仕方がない。
顔を上げて、目を見開いて口を結ぶ。これで、戸惑いと迷いを持っていた自分は心の奥底にしまい込むことが出来た。
先導するゲーティスが開け放った扉をくぐる。
控え室の中には十人前後の男達が座ったり地面にあぐらをかいたりしてガヤガヤと喋りながら待機をしていた。
ヴェルーナは自分よりも大きいゲーティスの後ろにすっぽりと隠れるように佇んだ。
「ああ、団長!急に招集かけた癖に遅いですよ!」
「そーだ、そーだ。俺らなんか昼飯をゆっくり食えなかったんだぜ」
「悪かったな。それじゃ、さっさと済ませてやるから集まれ」
なんだなんだと、部屋の隅に散らばっていた団員達がゲーティスのもとへ集まり次の言葉を待つために口をつぐんだ。
「急遽だが、俺達の団に一人新人が入ることになった」
ゲーティスの言葉によって一度は収まった声が再びあちらこちらで発せられる。
それを咳払い一つで黙らせるとゲーティスはさらに話を続けた。
「少し特殊な事情により、正式な騎士ではなく騎士見習いとなる。だから、あんまいじめんなよお前ら」
「いの一番にいじめそうな人間が何言ってんだか…」
「なんか、言ったか?」
「いいえ、なにも!」
「はあ…。ほら、出てこい」
ゲーティスが体を僅かにずらし、ヴェルーナが前に出られるようにする。
こうなったら、後には引けない。
さあなんでもこい、と心の中で叫びながらヴェルーナは一歩前に出た。
「ヴェ、ヴェルーナ、です。よろしく」
思わず噛んでしまったが、気にしたら負けだ。
騎士達の反応はない。その代わりに穴が開くほど見られているのがわかる。
無反応にヴェルーナが焦ってしまいかけた時だ。
揺れるほどの大声が騎士達から上がった。
「お、女の子!?」
「どういうことだ!?」
「まだ少女じゃないか、団長本気か!?」
「ていうか、まさか団長攫ってきたんじゃ…」
「おい誰だ今の言った奴!」
混沌の極みである。
しばらく彼らは騒ぎに騒ぎまくったが、今度は何故団長がこのような少女を連れてきてしかも騎士見習いにさせたのかを詰問し始めた。
ヴェルーナは、ゲーティスをちらりと横目で見た。
彼は素直に事情を話すのか。もしくは誤魔化すのか。
それによってヴェルーナの状況は大きく変わってくる。
出来れば、誤魔化してくれた方がありがたいのだが―
「お前らも知っての通り、俺達の手を散々煩わしてくれた盗賊だ。どうせ処刑されるなら、勿体無いから拾ってきた」
「えええええええええええっ!!」
(言うの!?しかもそんなさらっと!?)
予想外な発言をしたゲーティスをヴェルーナはありえないという表情で見上げた。
対する男はそんな視線をもろともせずに、眉一つ動かさない。
騎士達はひとしきり騒いだあと、今度はお互いにこそこそと相談するように小声で話し始めた。
おおよそ、ヴェルーナが加わることに反対と不満を互いに打ち明け合っているのだろう。
ヴェルーナは顔をしかめるが、彼女としては予想できていたことである。
いくら優秀であっても、所詮黒騎士団も貴族の集まりだ。その中にはきっと、ご立派なお家柄をお持ちの騎士もいるだろう。
そんな人間から見た平民は、どのように見えるのだろうか。
どのみち、盗賊であることを明かそうと明かさまいと歓迎されるとは思っていなかった。
ヴェルーナの心を暗い雲が覆い隠そうとしたとき、一人の騎士が声を上げた。