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アネモネの言霊   作者: 水無月 桜黒
第三章 疑惑と思惑
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35 ゲーティス

ここからはゲーティスsideとなります



 あの時、奇跡だと思った。

 同時にこれは運命であるとも。

 起こるべくして起きた事。

 そう思っていた。





 着飾ったヴェルーナをエスコートして赴いたパーティーは、ある意味仕組まれたことだった。

 最初からすべて仕組まれていたのだ。このパーティーはあらかじめ用意されていたセットもキャストも何もかもが揃えられた舞台だった。

 なにも知らないのはゲストであり主役のただひとり。それがヴェルーナだった。


 哀れだと、直感的に思ってしまった。

 しかし、自分がその感情を持つのはあまりにもおこがましいと自嘲が出る。

 何故ならこうなるように仕向けたのはすべて自分なのだから。これが起きてしまったきっかけを作ったのは、ほかならぬ自分だったのだから。




 あの日、たまたまジャックを連れて外に出ていた時に適当に食事を済ませるために覗いた店先で赤髪の少女と出会った。

 それがすべての始まりだ。

 十年かけて探し求めていた人間が、まさか手を伸ばせば簡単に捕まえられる距離にいて楽しそうに屋台で品を物色していたなどと誰が予想しただろうか。思わず硬直したことをヴェルーナに訝しがられたのも、無理はない。

 おそらく、同行していたジャックも気づいたのだろう。

 手渡した串焼きは、まったく手がつけられていなかった。


「…ジャック」

「なにも言わないでください。俺達は、これから仕事なんすよ。今話題の、凄腕盗賊をしょっぴかなきゃい

けないんですから、余計なこと考えないでくださいね団長」


 きちんと形が出来ていない敬語と団長呼びには未だ馴れない。

 そもそも付き合いが長すぎて、今更距離感がどうのということを気にしたことがなかった。むしろ、この男を自分の下につかせているという方が落ち着かない。

 返事をする代わりに苦笑をして、串焼きを平らげる。


 ようやく見つけたのだ。

 十年をかけて、地位を手に入れ権力を手に入れ、出来うることを着実にこなしてもなお見つからなかった彼女をようやく自分自身で見つけることができた。

 そのことがゲーティスをひどく高揚させ、そのまま日が暮れてあの邂逅を迎えたのだった。


 暗闇の中、件の盗賊を追いかける行為はゲーティスにとっては笑いたくなるほど愉快なことだった。どうやら自分は随分舞い上がっているらしいと実感したのはもう少しあとの、盗賊がいきなり消えた時だ。

 行き止まりであったはずなのにいなくなったことで自分の頭がすーっと冷えて、遊びから仕事へと意識を切り替える。そうしたら、なんてことはない、窓を開けて外へ逃げたという簡単なトリックだった。


(どうやって窓を開けた?鍵を解除する時間はなかったはずだ…まさか)


 嫌な予感がして、ゲーティスも同じく窓から外に出て魔術を使い難なく地面に足を下ろすと森へと向かった。逃げるなら、目くらましが容易な森だろうと踏んだからだ。

 予想違わず盗賊はそこにいた。

 撒けたと思ったのだろう、遠目で枝の上でしゃがみこんでいる盗賊を発見し即座に魔術を発動させた。

 植物を遠距離で操る上級魔術を詠唱なしで使えるようになったのも、この十年の死に物狂いで手に入れた力だ。このおかげで多くの場面で助けられた。だから、これで今回は終わると思った。


「予想以上に逃げ回ってくれたな。おかげで楽しめたが、俺もいい加減仕事をしなくちゃいけないんでね。逃げ場だけは予想通りで助かったよ」


 ああ、怒ってる怒ってる。


 喋らなくとも盗賊が苛立っていることはすぐわかる。ゲーティスも我ながら性格が悪いなとは思っている。それでも挑発をするのは、この場で絶対的強者は自分でもう逃がさない自信があったからだ。

 あとはもう騎士団の支部へ連れて帰ればいいだけだ。

 あんなに暴れまわってくれたので、大人しく連れて行かれはしないだろうがその時は殴ってでもなんでもして眠らせればいいことだ。

 しかし、盗賊がお眠りする前にどうしても聞かなければならないことがあった。

 この盗賊は、言霊使いなのか。

 どうしてもそれを確認しなければいけないと、その真っ白な仮面に手を伸ばしあともう少しでその顔を拝めるとなった瞬間。


「『触るな』!!」


 それが空気を震わした、と認識した直後脳が揺さぶられあらゆる器官を暴走させたのではと思うほどに頭の中がぐちゃぐちゃと好き勝手に掻き回された。

 前後不覚になって今にも倒れそうなのに、不思議なことに身体はぴくりとも動かない。脳が揺れているせいでぐるぐると視界が回っているが、実質瞬きすら出来なかった。

 足に根が生えたなんてもんじゃない。足自体が石となり力も感覚も入らない。まるで自分が石像になったようだ。


「――ぐあっ!」


 頭の振動が収まったとき、真っ向から強風に叩きつけられ問答無用で地面になぎ倒された。

 木の幹に後頭部を強かに打ち、決して軽くはない痛みに低く唸ったが衝撃にかまけて眠りこけるわけにはいかない。

 軋む身体に鞭を打って歩き、盗賊の元へ行く。

間違いなく先ほどの言霊と強風はこの盗賊が起こしたものだろう。盗賊は力を使ったことで意識を飛ばしたのか、地面にぐったりと倒れていた。

やはり盗賊は言霊使いだった。しかし、それよりもゲーティスは別のことで言葉を失っていた。

 外れたフードと真っ白な仮面。それらに隠されていたのは。


「…嘘、だろ…」


 十年間探し求めつい先刻お目にかかった、ザクリア公爵の娘に違いなかった。



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