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「お、俺が勝手な真似をして新人に、その子に勝負を仕掛けたんです!俺が悪かったんです!申し訳ございませんっ」
その騎士をゲーティスだけでなくヴェルーナも凝視した。
彼だけのせいではない、自分も悪いのだ。
「わ、私も…!ついムキになって、それで…。だから、私が悪いの!」
「彼女のせいじゃありません!俺の責任です!」
彼はヴェルーナより大きな声を出し、ヴェルーナの弁解をゲーティスの耳に入れないようにした。
その行為にヴェルーナは驚いた。
今のは、ヴェルーナを妨害しようとしたのではない。彼女をかばったのだ。ゲーティスが彼女に責任を押し付けないよう、自分だけに目を行くようにしているのだ。
それをきっかけにしたのか、周りからざわざわと声が上がる。
「私も止めることができませんでした、申し訳ございません!」
「場を作ってしまった俺らの責任です、団長」
「二人をとどまらせることが出来なかった僕の力量不足です。二人やジャックさんだけが悪いわけではないんです!」
わらわらとあちらこちらで聞こえてくる謝罪に、ヴェルーナはさらに目を丸くする。
何故わざわざ罪をかぶりに行くのか。
そうした方が楽だからか?その場に乗じて謝罪しておけば、傍観していたことを咎められないと思っているのか?
いや、そうではない。
そうではないと、ヴェルーナは彼らの目を見て気づいた。
彼らは心の底からヴェルーナに悪かったと思い、頭を下げているのだ。
ゲーティスは深くため息をついた。
重々しいそれが、再び雷を落とす予兆だと感じ取ったヴェルーナ達は身を固くした。
「はあー…。そこまで言われたら、怒るに怒れないだろうが」
「…え?」
「今回ばかりは見逃してやるが、次なんか起こしてみろ。全員俺の新術の実験台になってもらうからな」
いまだ声に険があるが、それでも許されたらしい。
それがわかって沸き起こってきたのは、嬉しさよりも安堵の方だ。皆一様にゲーティスのことを慕いながらも、恐れているのだ。
まあ確かに、あのすべてを喰らい尽くさんばかりの猛攻と少しのほころびも許さない眼光は恐ろしいだろう。
「俺は一度、執務室に戻る。適当に切り上げてこい」
「あれ、団長はやっていかないんすか?」
「まだ書類仕事があるんだよ…。ジャック、ちゃんと、見とけよ」
「へいへいー」
ちゃんと、という言葉に力を入れてゲーティスは訓練場を後にした。
その間、ゲーティスと目が合うことはなかった。
完全にゲーティスが見えなくなると、騎士達はヴェルーナへ駆け寄った。
「本当にすまん!」
「悪かった、怪我してないか!?」
口々にそう言ってヴェルーナに謝罪と労わりの言葉をかけていく。
やはり、勘違いではなく彼らは本当にヴェルーナに対して申し訳なく思っているのだ。
「いや…私も、ごめんなさい。ついムキになっちゃって」
「そうそう、ヴェルーナちゃんも簡単に喧嘩買わないよーに。でも、お前らなんでこんなこと仕掛けたんだよ?いじめたいからってわけじゃないよな?」
ジャックはさらっとヴェルーナの隣に立ち、ゲーティスから受け取った木剣の柄で軽く頭を小突いた。
ジャックの問いに騎士はぎこちないながらも、答える。
「新人が来るのが久々だったから…ちょっとテンション上がっちゃってそれでからかってやろうと思って…」
「それに俺らも乗っちゃって…」
「それでこうなったわけか。揃いも揃ってガキかお前らは…」
仮にも副団長であるジャックにまでため息をつかれ、しゅんとした騎士達は言い訳もせず反省している。
「ああ、でもヴェルーナちゃん。本当に君、剣素人だったの?全然そんな風に見えなかったんだけど」
「僕も思いました。剣の握り方と少しの技のさわりしか教えてないのに、まさかあそこまで扱うなんて驚きました」
