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アネモネの言霊   作者: 水無月 桜黒
第一章 黒騎士と盗賊
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10


 訓練が終わり午後の仕事をエーリー達に教えてもらいながらこなすと、あっという間に日が暮れ終業の鐘が五つ鳴った。

 騎士達は次々とお互いに労いの言葉をかけながら、控え室をあとにしていく。

 ヴェルーナも早く着替えて汗を流したいのだが、自分はどこに寝泊りすればいいのだろうか。

 そう思っていたときにジャックに呼ばれ、一緒にゲーティスの執務室へ赴くこととなった。

 控え室と執務室は別の棟にあるらしく、道すがら必然的にジャックと会話することになる。


「どーよ、一日目を終えた感想は」

「なんか、色んなものが想定外だわ。貴族だから、もっと嫌味ったらしいのかと思ったし女だから馬鹿にされると思っていた」

「まあ、普通はそう思うよな」


 わかるわかる、とジャックは頷く。

 ヴェルーナは少しこの男が苦手だ。

 なんというか、胡散臭い。常に笑顔を貼り付けていることもそうだが、言動が軽い。あと身振り手振りをわざと大きくしているのも嘘くさい。これで、副団長というのだから実力はお墨付きなのだろうが。

 苦手でも、嫌いではない。なんとなくそう感じた。理由も特になく、本当になんとなくだが嫌な気はしないのだ。警戒しなくてもいいのだと本能がそう言っているからだろうか。


「ヴェルーナちゃんはさ、貴族が嫌いなんだよね」

「そうよ。じゃなきゃ貴族狙いの盗賊なんてやってないでしょ」

「そりゃそうだ。なんでかって聞いていい?」


 ジャックのその問いにヴェルーナはぐっと詰まる。

 そして、これをジャックに話していいものかを思案した。

 きっと言えば理解してくれる。それは先程のやり取りで理解した。黒騎士団の人間は、無意味に人を否定しない。わかっているのだ、そのことは。しかしいざ言葉にしようとすると、どうしても感情が乗ってしまう。

