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「ジャックさんとかは?いつも一緒だし、ハンサムじゃないですか。ちょっと軽そうに見えるけど」
「ジャック?」
そう言われて、ジャックを思い返す。あの軽薄なへらっとした笑いを頭の中のジャックが浮かべた。
確かに最近、ジャックと行動することが増えた。ゲーティスは今団長としての仕事に追われ、中々団に顔を出せないでいる。その代理としてジャックが指揮を取っておりゲーティスに付いていたヴェルーナはジャックに付くことになったというわけだ。
そのせいか時間のせいかは知らないが、ジャックも以前まではちゃん付けで呼んでいたのが今では呼び捨てとなっている。ヴェルーナは最初から呼び捨てだったので変わりはない。
「んー…ジャックは、お兄ちゃんって感じだからあんまりそういう風には考えたことないかも」
あれこれと世話を焼いてくるジャックは、優しいが小言も多い。そのくせ自分は適当で、なにをするにも何かしら手抜きをしている。でも仕事はちゃんとする。
ジャックに関する印象はこれくらいだ。女性達によれば、ゲーティスに並ぶ騎士団美形のトップツーらしいが果てしなくどうでもいい。
「えー?わたしはジャックさんいいと思いますけどねー」
「あれ、リーゼはああいう男の人が好みなの?」
「ち、違いますよ!ただ、まあかっこいいってだけで他意はないです!」
「本当かなー?」
セリアと一緒になってリーゼをからかうと彼女は顔を真っ赤にした。自分で突っ込んでいくくせにいざ自分にお鉢が回ってくるとすぐ恥ずかしがるのがリーゼだ。
「ヴェルーナちゃんもリーゼのこともいいけどさ、あんたはどうなんだいセリア」
「あ、あたし!?」
ついにセリアの番になり、物知り顔でニヤリと笑われてセリアは見るからに挙動不審になった。それを見て、リーゼもヴェルーナも顔を見合わせる。セリアが焦るのは珍しいことだ。
どうやら知らないのはリーゼとヴェルーナだけで、他の女性達は事情を知っているようだ。
どういうことなのだ、という無言の問いかけに耐えられなかったセリアはうわあっと叫んで林檎色に染まった顔を両手で覆い隠した。
「うぅ…勘弁してよ…」
「どういうことなんですセリア。誰か好きな人でもいるんですか?」
「……り…ちょう…」
「え?」
「…紅騎士団…の、オリッヅ副団長…」
一拍の静寂。そののちに。
リーゼのソプラノとヴェルーナのアルトが綺麗に重なった叫びが、食堂いっぱいに響いた。
「オリッヅ!?オリッヅって、あのオリッヅ!?」
「うわあああっ連呼しないでよっ」
「えええええ、だってあのオリッヅ副団長ですか!?」
寝耳に水のごとく、飛び上がるほどの驚愕だ。
ヴェルーナの中でオリッヅの印象を一言でいうなら、石像だ。
表情筋は死んでいるかもしくは最初から備わっていないのではないかと疑うほど表情は変わらないし、無駄な動きは一切しない。もちろん私語をすることもない。しかしカルヴァに下す鉄槌は恐ろしく痛い。それこそ石で思いっきりやられたようだとカルヴァは語っていた。
カルヴァとオリッヅには、本部をうろついている間によく遭遇した。二人とも忙しいだろうに、事件のことをヴェルーナに感謝しているらしく彼らもなにかとヴェルーナの助けになってくれていた。
だが、あのオリッヅか。
品行方正な彼は女性には当然のように優しいだろう。だが、なんというかその、変わり者なのだとても。
「なんで、カルヴァ団長命!を体現し権化ともいえるあの、超上司バカのオリッヅ副団長なの!?」
そう。そうなのだ。オリッヅはカルヴァに辛辣に見えて、本性はカルヴァ団長命カルヴァ団長以外自分の上司は認めないむしろカルヴァ団長の部下は自分だけでいい、という大変変わり者の男なのだ。これをヴェルーナが知った経緯は複雑なので割愛するが、わかったときはど肝を抜かれたものだ。
ありえない、とセリアを見るとさらに恥ずかしくなったのかもう臥せってしまった。
若い三人の甘酸っぱい反応に、他の女性達はにこにこと微笑ましく見守るだけだ。止める気はないらしい。むしろ新しいお茶請けの気分だ。
ひとしきり騒いだあと、落ち着こうと紅茶を飲んでなんとか気持ちは静まった。どっと疲れた気がする。
恋の話とは、楽しいがこんなにも疲労するものなのか。初めて知った。
今日のお茶会はこれまで、と片付けをしていたときふとある疑問が生まれた。
