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アネモネの言霊   作者: 水無月 桜黒
第二章 過去と信頼
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11 ゲーティスとヴェルーナ


 コンコンッ。

 なにか硬いものが硬いものを叩いている音がする。

 ゆっくりと意識が覚醒していって音源へ目をやると、まだ白み始めたばかりの空が見える窓の縁に真っ白な鴉がとまっていて嘴で何度もガラスを叩いている。

 それを見て一気に眠気が吹き飛んだ。

 慣れない窓を壊さんばかりの勢いで開いて腕の中に招き入れる。


「ネッピ!よかった、無事だったのね!」

「カァ!」

 

 腕の中で翼を広げ短く返事をした相棒のみまわすがどこも怪我していないようだ。相棒がヘマをして仕事が成し遂げられないなんて思ってはいないが、あの時は状況が状況だった。だからこそ、無事であることが嬉しい。


「カァ、カカァ!」

「ごめんね、すぐ迎えに行けなくて。よくここがわかったね?」

「クワァッ」

「だからごめんねって。私も無茶をしたとは思ってるよ。許してよ、ね?」


 種族は違えど、ずっと一緒に過ごしてきたのだ。

 ネッピとヴェルーナは発する言語は違えども、お互いの心は通じ合っている。会話をするのに苦労はなかった。

 ご立腹のネッピをなだめながら、ヴェルーナは今までの経緯を話していく。こうすることで、ヴェルーナの心は少しずつほぐれていくのだ。


 ネッピにあらかた説明し終わるときにはもう太陽が顔を見せていた。

 それに気づくのが遅れるほど、ヴェルーナは熱心に話しかけていた。なんだかんだ言って、慣れ親しんだ者がいないというのは知らないうちにストレスがかかるものだ。それを思えば、ネッピの存在は今のヴェルーナにとって、これ以上ないくらい頼もしかった。


 ネッピと合流できてからはヴェルーナも肩の力を抜き、騎士見習いとして日々の訓練や任務にあたれるようになった。騎士達もあの模擬戦以来、ヴェルーナには一目置いて年の離れた妹のようにからかいながらも可愛がってくれている。

 初めに抱いた不安と疑心は徐々にその姿を溶かしていった。


 それはいいのだが、黒騎士団から入ってもう数週間経ち現在ゲーティスによるヴェルーナの特別授業が行われている。

 教師がゲーティスであることである程度察しはついていたが、想像以上にゲーティスはスパルタだった。


「その程度も出来ないで、お前は今まで何やってたんだ」


「違う、覚えてないなら叩き込め」


「がむしゃらにやるな、ちゃんと理解しないで出来るわけがないだろう」


「こんくらいでへばんな、休んだ分さらに追加だからな」


「どうした。たかだかこれだけで限界か?随分自分に甘いんだな」


 神自らが作り上げたのかと思しき顔面とは裏腹に、口から出てくる数々の嘲笑と叱責。何度声を荒らげようと思ったかわからない。

 しかし、それをしなかったのはヴェルーナ本人も魔術に関して自分が素人以下であることを自覚していたからだ。いらぬ手間をかけさせているという罪悪感が、寸でのところでゲーティスへの反発心を抑えている。

 自覚はなかったのだが、ゲーティスが呆れるほどヴェルーナには魔術の基礎知識がなかった。仮にも魔力を持ち、言霊を操る身であるというのに、幼い子供でも出来る色変化の術すらできないのだ。


「お前、むしろよく不自由していなかったな…」


 本部の中央棟二階にある空き室であった会議室で、ようやく与えられた休憩時間にぽつりとゲーティスがこぼした。

 彼にしては珍しく疲れた様子だ。


「本当に…。自分でも不思議。今までなんもなかったのが意味不明なくらい、魔術って簡単に使えちゃうのね」

「…お前の師匠は、そういうこと教えてくれなかったのか」


 んー、と唸り水を飲む。勉強続きで疲れた頭に、冷え切ったボトルに入った水はまさに甘露のごとく染み渡っていく。その感覚に揺られながら昔のことを振り返る。


「よく覚えてない、かな。私の力が暴走したときはいつも師匠が傍にいたし、魔術を使う必要もなかったし」

「…本当か?それだけ魔力が強いのに?」

「よくわかんないよ。現に、あんたに会うまで自分が言霊使いだなんて知らなかったんだから」


 ただ、この力に怯えていた。

 深く考えずに発した言葉の通りにものが動き、人が操られ、建物を破壊するこの力が恐ろしくおぞましかった。

 誰よりもヴェルーナが、この力を持て余し憎みそして呪っていた。それは一種の悲しみと諦めでもあった。

 まさかそれを制御するために魔術を学ぶ日が来るとは、人生どうなるかわからないものである。自分の手のひらを見つめながら、ヴェルーナはひとりごちた。


「まあ、何もしていなかった割には筋がいいな。剣の時といい、物覚えだけはいいらしい」

「だけは、ってなによ」

「そのまんまだ、おまぬけさん。なんで実際にやれば出来るのに理論となると出来なくなるんだ。お前の脳はただの肉塊か?」


 ああ、余計なことを言い返さなければよかった。

 出会ってからゲーティスの嫌味に反射的に口答えしてしまう妙な癖がついてしまったのだ。勿論、正論過ぎた場合はぐうの音も出ないので堪えるが、それ以外は一々反応して言い返しさらにそれにゲーティスが重ねるという連鎖が起きてしまう。

 実際のところ、馬鹿にすれば顔を真っ赤にして反論してくるヴェルーナが面白くてからかうのがやめられないというのがゲーティスの心情ではあるのだが、それに気づくヴェルーナではない。


「ったく…。字は読めるくせに、詰め込みの要領が悪いんだよ。街の子供の方がまだ覚えはいいぞ」

「わ、悪かったわね頭悪くて…」

「そうは言ってねぇだろ」


 果たしてまぬけと言ったことは馬鹿と言われたことと同義ではないのだろうか。

 そう思ったが口には出さず、ボトルをしまって再び教科書を開く。これはゲーティスが持ってきた魔術入門の教科書で、魔術を行う上で重要な理論がすべて書いてある。わざわざ用意してくれたのかと申し訳なさと感謝を伝える前に、子供向けだと言われて腹を立てたが。


「それじゃあ続きから…ん?」



「―失礼致します、アクイン団長はいらっしゃいますか」

 ゲーティスが授業の再開をしようとしたとき、会議室の扉が叩かれ外から入室を求める若い男の声が聞こえた。


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