 恨みという、黒い感情が。


「…別に、話す必要ないでしょ。横柄にして平民を傷つける奴が嫌いなだけ。それだけよ。…そう、それだけ」

 最後は自分に言い聞かせるように呟いた。

 もう十八だ、いつまでも昔のことを引きずっているなんて情けない。


「ふぅん…。本当はさ、君の持つ力が関係しているんじゃないの?」

「!」


 足を止め、隣を歩くジャックの顔を信じられないと見上げる。

 まさか、知っているのか。何故、いつ、どうやって。

 ジャックは薄い笑みを消して、真剣な表情と瞳でヴェルーナを射抜いている。

 これはカマをかけたなどではなく、確信しているのだ。ヴェルーナが持つ力がなんなのかを彼は知っている。


「なん、で、知って…」

「仮にも副団長なんだよ、俺。団長が教えてくれたんだ。他の奴らには知らないから安心して」


 そう言っているジャックの顔をいつまでも凝視している。

 知っている、この男は私の力を知っている。

 そう思った―いや認識した瞬間、いつかに言われた師匠の言葉が頭に木霊した。



『お前の力を知っている人間に、近づいてはいけない。その人間は必ずお前を傷つける』。



 それがぐるぐるとずっと回っていて、徐々に足の感覚が遠のいていく。



 傷つけられる。それは痛い。苦しい、辛いことだ。嫌だ、そんなのは嫌だ。


 ヴェルーナの意識が身体から離れていく。

 気づく前に、懐から短剣を抜いてジャックの心臓めがけて突進する。


「うおっ、と!」


 突然の攻撃を間一髪で躱したジャックは、即座にヴェルーナの手首をひねって短剣を落とさせる。

 痛みに呻くヴェルーナに強く呼びかけると、徐々に彼女の目の焦点が合っていく。


「あ、れ…私、今何を…」

「…まじかよ……」


 ヴェルーナは憑き物が落ちたように瞬きを繰り返し、何故自分がジャックに取り押さえられているのかわからなかった。

 床には短剣が落ちているし、ジャックの息は少し上がっている。

 一体何があったというのか。


「…ごめんね、俺が無神経なこと言った。もう言わないから安心して。団長のところに行こう」

「う、うん…わかった」


 ヴェルーナが頷くと、もういつものジャックに戻っていた。

 ジャックは何事もなかったように短剣を拾い、歩き出す。

 その後ろを戸惑いながら、ついていった。ジャックが短剣を返してくれていなかったことは、気がつかなかった。


 ゲーティスの執務室は重厚な扉は真っ黒に染め上げられていて、なんとも威圧感がある。黒騎士団団長の執務室だと一発でわかる外装だ。


「団長―入りますよ」

「ああ」


 ノックも適当にして、扉を開けると机の前に座り顔を上げずに書類整理をするゲーティスがそこにいた。

 ちらりと二人を見やると、ペンを起き背伸びをする。


「今日一日ご苦労だったな」

「うわー団長から労わりの言葉とか、明日は雪ですか」

「うるせぇよ」


 口が悪いなぁ、とジャックが笑っても顔色一つ変えずに肘をつく。

 二人は相当気心が知れているのか、ジャックの嘘くさい笑みも今は見えない。

 それを見て、ヴェルーナは先程鎮火仕掛けた怒りがふつふつと湧いてきてしまった。気づけば、づけづけと二人の間に割り込み両手で強く机を叩いていた。


「どういうつもりよ」

「なにが」

「とぼけないで。ジャックに私の力のこと、話したわね」

「それがなんだ」


 ヴェルーナの怒りなどものともせず、ゲーティスはさらりと言った。その顔がさらにヴェルーナの炎を燃え上がらせる。


「なんだって…そんな平然と…!」

「そんなに怒る理由がどこにある。別に今更施設に放り投げようってわけじゃない。ただ、お前の力は見たところ不安定過ぎる。ジャックはそのための監視だ。なにか文句あるか?」


 何も言えなかった。

 確かに、こんな妙な力は監視が必要だろう。もし、万が一なにかあった時ゲーティスが近くにいるとは限らないのだ。それならば、副団長のジャックが知っていても何もおかしくない。

 それに、ヴェルーナはこの力で誰も傷つけたくないのだ。誰か止めてくれる人がいるのは、心情的にとてもありがたかった。

 黙ったヴェルーナを見てこの話は終わりとばかりに、息をつかれる。

 ゲーティスは既にいつもの傲慢な笑みに戻っていた。


「それで?どうだった、新人騎士見習いくん」

「どうってなによ。まあ…思っていたよりは」

「悪くなかっただろう」


 そう言ってニヤリと笑うのが腹立たしい。

 ここで肯定するのもなんだか癪だが、確かに悪くはなかったのでこくりと首を縦に振った。

 それを見てゲーティスは満足げに笑い、それから書類の山の一番上の紙をヴェルーナに手渡した。


「?」

「お前の入団許可証だ。そこに必要なことを記入して、俺かジャックに渡せ」


 書類の欄には氏名と性別、出身地、生年月日がある。

 そこで一つ、ヴェルーナは顔をしかめる。


「どうした?」

「私、自分の正確な誕生日知らない」


 それにゲーティスだけでなく、ジャックも驚いていた。

 しかし、本当に知らないのだ。

 おおよそこの年に生まれた、というのはわかるので年齢を数えることは出来るのだが誕生日がいつなのかは知らない。

 便宜上、師匠に拾われた日を誕生日としているがそれでもいいのだろうか。

 それを告げるとゲーティスはしばし黙ったあとにそれでもいいと言った。

 大事な書類だと思うが、ゲーティスがいいと言うならいいのだろうと納得し他の欄もざっと見る。他に書かれているのは、当たり障りのないことだ。これならば書く事に苦労はしないだろう。


「そういえば、昼間は悪かったな」

「え?ああ、別に。私も熱くなっちゃったし」

「仕事をすればこれ以上ないくらいに頼もしい奴らなんだが、それ以外だとどうもガキでな。大目に見てやってくれ」

「…みんな、あんたのこと良く言ってた。団結力が強いのね」

「まあな。俺が集めた奴らだからな」


 ゲーティスは自分の持ち物を自慢するかのように目を細めて、口元を緩める。

 その笑顔はあどけなく子供っぽかった。今までの印象から随分年上だと思っていたが、そうでもないかもしれない。


「だが、明日からはあんな無茶はするな。やりすぎて倒れても放っておくからな」

「わ、わかってるわよ!」


 ならいいと言われ、思わず頬を膨らます。そういった仕草がまだまだ子供じみていて、ジャックとゲーティスはお互いに苦笑した。



 新しく宛てがわれた部屋までの地図をもらうと、もう用はないらしく一足先に解放された。ジャックはまだ残ってゲーティスと話すことがあるらしい。

 団長と副団長同士仕事の話もあるだろうと特に気にせず、執務室を出て地図の通りに道順を辿る。

 専用の部屋がもらえたのは嬉しかった。昨日みたいにゲーティスと同じ部屋だなんてごめんだ。

 …そう思っていたのだが。


「なんで部屋隣なのよ…」


 ついてないというか、なんというか。むしろこれは故意なのか。

 なにかやらかすと思ってここでも監視を兼ねているのだろうかと訝しむ。だとしたらなんと失礼なことだろうか。さすがにヴェルーナも猿ではないので、そこらじゅうで動き回るわけではないのに。

 部屋には小さなシャワールームが付いている。

 さすがに華の印のこともあり大浴場にはいけないヴェルーナはありがたく使うことにし、今日一日の汗を思う存分流した。

 熱い湯を身体にかけている間、筋肉が悲鳴をあげているのがわかる。明日、起き上がれないなんてことにならなければいいが。

 汗を流しさっぱりして着替えると、ヴェルーナは真っ先にベッドに潜り込んだ。

 やはり相当無理をしていたのだろう。そう時間はかからずにヴェルーナは夢の国へと旅立った。


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