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アネモネの言霊   作者: 水無月 桜黒
第三章 疑惑と思惑
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28


「ジャック!」

「こんばんは。団長のところにいるかなって探していたんだけどまさか一人でいるとは思わなかった…ってヴェルーナ?」

 

ヴェルーナはジャックの言葉を無視して、上から下までじっくりと凝視していた。

 ゲーティスもそうだがジャックの化け具合もすごい。

 ピョンピョンはねまくっていた髪はきちんと梳かれ耳にかかっていた髪もちゃんと後ろに流され整えられていた。服装は、ゲーティスのような騎士服ではなくヴェルーナと同じ色合いのコートを着て、スカーフを首に巻いていた。ピカピカのブーツといい煌く装飾品といいどこからどう見ても貴族だ。


(ジャックでもこういう場だとちゃんとするんだ)


「…なんか今すっげぇ失礼なこと考えた?」

「え!?べ、別に!」

「ふぅーん…それより、とても綺麗だね。そのドレス、良く似合ってる。お姫様みたいだ」

「ジャックまでそういうこと言う…ありがとう、ジャックもかっこいいよ」


 ストレートに褒められると恥ずかしくてしょうがない。

 照れているうちに、ジャックの登場に驚いた彼女達はどこかへ退散してしまったようだ。


「そんで、肝心の団長は?こんなところにパートナー放っておいちゃダメでしょ」

「あ、ゲーティスは今食事を取りに行ってくれているの、ダンス頑張ったご褒美に」

「なるほど、団長が褒めてくれたってことは俺との練習は無駄じゃなかったわけだ」


 ジャックがいなければヴェルーナのダンスは、とてもじゃないが見られたものではなかっただろう。

 今回の成功はジャックの存在あってこそだと、改めて礼を言った。


「…ヴェルーナが畏まるとなんか変な感じだね」

「へ…!?私いっつもいう時は言ってるじゃない!」

「まあそうなんだけどさ…そうだ、俺とも踊ってよ。いいだろ?」


 突然のジャックの誘いにヴェルーナは、目をぱちくりと瞬かせた。


「…麗しきお嬢様、宜しければわたくしと一曲踊っていただけますか?…なんてね」


 ヴェルーナの左手を持ち上げ腰を屈めると、そう囁いてヴェルーナを見上げてくる。

 その仕草が様になっていて、自然と笑みが漏れた。


「…ふふっなにそれ。ジャックらしくないね?」

「たまにはいいでしょ、こういうのも」


 左手にわずかな力を込め了承の意を示すと、ジャックはくるりと身体を動かして再びヴェルーナを音の海へ誘った。


 一度踊ってしまえばあとはもう慣れたもので自信もついたこともあってか、ジャックと踊ったそれは心ゆくまで楽しめた。

 動きづらい服装ではあるが、身体を動かすことが好きなヴェルーナにとってダンスも変わった運動の一つとして受け入れたようだ。

 パートナーではない男性とあまり長く踊るのもよくない、と教えられたため一曲だけ踊って二人は再び壁際で談笑しながら休憩をすることにした。


「…あ、向こう側にグレタ団長がいる。ちゃんとローガン団長と来たんだね」

「一応婚約者だしね、パートナーになるのは自然だな。それに実は二人共、そんなに仲悪いわけじゃないんだよ」


 ただお互い素直じゃないだけで、と肩をすくめるジャックに思わずくすりと笑った。

 格好がいくら格好良くて凛々しくても中身は冗談ばかりのジャックだ。


「…そういえばジャック。あなた、パートナーはどうしたの?一緒に来ているんじゃないの?」

「あー…俺はまあ、その…パートナーなしで来たんだ。色々あって」

「…ご愁傷様」


 あからさまに挙動不審になったジャックは少し疲れているというか悲壮感が漂っていて、ここは詳しく聞かないほうがいいと判断する。

 いくら色男でもジャックにもフラれるとかあるんだなぁ、と適当なことを想像してジャックが気の毒になってしまった。


「女性にフラれたからって、そんなに落ち込む?」

「は!?いや、別に俺フラれたわけじゃないから!そうじゃなくて他に理由が…!」

「はいはい、お疲れ様ですー」

「だから違うって!」


 必死の弁解もヴェルーナには本気に取られなかったことで、ジャックは今度こそ本当に落ち込んだ。


「…それにしても、ゲーティス遅いなぁ。探しに行こうかな」

「じゃあ俺も一緒に行くよ」

「いいよ、ジャックにも他に挨拶しなきゃいけない人とかいるんでしょ。このくらい一人で探せる」


 社交界が貴族にとって、ただの遊び場ではないことは身に染みてよくわかった。

 ジャックもこの場に参加しているということは立派な家の人間ということだ。やらなければいけないことは有り余るだろう。

 何か言いたそうなジャックだったが、ここでしつこく食い下がるのは良くないと今までの経験から学び結局ヴェルーナを送り出した。

 ジャックと別れ、ゲーティスが向かったであろう飲食のテーブルに向かっている間ちらちらとこちらを伺う目にヴェルーナは気がついていた。

 その大半が自分の髪色と瞳を見ていることも少し時間が経ってから気がついた。


(さっきからなんなのよ…そんなに珍しいの?)


 今まで注目されたことはあってもここまでしつこく付きまとってくる視線は初めてだ。しかも、一人や二人ではなくすれ違う人間のほとんどがヴェルーナを振り返って見てくるのだからたまったものではない。

 早くゲーティスと合流しなければ、とやや足を速め人混みをかき分け進む。

 ようやく人が途切れると、そこに見慣れた漆黒の男の背が見えた。


「ああもうやっと見つけた…ちょっと時間かかり…す、ぎ…」


 ちょっとした文句を口にしようとしたのだが、それは最後まで続かなかった。


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