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アネモネの言霊   作者: 水無月 桜黒
第三章 疑惑と思惑
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20 パーティーとヴェルーナ


 ごまかすために、手首を何回か回しながら指先を動かす。そうすると、手のひらに乗る程度の小さな風の渦が出来上がった。

 最近出来るようになった風の魔術だ。今はまだこの程度の大きさだが、地道にやって行けばそれこそ家を吹き飛ばすくらいのものは作れるらしい。当分家を吹き飛ばす予定はないが、それでも上達はしたいと時間があるときにやり続けていた結果この仕草が癖となったのだ。

 ゲーティスに言われて始めた魔術の特訓は、ヴェルーナの中で順調に積み重なっていった。



「前も言った通り、言霊ってのは魔力の塊だ。高濃度に凝縮された魔力が、言葉という形を得て具現している。言霊を制御するためには、まず自分の魔力を知ることだ。自分の力量がどれくらいで、どれほどの力を込めればいいのかそのギリギリの境界を見極めれば感情が高ぶった拍子に力が出ることなんざ、限りなくなくなるはずだ」



 授業の始め、ゲーティスはそう言っていた。


 それゆえに今までずっと簡単な初級魔術に始まり、座学も交えながらヴェルーナは自分の魔力の量というのを掴もうとしていた。当初はあんなに酷評されていたのに、今では時々褒められるほど力加減がわかるようになってきている。


 褒められることは純粋に嬉しかった。

 今まで師匠以外、これといって大した人間関係を築いていなかったので自分の行いを誰かに直接褒められたり感謝されたりすることはなかった。盗賊として動いていたときは風の噂で喜びの声や賞賛は聞いていたが、盗賊はある意味でヴェルーナでありヴェルーナではない。

 魔術が上手くなる度、勉強で学んだことが身につく度にあの大きな手のひらをヴェルーナの小さな頭に乗せて小さく笑ってよくやった、と言ってくれる。耳朶を打つ声は、綿菓子のように柔らかくて甘い。

 そこまで思い出して、ぼんっと音がしそうなくらいヴェルーナは恥ずかしくなった。



(ななな、何考えてるの私…!)


「あれ、ヴェルーナ?顔赤いですけど、どうしました?具合でも悪いんですか」

「な、なんでもない!ちょっと暑いだけ!」

「今日涼しいくらいですけど…」

 


 エーリーは怪訝な顔をしているが、ヴェルーナの心情を読み取ったわけではないらしい。

 心が乱れたせいか、風の渦は掻き消えてしまいもう一度やろうとしても中々集中出来ない。できなければできないほど苛立ちは増し顔の熱も収まらない。

 突然、頭にふわりとなにかが被さった。



「はい、あげる」

「ジャック…これって」



 ジャックがヴェルーナに被せたそれは、白詰草の華冠だった。先程からこれを作っていたらしい。

 指先で触れると白詰草のさわさわとした肌触りが指をくすぐる。随分丁寧に作られているようだ。



「オニイチャンからイモウトへ贈り物だよ」

「ちょっと、お兄ちゃんみたいって言ったこと怒ってるの?嫌なら謝るわよ」

「いやあ、別に?怒ってないよ、むしろウレシイヨー」

「棒読みじゃない…」



 あからさまな棒読みにじっとりとした目になる。こうもあからさまにジャックがごまかすなんて珍しい。

 エーリーはやれやれと首を振っている。どうやら彼にはジャックの行動の心理はわかっているようだ。



「…まあ妙なジャックさんは置いておいて。とっても似合っていますよ」

「本当?」



 そう言われると照れる。

 真っ赤な髪に乗る小さな白い冠は、髪をより一層鮮やかに引き立てて愛らしいかった。もちろんヴェルーナからは見えないので、エーリーからの褒め殺し言葉である。

 まったく、こういうことをさらっと言ってしまうのだからこの好青年は困る。



「…まあ、どういう真意かは知らないけどありがと」

「あいよ、似合ってるよお姫様」

 …今なんと言ったか。



 今日は褒め殺し日和なのか。それともジャックの頭がどうかしたか。いやむしろ自分の耳がどうかしたのか。

 これもジャックとして通常運転なのか、と問いかけるようにエーリーを見ると固まるどころか凍りついて顔が真っ青だ。天変地異とでも言えるような目で見ている。



「そ、そんな…あのジャックさんが人を褒めるなんて」

「どういう意味だよそれ。俺だって人並みに褒めるって」

「いや、だってジャックさん社交界でもなんでもへらへらしてる癖に人のことは絶対口出ししないじゃないですか。悪くは言わないけど良くも言わないし。そんなにお兄ちゃんって言われたのうれし―いったっ!!?」

「お前ちょっと黙れ」


 なにかを言いかけたエーリーにジャックは勢いよくその項に手刀を落とした。

 あれは、エーリーの意識を飛ばす力加減…というか本当に飛ばすつもりでやったのではないだろうか。


 しかし、あの上司にしてこの部下ありということか。この二人は尽く外部とのコミュニティをおざなりにする傾向にある。

 エーリーが、今日が世界の終末なのか…とまで震える始末だ。

 もう深く突っ込むのはやめよう。付き合いきれない。

 ああ、でも世の女性はこういったものにときめくものなのか。今度リーゼ達に報告しよう。



「お前ら何してんだ」

「ああ、団長―お疲れ様でーす」



 ざくざくと草を踏みしめてやってきたのはゲーティスだ。

 マントを風になびかせ、いつもなら外している上ボタンがきっちりとしまっている。そういえば今日は団長会議があると言っていたか。



「お疲れ様」

「ああ。脳が腐るほど疲れた」



 その様子に三人は苦笑した。

 団長達はカルヴァといいゲーティスといい変わり者だらけなのだ。会議を円滑に進めることはさぞ大変だろう。



「ん?なんだそれ、頭に乗っかっているやつ」

「ジャックが作ってくれたの。似合う?」



 冗談交じりに聞いた。

 どうせ彼のことだから、鼻で笑うとかそういう反応だと思っていた。

 けれど、今日はとことん予想を裏切られる日らしい。



「ああ」



 これだ。

 この口にすると柔らかい甘さとふんわりとした感覚を持った綿菓子。

 その瞳と声が、ヴェルーナの鼓動を加速させた。



「…ちょっと、それ俺が作ったんすけど」

「そりゃご苦労。お前手先器用だな」

「……さいですか」



 剣呑を含んだ声にヴェルーナは気づかず、ぐるぐると頭がこんがらがっていることに身を任していた。その場にいるエーリーは哀れとしか言い様がない。



「そんで、団長。なんか御用っすか。その格好、会議終わってから直行してきたんですよね」

「そう、それだ。ちょっとこいつ借りるぞ」



 そう言うとゲーティスはヴェルーナの腕を引っ張り上げて、さっさと踵を返す。

 ヴェルーナはというと、突然なにが起きたかわからず抗議の声を上げる間もなかった。

 徐々に遠ざかっていく二人と訓練場をただ呆然とヴェルーナは見るしかなかった。



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