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アネモネの言霊   作者: 水無月 桜黒
第三章 疑惑と思惑
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「一族の妨害によって家を継ぐことができなくなりかけていた俺に手を差し伸べてくれたのが二人だった。俺はなんとしてでもその恩を返さなければならない」

「…それで、私を探して家に戻そうとしたの?」

「……そうだ。夫妻はいなくなってしまった娘の安否を心の底から案じ多くの手を使って捜索を続けていた。俺が騎士になって団長まで上り詰めたのは、各地の情報を集めることに最も効率的だったからだ。団長になれば動かせる駒は一気に増える。そうして俺は」

「恩を返すために私を探していた」


 引き継いだ言葉にゲーティスはゆっくりと頷いた。

 すーっと先ほどまでの烈火のごとく燃え盛っていた感情が引いていった。

 冷静とは違う、もっと冷たい思いがヴェルーナを満たしていく。


「なら何故、私を見つけた時点で公爵に引き渡さなかったの。わざわざ騎士団に入れる必要なんてなかった。ここまで先延ばしにする必要なんてなかったじゃない」

「ただ、お前を見つけるだけでは駄目なんだ」


 ゲーティスはヴェルーナの瞳をまっすぐに見つめた。


「あの夜、お前を攫った人間が誰なのか。誰も見ていないその人間を探し出す。そのためには、お前が必要だった。貴族の籠に戻るよりも騎士団にいれば、お前は外を自由に動ける」

「つまり、囮でもあったのね。その誰かを捕まえるための」


 大した男だ。

 まさか出会って、ここまでのことを計算していたとは。まったくもって恐れ入る。

 それと同時に、自分をダシにされたことに既に冷たくなっていた心がさらに凍りついていく。


「…馬鹿みたい。私、最初からあんたに騙されていたのね。私の世話を焼いていたのも、騎士団からにげ出さないようにするため?まったく気がつかなかった。まんまとはめられていた」

「違う、そんなつもりじゃない。俺はただ」

「それで?その顔も知らない犯人探しは結局うまくいったの?あなたが用意した餌に引っかかってくれた?」


 ゲーティスの言葉を聞きたくなかった。 

 知りたいのは彼の本心じゃない、彼の言う真実だ。

 ゲーティスの真実が、ヴェルーナの真実となりうるかはわからないが聞かないわけにはいかない。

 ここまで連れてこられた分、彼の腹積もりを最後まで聞かなければ気が収まらなかった。


「……まだだ。だが、目星はついた」

「へぇ、それはよかったわね」


 自分の声があまりにも冷え冷えとしていることに、ヴェルーナは気が付いていなかった。

 心がどんどん鈍く、重くなっていく。


「お前を攫った人間。それはおそらく…お前の師匠だ」

「…………え?」


 一瞬何を言われたのか理解が出来なかった。

 それくらい、ゲーティスの口から出た人物がヴェルーナにとってありえない可能性だった。


「ちょ、ちょっと待ってよ。なんで師匠なの?師匠は私を、孤児院に捨てられていた私を助けてくれた人なのよ?」

 ありえない。

 もし本当に師匠が犯人なら、わざわざ劣悪な環境に落として再び迎えに行く意味がない。


「一度も疑問を持ったことはないのか?お前が力を暴走させた時、何故その原因をお前に言わなかったのか。傍に居続ければ、お前が言霊使いだと絶対にわかるはずだ。なのにろくに訓練もさせず、魔力の使い方すら教えずにお前の持つ力について何も教えなかった。知っていれば、お前の状況はもっと違ったはずだ。自分の力に怯えるお前の傍にいることで、自分だけを頼るようにしたんじゃないのか」

「違う!」


 ぐちゃぐちゃと、頭の中が掻き回されていく。


「そんな、そんなわけない!師匠は私を守ってくれていた。人に傷つけられて、化け物と呼ばれていた私を助けてくれた…師匠は、捨てられた私を…」

 

 そんな憶測で、語らないで欲しい。

 ゲーティスは知らないのだ。

 どれほどヴェルーナが傷ついてきたか。どれほど、ヴェルーナが優しさに飢えていたか。


「お前に与えた情報はあまりにも中途半端だ。お前は、自分の両親は貴族だとは知っていたのに自分の色がなにを示すかを知らなかった。旅の牧師が王族のことを知らないわけがない。少し情報を集めれば、王家の人間が攫われたことなんかすぐわかる。それを隠し、捨てられたのだと言ってお前に親を恨むように仕組むことだって可能だ」

「なんで…そんなこと」

「お前の力は、言霊使いの誰よりも強い。心臓とほぼ同位置にある印を持つ者が生まれたのはもう何百年も前の話だ。それだけで、お前が狙われた理由は充分にある。自分を盲信していれば、いざという時に自分を裏切らない。それを見越してあえてお前を一度劣悪な環境に落とし、自分自身で救いの手を差し伸べた」

「そんなの…そんなの全部、推測でしかない!本当のことなんか…そもそも、師匠が私の力を欲しがる理由なんかないはず」


 今まで師匠になにかしろ、と命令されたことはない。

 むしろ力のせいで涙を流すヴェルーナを、強く抱きしめ慰めてくれていた。


「…お前がいたという孤児院を内密に調査した」

「えっ?」


 ゲーティスに今まで何回か孤児院の話はしたことがあった。

 王都から遠く離れた北にある人里すらもほぼない、荒れた土地にぽつんとある粗末な施設だった。


「その孤児院は確かに存在していた。だが、ある時忽然と建物ごと消えていた」

「消えていた…?」

「そこで暮らしていた人間も飼われていた家畜も、育てられていた作物もなにもかもが跡形もなく消え建物があったであろう場所は大きくえぐれていた。まるでその土地丸々消えてしまったような。この孤児院の関係者はひとり残らずこの現象に巻き込まれた。十年以上前、ちょうどお前が拾われた時期に起きたそうだ」

「そんな…」

「まるで口封じのようだ。原因は不明。不可解すぎることと、調査を進めるほど重要性のない施設であったことで当時は見逃されていたらしいが、お前の話を聞いてからどうにも怪しい気がしてならない」


 あのあたりの記憶はヴェルーナも薄い。

 何をしていたか、どうしてそこにいたのか、いつからあそこにいたのか、気づいてしまえばわからないことだらけだ。

 わかっていたのは自分の年と自分にはよくわからない力があるということだけ。誕生日も名前すら知らなかった。

 何故あそこにいたのか、そういったものは全部後から教えてもらったのだ。そしてそれらを与えたのは、自分を救い出した師匠だ。

 どうして師匠は知っていたのだろう。

 ヴェルーナがあそこにいた理由も、ヴェルーナの親が貴族であることも、ヴェルーナの力のことも。

 もし、最初から知っていたとしたらどうしてヴェルーナにすべてを話さなかったのか。


 師匠は一体何を考えて―

「っ…ぐ、うっ……!!」

「ヴェルーナ?」


 突如、頭を割るような甲高い雑音と共に強烈な痛みがヴェルーナを襲った。


「あぁ…、うっがぁ…ああぁ!」

「ヴェルーナ!おい、しっかりしろヴェルーナ!」


 ゲーティスの呼びかける声すら、雑音にかき消されていく。

 脳が直接揺さぶられているような感覚と体中に電流が流れているような感覚が同時にヴェルーナを苦しめた。


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