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到着した街は王都の至近距離にあるだけあって、とても賑わっていた。
特に昼を迎えた今ではそこらかしこで声があがり、笑いが起こり石畳を駆ける音が溢れていた。
「うわぁ!本当に大きな街ね!」
旅行鞄を持ち帽子を被ったヴェルーナを旅行者と見受けた商人達は、ここぞとばかりに声を張り上げ客引きをした。
「よっ!そこの旅人の嬢ちゃん!うちの新鮮な果物どうだい!新鮮な上にめちゃくちゃうまいよ!」
「なんの!こっちは今日採れた魚だ!臭みがなくて、脂ものってるし美味しいよ!」
「鹿肉の串焼きどうだい!美味いし安いよ!旅で疲れてても、あっという間に元気になれる!」
「うぅ…全部美味しそう。どうしようかなぁ」
女一人旅となると旅費を稼ぐのも簡単なことではない。できる限り節約をしたいのが本音だった。
とりあえず一番安いという串焼きの前に並んで、どうしようと悩んでいる時だった。
隣にぬっと大きな人影が現れた。
「おっちゃん、串焼き二つ」
「おぉ!?珍しいね、騎士のお方が」
「腹減っちまってな。こういう屋台飯の方が腹いっぱい食えるし、何より安いだろう?」
「騎士様だったら好きなものをいくらでも食べれるだろうに。だが、うちのを選んでくれるのは嬉しいね」
そう屋台の店主を会話している男は、真っ黒な制服で詰襟に王立騎士団の紋章が入っていた。
鎧やマントこそつけていないがその制服だけで、騎士なのだとわかる。
しかも黒の制服といえば、騎士団の中でも選りすぐりのエリート達が集まる黒騎士団のものだ。
まさかこの街に、それもこの男の他にもう一人黒騎士の男がいるとなるとにわかに周囲が騒がしくなる。
それに加え、この二人恐ろしく顔立ちが整っている。それもあって女性は時々黄色い声を出していた。
ヴェルーナも思わず見とれていると、ふっと隣の男がヴェルーナにその菫色の瞳を向けた。
「っ!」
男の目が見開かれたことにヴェルーナはまたかと湿った感情を出した。
ヴェルーナの容姿が珍しいのか、行く先々で驚かれることがあるのだ。
確かにアネモネのように真っ赤な髪にルビーの瞳という赤一色の容姿が目立つことはわかっているのだが、珍しいという理由でじろじろ見られるのは気分のいいものではない。
だから、思わずむすっとした表情と声になってしまうのは仕方ないのである。
「…なにか」
「あ、いや…なんでもない。不快にさせてしまった、申し訳ない」
男は思っていたよりも誠実に謝罪をし、品を渡されるともう一度頭を下げて雑踏へと消えていった。
素直に謝られたことで溜飲を下げたヴェルーナは、結局串焼きを一本と林檎を一つ買って宿へと向かった。
宿で宛てがわれた部屋に着くと荷物を広げるよりも先に大きく窓を開け放つ。
その瞬間、外から白の矢が鋭く音をうねらして飛んできた。
「ネッピ!」
「カァ!」
白の矢の正体はヴェルーナの長年の相棒、白鴉のネッピだった。
前の街からここまで、ずっとヴェルーナを上空から追いかけてきていた相棒はようやく羽を休めることができるとヴェルーナの肩に乗り移った。
ネッピはとても賢い鴉で、自分がヴェルーナの傍にずっといれば彼女が必要以上に目立ってしまいそれが彼女の望むところではないとよく理解しているのだ。
「本当にお疲れ様。ほら、大好きな林檎よ。とびっきり熟れたものを選んできたわ」
「カァ、カァ!」
皿に砕いた林檎と水を用意すると肩から降りて、ちょいちょいと啄む。
その姿を見るだけで癒される。そう思いながらヴェルーナも購入した串焼きを口にした。
