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アネモネの言霊   作者: 水無月 桜黒
第二章 過去と信頼
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18


 陽も天辺に上り、雲一つない晴天の日は絶好の訓練日和だ。暑さも和らぎ、残暑も引いてきた日頃である。


 その日、ヴェルーナは午後から非番であった。最近は業務に慣れてきたこともあって、休息日以外でも非番の日を貰えることになった。普段は非番になれば街に行き、師匠の情報収集をしているところである。

 しかし、今日は街へ行かず昼食が過ぎて人がいなくなった食堂に顔を出していた。



「こんにちはー」

「あ、ヴェルーナさん!待ってましたよ!」



 食堂の厨房窓口からひょっこり顔を出した娘はにっこりと笑って、ヴェルーナを手招きした。ヴェルーナもそれに頷き、笑顔で厨房へ入っていく。


 あの時、助けた娘との約束を違えず後日食堂を訪れたヴェルーナを歓迎したのは娘だけでなく食堂に勤めている女達もいた。

 リーゼというその娘は、自分を助けてくれたヴェルーナのことを食堂の女達に話したようで既にヒーローというか本物の騎士のような待遇と歓迎ぶりにヴェルーナは随分と驚かされた。

 女達は皆一様に大らかで豪快さが目立つ実に気立ての良い女性達だった。

 騎士団に来てからというもの、男所帯にいたヴェルーナにとって初めて出来た女性だけの輪が心地よくて気づけば午後から非番の日はこうして仕事を終えた彼女達のお茶会に参加するようになっていた。

 今日も例に漏れず厨房に入ると、既にお茶会の準備は出来ていて人数分のカップとクッキーなどのお茶請けが用意されていた。お茶とお菓子は女性を美しくさせる一つだと、悪戯っ子のように教えてくれた。



「こんには、お邪魔します」

「ヴェルーナちゃんいらっしゃい!お邪魔なわけないさ、こっちおいで!」



 普段は調理台として使われているのを、今はテーブルとして囲めば女性達のお茶会もとい雑談会が始まる。

 ヴェルーナは彼女達から聞く騎士団の噂話や恋の話、街での流行を知るのが大好きだった。というのも、彼女達の喋り方が実に臨場感溢れていてその場にいなくとも想像できるほど面白いのだ。



「あら、ヴェルーナちゃん髪型変えたのね。とっても似合ってて可愛いわ」

「本当ですか?ありがとうございます」



 今まで耳の横より少し下に低く二つに結んでいたのを、こめかみくらいの高さまでに上げたのだ。こちらの方が首に髪がかからなくて済むし、髪が剣に絡む心配もない。


 女性達の多岐に渡る情報網によるお茶会のとき、ヴェルーナはもっぱら聞き役だった。

 別に主張できないわけではない。ただ、旅をしていたとはいえ少し世間からずれているヴェルーナには聞いているだけで楽しいのだ。

 どうやら今街では乾燥させた柑橘系の果物に砂糖をまぶしたりチョコレートでコーティングさせたりした菓子が流行っているのだという。酸味と僅かな苦味と共に甘さも感じられる、貴族でも話題になっているものらしい。

 元来菓子を滅多に食してこなかったヴェルーナにはぴんとこなかったが、女性達はうっとりとした表情で語るので美味しいものだとわかる。今度街に出たときに買ってみようか。

 カップを手に取り、すっと胸を通り抜けるミントと優しく包み込むベリーの香りを思う存分堪能し紅茶を飲んだ。まさか、騎士団に入ってこんな経験をするとは夢にも思わなかった。





 信じられないことはここに来て、たくさん起きた。人の温かみというのは、こういうことなのかもしれないとようやくヴェルーナは実感できるようになるほどに。

 あの事件のあと、ゲーティスにネッピのことを黒騎士団の皆に知らせるべきだと言った。もちろん、ヴェルーナは難色を示した。ゲーティスを信じるとは言ったが、少し話が急過ぎる。

 しかし、ゲーティスはネッピの賢さに深く感嘆しもしヴェルーナになにかあった時仲間に知らせることが出来るのではと考えたようだ。それにもしものときには、連絡手段としても役に立つかもしれないとも言っていたが最後にネッピの意思を尊重すると付け加えた。

 ネッピ自身を対等とみなし、押し付けようとしないゲーティスにネッピは悪い気はしなかったようで同意の意味を込めてゲーティスの手を優しく啄んだときはヴェルーナの方が驚いたほどだ。


 かくして、ネッピは黒騎士団の仲間となった。ちなみに、皆に知らせたときは流石黒騎士団と言えるのかびっくりしただけで怯えるどころかむしろ面白がって新たな変わり者の仲間を歓迎した。



「黒なのに白なんて、面白い」



 大体の意見がこれだったのは、あきれて物も言えなかった。こんな子供みたいな集団が、国随一を誇る黒騎士団だなんて今でも信じられない。

 それに、当然とも言えるが事件のあらましもゲーティスの口から所々を端折りながらも伝えられた。そのときの怒り狂いようは思い出しただけでも身震いする。あれを止めるのは骨が折れた。

 それからしばらくは、まるで下町の不良のような顔をしてヴェルーナに面々が交代で付き添って移動も何もかもついてきたので、過保護にも程かあると叱りつけたのはそう昔の話ではない。


 思い出して心の中で苦笑していると、突然リーゼの楽しそうな声が自分に向けられた。



「ねえ、ヴェルーナさんは黒騎士団の中で誰が一番素敵だと思いますか?」

「へ!?」



 まったく話を聞いていなかったせいで、脈絡がわからない。リーゼは興奮と期待の詰まった乙女の瞳でキラキラと答えを待っている。

 女子特有の、この手の話題が自分に振られることは珍しい。正直、あの子はこの人が気になっているなんて聞いてもふーん程度にしか思っていなかったのだ。いきなり自分から見た他人の評価など聞かれても困る。

 どうにか切り抜けようとしたが、リーゼだけでなく他の女性達もヴェルーナの答えを好奇心いっぱいの表情で待っている。黙秘という権限はないようだ。



「だ、誰って言われても…。今までそんなこと考えたことないしなぁ…」

「ええ!?だって、あんなにかっこいい人達が集まっているのに!ヴェルーナさん、一人くらい思う人いないの!?」



 リーゼと同い年であるセリアが驚愕の声を上げ、何故だどうしてだと問い詰めてきた。リーゼとセリアは年頃でもある故に、恋愛話はかっこいい男性の噂話に一番食い付きがいい。

 そうは言われても、思いつかないものは思いつかない。というか、確かに見てくれはハンサムだったり凛々しかったりかっこよかったりするだろうが、中身は十歳程度の子供だ。それを切実に主張したいが、聞き入れてはくれないだろう。

 それだけ凄まじいのだ、黒騎士団連中の人気は。

 誰も彼も、年の離れた兄か親戚程度にしか思えない。…兄のような人、といえば一人思い浮かんだ。

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