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「黒騎士団に来い、言霊使い」
え?
言葉を理解したのは、その数秒後だった。
「えええええええええっ!?」
「うっせぇ。それは何に対しての驚きだ」
「いや、色々あるけど、言霊使い?私が?」
「はあ!?今まで知らなかったのかお前!」
今度は男が驚く番となった。
男は信じられないといった様で、ヴェルーナを上から下まで何度も視線を往復されている。
男の驚愕にヴェルーナは引き気味に質問をした。
「言霊、ってもしかして私の言ったことが起きるあれのこと?」
「…まあそんなところだ。言霊ってのは、言葉に宿る魂。つまり、発声者の魔力が高密度に濃縮された言葉というある種の魔術だ。だがこれは先天的な才能が必要で、さらに力がいつ発動するかは不明で故に言霊使いはほとんど他の人間と大差なく区別もつかない。言霊使いであるか見極めるにはただ一つ、華の印だ」
それを聞いて、ヴェルーナはようやく思い当たる節を見つけた。
言霊使いの印は、華の印。
男は、身体のどこかに華の印が刻まれていれば言霊使いでありさらに心臓に近ければ近いほど力は強くなると説明した。
そして男の言うとおり、ヴェルーナにはあざのような真っ赤な華の印がある。
それは鎖骨のすぐ下。ほぼ心臓の真上にあった。
「…これが、そうなの…?」
無意識に胸元をぎゅっと握り締めたことを、男が目を細めて見ていたことにヴェルーナは気付かなかった。
「昨日のことで、お前が言霊使いなのははっきりわかった。言霊使いは希少故に、我が国では保護対象となっている。だが一回国に言霊使いだと知られ保護されれば、お前に自由はない」
「そんなっ…!」
「そこで、だ。黒騎士団に来ればひとまず国に睨まれる心配はなくなる。なんせ天下の黒騎士団だからな、国王陛下の信頼も厚い。無下にはされないだろう」
「自分で天下の、とか言っちゃうんだ…」
「それがなにか?」
さも当然のように男はさらりと、騎士団自慢をしたことにヴェルーナは脱力した。
確かに、黒騎士団は魔術も武術もずば抜けて秀でている人間だけが所属していると聞くしすごいことはヴェルーナも知っていることでもある。
その自信はわかるのだが。
(この男の場合、顔が良すぎて何言っても様になるのが腹立つ…)
確かに、国に保護されて自由がなくなってしまうのは勘弁したいところだがヴェルーナは未だ男の提案に頷くことを躊躇っていた。
「…でも、その天下の黒騎士団様だってどうせ貴族様の集まりなんでしょ」
「あぁ?まあ、そうなるが。なんか問題があんのか?」
「…自由になれないのはいや。でも貴族と行動をともにするのも、同じくらいいや」
拒否の言葉に心の泥を吐き出したような強調がされ、ヴェルーナは目を伏せた。
ヴェルーナは、悪党と同じくらい貴族のことが嫌いだった。
すべての貴族がアンザスや今まで盗みに入ってきた貴族のようにねじ曲がった根性をしてるわけではないとわかってはいるが、自分の生い立ちを振り返るとどうしても貴族を好きになれなかった。
「そんな子供みたいな我が儘、こんな状況で通用すると思ってんのか?国は保護すると言っているが、言い方を変えりゃあ体のいい飼い殺しだ。それこそ貴族みたいなしっかりとした後ろ盾がない人間なんか、死ぬまで保護施設にいる場合だってある。言霊使いのことを国に引き渡せば、多額の報酬が支払われる故に言霊使いをわざわざ匿おうとする人間なんて、ほとんどいない」
その話はヴェルーナも旅先で何度か耳にしたことがある。
国が総力を上げて力を入れている言霊使いの保護制度により、領地によっては報酬金目当てに言霊使いを見つけ次第その領主に差し出さなければいけないという決まりを作っているところだってあるらしい。
言霊使いは口にしたことが本当に起きてしまうという常人離れした力を持つ故に、本人でさえも力の制御が難しいという。
経済的な余裕があり力を馴らす訓練を受けさせることが出来る貴族はともかく、魔術の知識も乏しければ誰かに指南を願えるほどの金もない庶民からしてみればわけのわからない力を使う人間と引換に大金を手にすることが出来ることはまさに渡りに船だろう。
そうして国に身請けされ保護施設へと送られた彼らの詳細を知る者はいない。
一部では一般に普及させるための研究に使われているだとか、密かに兵器としての訓練をさせられているだとかよくない噂も流れているが結局真相はようとして知れない。
答えは二つに一つだ。
「…わかったわ。あんたのそれ、受けるわよ」
「賢明な判断だな」
「けど、私には私の目的がある。そのための自由がないのなら、今すぐあんたを倒して逃げるわよ」
倒せるかどうかは置いておいて、ヴェルーナは男を真っ直ぐに見つめる。
ヴェルーナの覚悟が冗談ではないと捉えた男は、ヴェルーナにごく当たり前な問いを投げかけた。
「お前の目的ってのは何なんだ」
「人探しよ。一年前、突然姿を消した師匠を探しているの。盗賊は、困っている人達を放っておけなかっただけ」
ヴェルーナが絶対に果たさなくてはいけない目的とは、姿をくらました師匠を見つけることだった。
育ての親であり、自分を導いてくれていた師匠が、一年前唐突に何の前触れもなく姿を消した。
初めのうちはなにか師匠に考えがあるのではと大人しく待っていたが、それが次第に自分は捨てられたのではという不安を覚えじっとするよりも師匠を探して訳を聞くために半年前から一人旅を始めた。
師匠と共にいた頃から、各地を旅していたおかげで旅の苦労というものはおおよそはなかったが、立ち寄った街で貴族による悪逆非道を耳にしいてもたってもいられず行動を起こした結果があの盗賊業だったのだ。
「…育ての師匠、か。いいだろう。なら、騎士の業務以外は好きにしていい。休暇に聞き込みをするなり別の街へ趣いたりするなり、お前の自由だ」
「本当?」
「ああ。だが、仕事は怠るなよ。それに見つけた場合も、絶対に俺に報告してその人物を連れてこい。これは譲れない」
「…まあ、そのくらいならいいけど」
妙に絶対、という言葉に力が込められていた気がするがそこは気にせずヴェルーナは相手の交換条件を受け入れた。
「なら、契約成立だ。しっかり働けよ言霊使い」
片頬を上げてニヒルに笑うその顔面を殴り飛ばしたい。
それは堪えて、むすっとヴェルーナは言った。
「私の名前、言霊使いじゃないんだけど」
「そりゃ失礼。改めてお嬢さん、お名前は?」
「…ヴェルーナよ」
「なるほど、行動と言葉使いに似合わず上品な名前だな」
「あんた本当にぶっ飛ばすわよ!?」
男は、ヴェルーナの言葉などどこ吹く風だ。
そして男は笑う。
「黒騎士団団長、ゲーティス・アクイン。こき使ってやるから覚悟しろよ、新人騎士見習い」
その笑顔をヴェルーナは後日こう語った。
この世の悪魔すべてが跪く、魔王そのものだったと。