「ねえ、リーゼ?」
「なんですか?」
「結局、リーゼが一番素敵だと思う人は誰なの?」
「わたしですか?カルヴァ団長です。あの筋肉…はぁあ…たまりません…」
乙女の息吹に今度こそヴェルーナは脱力した。世の中、色々な嗜好を持つ人間がいるものだ。というか、カルヴァ団長のこのモテっぷりはなんなのだろう。
「…ってことがあったの」
「へえ…でもヴェルーナ、それ僕らに話して良かったんですか…?」
「あれ、ダメだったの?」
次の日、ヴェルーナはエーリーとジャックと共に訓練場の一角を陣取って魔術の訓練をしていた。といっても、最近ようやく基礎を身につけたヴェルーナへの指導が主となっている。
休憩時間、芝生に座り込み昨日のお茶会でも話を二人に話すと片方は軽く笑い、もう片方は困ったように笑った。
ヴェルーナ的には、昨日の題材の中で二人とも見事に片鱗も浮かばなかった人物なので話しても平気だと思ったのだが、こういった話は女子だけで楽しむものなのではないかとエーリーに指摘を受けた。
男性のエーリーに女子同士のコミュニケーションのとり方を教えてもらうのは、なんとなく癪だがゲーティスならともかくエーリーの言うことは比較的に素直に聞くのである。
ジャックは手元であたりの白詰草を摘んでなにやらごそごそと動いている。話を聞いているのか聞いていないのか。
「ヴェルーナは誰か思いつかなかったんですか?」
「さっきも言ったけど、本当に思いつかなかったの。なんていうか、そういう人達じゃないでしょ皆」
「まあそうですけど…僕はてっきり団長の名前出すと思ったんですが」
「はあ!?」
こてりと首をかしげたエーリーはとんでもないことを言ったという自覚はないのか、至極不思議そうな顔をしている。
ヴェルーナは一変して顔に熱が集まるのを感じ、思わず大きな声が出た。
「な、なんでそこであいつの名前が出てくるのよ!」
「え、いや…だってうちの団で僕達を除いて一番長く一緒にいるのってやっぱり団長ですし、あの団長に物怖じしないからある程度の気持ちはあるのかと思って…」
本当にこの男、自分が何を言っているのか自覚していないのかとヴェルーナは頭が痛くなってくる。
でも、確かに言われてみればこのところエーリーとジャックと一緒のことばかりだが団の中ではゲーティスが断然行動を共にしている時間が長い。
それは部屋が隣であるから出くわす機会も多いということもあるし、魔術の授業をワンツーマンで教えてもらっているからでもある。が、そんなことを微塵も考えたことはなかった。
ゲーティスは自分を団に引き入れた人間で、上司で、先生で、自分が信頼している人。
そこまで辿っておや、とヴェルーナは内心で疑問を持った。今なにか、別のものが混じっていなかったか。
「いやいやいや…ないでしょ。あの俺様主義傲慢無礼性格難有りのゲーティスだよ」
「そうですか?確かにいじめっ子だしこっちの言うことは聞かないしたまに出す任務は無理難題だし訓練メニューの厳しさに唸っている団員を見て笑みを浮かべている人ですけど…」
「それのどこに私が惹かれる要素があるのよ」
「……そうですね」
自分で言っておいて自分の着地点を見失ってしまったエーリーは、うーんと呻いて腕を組んだ。
ゲーティスのいいところと悪いところは紙一重だ。
いじめっ子であるのは、生来そういう性格なのかもしれないが理不尽なものは限りなく少ないし基本的に他者への愛あるしごきだ。その証拠に、彼は他の団の人間から稽古して欲しいと言われてもほとんど取り合わない。自分の懐に入れる人間と入れない人間の区別をはっきりつけた故の、あの対応なのである。訓練メニューについては、完璧に楽しんでいるとしか思えないが、それでも無駄なものはない。常に上へと目指せる構成となっている、とジャックが言っていた。
そう考えると、ゲーティスは冷徹に見えてそれ以上に情の深い男であるとわかる。そもそも、身内に甘いのは団員からしてみれば今に始まった事ではないらしい。あれで甘いかどうかは置いといて。
「ああ、でも団長見た目がいいじゃないですか!」
それは言外に、自分が見た目で判断する人間のように見えるということだろうか。
「ああ、そんな死んだ目で見ないでくださいってごめんなさい!大抵の世の女性の方は団長を見るとそう言うのでつい…!」
「…まあ気持ちはわかるけどね」
気持ちがわかってしまうのが悔しい。