冷めた肉を食べながら、旅行鞄からまた手帳を取り出す。
「…うん。馬車で聞いた話との間違いはないわね。あとは街で話を聞くだけだわ」
「カァ。カカァ」
「わかってるわよ。本来の目的は絶対に忘れないわ」
ネッピの咎める鳴き声を宥めてヴェルーナは窓の外を見た。
外は太陽が輝いていい天気だというのに風が少し冷たい。
「…師匠、今度こそ見つかるといいな」
小さく呟かれた願いは風に攫われる前に消えてしまう。
連れて行くものを失った風は、ヴェルーナの耳の横で二つに結んだ赤い髪をさあっと撫でていくとまた何処へと流れていった。
そこから少し時間を早送りさせ、日没後だ。
ヴェルーナは街の外れにあるとある屋敷を、森に隠れながら伺っていた。
この屋敷の持ち主はアンザスという貴族の男だ。
彼はこの街有数の金持ち貴族で毎日贅沢の限りを尽くしている。それだけではなく、平民のことを次元が違う生物とみなし気に食わないと威張り散らし欲しい物があれば例えもう既に所有者がいたとしても金にものを言わせて奪い取る。
ここまでの悪行を成していれば他の貴族からの制止の声が上がるはずだがこの男、厄介なことに国の高級官僚だった。
完璧なる親の七光りだが、それでも権力があることには変わりなく下手なことをしてしまえばどう火の粉が飛ぶのかわからないためあの街にいる貴族は皆見て見ぬ振りをしてしまっている。
盗賊もといヴェルーナの今回の獲物は、そのアンザスが町娘から奪ったという純翡翠の首飾りだ。
しかも、今回はこうもわかりやすく悪行が露見してしまっているのでそれを裏付けるものを一つ見つけてばらまくことも作戦のうちに入っている。
難易度の高い計画だが、亡き母の形見である首飾りを奪われた娘の涙を見てはそんな弱音は吐いていられない。
ヴェルーナは横暴を当然のようにする貴族が、反吐が出るくらいに嫌いだ。
「絶対、奪い返してやるんだから」
そう決意すると、漆黒のマントを着込み仮面をつけてフードを深く被る。
こうして髪も目も隠してしまえば、ヴェルーナと気づかれることもなければ女だとバレることもない。
森の影から素早く飛び去り、屋敷の屋根に着地すると流れるように窓の鍵開けをこなして侵入した。
明かりが落とされた屋敷の中を音もなく移動する。
事前に手に入れた情報によれば、アンザスの私室はもうすぐそこだ。首飾りもそこにあるはずだ。
案の定鍵がかけられているが、そんなことは問題ですらないとヴェルーナは楽々と錠を開けていく。
忍び込んだ部屋の中は無人だった。もちろんこれも情報通りである。今日、アンザスは会合という名の酒呑みに行っている。
無闇に調度品を掻き回さないことをヴェルーナは心がけていた。
当てずっぽうに探せば時間がかかる上に、痕跡が露骨に残ってしまう。万が一の可能性を考えて、自分に繋がる手がかりは一つでも多く減らしたかった。
しかし、ゆっくり物色している時間もない。
今までの経験を頼りに、まずはベッド横のチェストを開ける。
その隅に箱があり、手に取って開けてみると予想通り純翡翠の首飾りが鎮座していた。
大方、就寝前にこれを見て自尊心を満たしていたか奥方などに見せびらかしていたのだろう。
次に机に目をつけ、一番下の引き出しのさらに奥に手を突っ込む。そうすると手のひらがコツンと最奥にぶつかった。
しかし、これは本当の最奥ではない。
手探りで凹みを見つけ出しそこに指を引っ掛けて手前に引くと、縁になっていたところが仕切りとなり奥にさらに空間が出来た。
手馴れた様子で仕舞われていた書類を手に入れ、思わず笑みがこぼれる。
「ビンゴ」
「へぇ、そりゃよかったな。盗賊野郎」