「本当に素人よ。でも、ちょっと短剣振るうのと感覚が一緒だったからかなそんなに難しくなかった」
実際、握っていた手はじんじんと痛み擦れたのかぴりっとした感覚もある。腕も筋肉が硬直してうまく動かすことができないでいる。
騎士達はひとしきり謝罪攻めを終えると、今度はヴェルーナの剣の腕について褒め始めた。
ヴェルーナの相手をした彼は団の中では中堅に値するほどの強さで、まさか一瞬でも押されてしまうなんて誰も想像していなかったのだ。
「すげぇな。流石世間を騒がしていた盗賊だけある」
「こりゃ団長が気に入るわけだ」
「こんな新人がいたら、うちはもっと強くなれるな」
彼らは、そう言った。
それがあまりにも誇らしげに言うのだから、ついヴェルーナは抱いていた疑問を口にした。
「…嫌じゃないの、私がいること」
「は?なんで」
その声は心底意味がわからないと暗に言っていた。
彼らは顔を見合わせ、何故こんなことを聞かれているのだろうと不思議そうな表情をする。
俯いたヴェルーナは、恐る恐る続きを言う。
「…私が、平民で盗賊だから。貴族は、嫌いなんでしょそういうの…」
後半はほぼ消えかかっていた。
わかっている。わかっているが、肯定されることが怖い。
だけど、肯定してくれた方が楽だとも思う。何故なら、そうしなければ―。
わはははっと豪快な笑いが周囲を震わした。
それに驚いて一気に思考の海から浮上したヴェルーナは大笑いをする騎士達を見つめた。
「なんだ、そんくらいのことかよっ」
「そ、そのくらいって…!」
「ヴェルーナちゃん、確かに俺らは騎士団にいるから貴族だけどここにいる奴らはちょっと事情が違うんだよ」
ジャックまでも笑いをこらえながら、面食らっているヴェルーナに説明をする。
「黒騎士団にいる奴らはさ、大抵は他の団のはみだし者なんだよ。理由は様々だけどさ。優秀すぎて他者の恨みを買った者、貴族の中でも身分が低い、もしくは過去になにかよくない噂をたてられて意味もなく弾かれていた者。みんな色んな事情を抱えながらも、騎士をやめることが出来なかった奴らを団長がここに引き入れてくれたんだ」
「だから僕達は団長を心から尊敬し、信頼しているんです。団長が僕達に対してそうであるように」
怒らせると怖いしいじめっ子なんですけどね、と片目をつぶりエーリーが言った。
これで、騎士達のゲーティスへの信頼の理由がわかった。
大衆から一人取り残され好奇や軽蔑の目を向けられたときの気持ちは、ヴェルーナにもよくわかっている。それ故に今まで師匠以外の人間を心から信用したことはなかったし、それを平然と行いあまつさえ自分達の価値観が絶対だと信じ込む貴族が嫌いだったのだ。
「…貴族にも色々あるのね」
「まあ、人生色々だからねー。ちなみに俺は、ヘラヘラした態度となんでも出来る癖に手を抜いているところが腹立つって理由ではぶかれてましたー」
腕を頭の後ろで組んで飄々とするジャックにも、それなりの経緯があったらしい。
「あー副団長のそういうとこ、俺もちょっとイラっとしたことありまーす」
「ああ、俺も俺も」
「えーお前ら酷くない?」
軽口を叩く彼らも黒騎士団に至るまでの過去がある。それらはきっと、ヴェルーナが知ることが出来ない、彼らだけの痛みだろう。
ヴェルーナは自分を恥じた。
ただ貴族であるとだけで、彼らを遠ざけ嫌悪していた。本当に愚かなのは自分の方だったのだ。
「ごめんなさい。私…誤解してたわ」
「いいさ、盗賊やるくらいだ。ヴェルーナちゃんにも思うところはあったんだろ」
ジャックの言葉に同調し、他の騎士達も気にしていないと笑ってヴェルーナの頭をぐしゃぐしゃにかき回す。
それに抗議すれば、さらに面白がってもみくちゃにされた。
自然とヴェルーナにも笑みが生まれる。嫌な気持ちはもう、綺麗さっぱり何処かへ消えてしまっていた。
彼らが仲間なら、ここにいるのも案外悪くないのかもしれない。




