第一章8 『見えない鎖』
特別監獄室内に散らかる、数々に砕けた物々。
静まり返る特別監獄室内……。
――パタンッ。パタンッ。
汚れた服をはたきながらアダマスが立ち上がる。
ジークはアダマスの隣でムチを握り突っ立つ。
「ばぁーさん、演技しやがったな」
「ありゃ、そうだったかい?」
床に倒れる扉の開いた冷蔵庫。
と、つぶれ落ちた3つのトマト。
「はぁー。久しぶりの戦闘は流石に疲れたさね。お前さんの狙いは初めから、あの3人を逃がさないこと。お前さんのその記憶を読み取る自然能力『記憶の旅』によってねぇ……」
(こやつは、読み取った相手の記憶を利用し、言葉巧みに精神を刺激する。そしてジーク自身に対し「記憶の口外を恐れる者」「記憶をいじられ憎しみや憎悪を覚える者」「眠った記憶を知りたい者」などを生み出す……)
「そうだぜぇ。知っての通り記憶を読み取った相手の「弱み」を握り、俺様の元へ必ず帰ってくるようにお気に入りに暗示『見えない鎖』をつけるのが俺様の至福」
「相変わらずのド変態っぷりだねぇ」
(まぁ、何よりたちが悪いのがジーク自身の元へ暗示をかけられた者が色々な理由によって戻った後、手練れのジーク自身へ戦いを挑ませ、そして、挑んだ相手を倒し希望を潰すことへ快感を覚える。
まだ、それで終われば良いがねぇ……。ジークは、自身が戦闘により倒されるまでそれを繰り返すド変態野郎ということださね。ジーク自身を倒さなければ記憶が消えることも。聞きたい情報を漏らすこともないからねぇ)
「はぁ~。本当はこの場所からもアイツら3人を逃がしたくわ、なかったんだけどなぁ~」
「どこまで本当かねぇ~」
(まぁでも幸いなことに、こやつは全員を殺すことや物理的に拘束することに快感を覚える狂気野郎じゃなかったてことだね。もし、そうだったら今頃全員、拷問されるか、死んでいたさね……)
「さぁ、ジーク。お前の好きにするさねぇ。老いぼれの始末を頼んだよ」
「戦闘しねぇやつには興味はね~よ。次に馬鹿が来るまでここで引っ込んでろ。その時は、俺様が本気で用済になったお前を掃除してやっからよ」
「やさしいねぇ~」
(はっ。おばばは初めからシャルルがもう一度、ジークに会いにくるための弱み。つまり見えない鎖ね……。さて、ナキと雨月にはどんな鎖をつけるのやらねぇ……)
「てか、俺様が何もしねぇのわかって言ってんだろぉ~。全く今日は連れないばぁーさんだなぁ~。ここの扉はあんたしか開けれねぇんだぜ。なんせ俺様専用の『鉄壁のオモチャ箱』だからなぁ~」
ハッハと短く笑うアダマス。
「褒めてもなんもでんね。まぁもう少しだけ、おばばの話相手をしてくれたら開けてやるさね」
(ただの時間稼ぎだろがぁ……)
「あぁ~。ばぁーさんの相手すんのは疲れるぜぇ~」
「ジークよ。まず、おばばをお姉さんとお呼び。話はそこからださね」
「ケッ。とことん、うぜぇ~ばぁーさんだ」
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座り込むシャルル。
擦り切れ血滲むシャルルの拳。
「シャルル。行こう」
シャルルの腕をつかむナキ。
「離してっ」
「オレたちには進むしかないんだ……」
「私は、あなたみたいに強くないの!」
「オレは弱い。だから、王都にきたんだ」
自身の掌を見つめるナキ。
「きっと誰かに何かを託したり、助けてくれる人ってのはその人の幸せを一番に望んでいると思う。俺だって今まで命を助けられたし、生かされた。だからその人のことを思うなら幸せに生き続けるのが正しいんじゃないかなって思ってた……」
「でもオレは、こうやって王都にきて、危険な目にあって……。何もできねぇで。また助けられて……。オレは結局命を無駄に扱っている。な、すげぇ弱いだろ」
「私には、もう。あの人しかいなかったの……」
うつむいた瞳から落ちた雫で、土を湿らせるシャルル。
「シャルルに何があったか、オレはこの10年間のことは全く知らない……」
「でも、お前にはできるだろ。お前には素直に人の心を受け入れる気持ちがあるだろ」
ナキを見上げるシャルル。
「もし一人が寂しくて進む理由が必要なら、オレが寂しくなくなるまで一緒にいてやるよ。それなら今のオレにでもできるからさ」
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【回想】
澄んだ空。
風が吹き、揺れる草花。
黄色い花畑の真ん中に座り込む少女。
「お母さん……」
シャルルは、うつむきながら涙をこぼす。
シャルルの前に、現れる少年ナキ。
「シャルルっ、寂しかったら俺が一緒にいてやるよ」
人々を平等に照らす太陽のように万遍の笑みで、シャルルに手を差し伸べるナキ。
「なっ、いこう」
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「やっぱり、ナキはナキだね」
(あなたが今できることを精一杯にする人)
やわらかな表情へと変わるシャルル。
「(次は)絶対に約束だよ。ナキ」
シャルルは小指と親指を立てナキに差し出す。
「あぁ」
その小指と親指に同じくそっと指を当て、約束を結ぶナキ。
「ありがとう」
シャルルとナキに近づく雨月。
「シャルル王女、お手を」
「えっ?」
雨月がシャルルの指輪を見る。
「生死の指輪……割れていませんね。アダマスさんは死んではいませんよ」
涙を指で拭うシャルル。
「ほんとだ……よかった」
シャルルのかすれた声。
「よかったなシャルル。あの、ばっちゃんのことだ。大丈夫さ!」
「とりあえず、今は一度ここから外へ出よう。そんで、それからまたばっちゃんのことは考えよう」
「わかった」
「雨月君もいるしなっ!」
ナキが冗談交じりに笑いながら雨月を見た。
「オレは暗殺犯の疑いを晴らすためにシャルル王女を外に出す協力をするだけだ。あと、オレのことはアマツキでいい」
雨月を見てニタリとするナキ。
「っしゃ。それじゃあシャルル。アマツキ。行くか!」