第一章3 『特別監獄』
「うぅ…」
片目を開けるナキ。
どんよりとした空気。
薄暗いトンネルの壁に均一に張り巡らされた灯。
視界に映る遠くは漆黒に包まれている。
胴を中心にナキの体がリズムよく上下に弾む。
「今日は気分がいいなぁ~。俺様が俺様であることを感じる。この快感~」
ハッハッハ。
(この声は、さっきの眼帯やろうか。)
スリスリ。
ぺチンッ。ぺチンッ。
(尻に振動を感じる。)
スリスリ。
ぺチンッ。ぺチンッ。
(あ、オレ担がれてんのか……)
ぺチンッ!
「って、オレの尻を叩くのをやめろぉおおおお!!」
上下に弾むナキの体のリズムが止まる。
「おっ、起きたか。やっぱ回復早えなぁ~。首の骨がへし折れるほど本気で息の根を止めたんだけどなぁ~」
「離せ、離せよ!!変態!」
「ほらよぉ~」
――ドサッ。
地面に乱暴に叩きつけられるナキ。
芋虫のような体制へとなる。
――ガシャン。ガシャン。
「クソッ」
ナキの手には手錠がはめられている。
「お前ら、着いたぜ。俺様の特別監獄になぁ~!!」
うずくまるナキは、看守長と奥に見えるもう1人の足元に視線を移した。
「さっきの和服男もいるのかぁ……」
シャルル第3王女の暗殺犯として拘束された和服男。
ナキと同じく手錠をし、驚いた様子で前方を見つめ、近くに突っ立っている。
「なんだよこれ……」
そして、その言葉に反応するようにナキも立ち上がり振り返った。
「なっ」
目を見開くナキ。
そこには、巨人でも入りそうなくらいの巨大な赤い鉄の2枚扉がそびえ立ち……さらには鉄扉の両端には扉以上の大きさのあるピエロの人形が座っていた。
薄気味悪い顔で2人の囚人を出迎えるピエロの人形。
「いいねぇ~。お前らのその顔。たまんねぇわぁ~」
ハッハッハ。
ジーク看守長は掌を顔に覆い、高らかに笑った。
「おい!眼帯野郎!お前頭おかしいだろ!」
「あぁ、おかしいよ。それがどうしたぁ?」
鉄扉の上部に書かれたプレートに視線を移す和服男。
「いい趣味してるな『看守長のおもちゃ箱』ってネーミングセンス」
「だろ?!俺様のネーミングセンスはイカシテルんだぜぇ~」
(褒めてねぇよ……)
和服男は飽きれた様子で額から汗を流し……。
「この鉄扉の奥にはオモチャがあるのか?!!」
(馬鹿かこいつわぁ……)
続いてナキへも飽きれた様子で視線を移した。
「まぁ、行ってみてのお楽しみだ」
「お~~い!開けろ!」
――ガシャン。
――ギギギギギギギギッ。
赤い2枚の鉄扉が大きな音をたて動き出す。
鉄扉の隙間より、少しずつ差し出す光。
――ガッシャン。
その鉄扉が完全に開くのは、あっという間のことだった。
鉄扉の中は光の眩しさで見えない。
「じゃあ、あとは頼んだぜぇ~」(ばぁ~さん)
そうジーク看守長が言った矢先、ナキと和服男は看守長に蹴り飛ばされ、鉄扉の中へと消えていった。
――キュイィイイイン。
――ガッシャン。
2枚の鉄扉が閉まりきる。
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芋虫のように、うつ伏せるナキ。
「イッテテテテ。あいつ、イチイチ乱暴なんだよな」
「あれ?良い香りがする……」
監獄とはかけ離れた明るい部屋に、薄いピンクで肌障りの良いカーペット。
左右を見渡すナキの目にまず入ったのは、目を見開いた和服男の姿だった。
「おぉおおおい!てめぇ!」
ナキは床に腰掛ける和服男にまたがり手錠がはめられた腕で胸ぐらを勢いよく掴んだ。
揺れ動く、和服男の赤い真珠の首飾り。
「シャルルを……なんで、なんで殺した!!!」
「オ、オレは……」
ナキは悲しそうな顔で和服男の胸ぐらをさらに強く握り掴み、自身の顔へと引き寄せる。
「答えろよ……そんなに、そんなに人を殺さなきゃいけねぇ理由がお前にはあったのかぁ!」
「ナキ……」
どこからともなく聞こえる別の声。
「そいつを失ったやつらの気持ちを考えたことがあるのかよ!」
「ナキッ!!」
「えっ……」
ナキは和服男の胸ぐらを離すと、その声に釣られるように立ち上がり振り返る。
その瞬間、1人の女性がナキにそっと抱き着いた。
「久しぶりだね、ナキ。やっと、やっと私の知っている人……生きている人に出会えた」
その女性が掴むナキの背の布は、ぐしゃりとしわを寄せる。
「ありがとう。生きていてくれて」
「シャル、ル?」
動揺を隠せない様子で突っ立つナキ。
そして、一時が経つとナキの胸から離れた女性(=シャルル)は曇りのない笑顔でナキを見つめた。
「そうよ。お互い大きくなったね」
花々を透き通る風のような澄んだ声。いつまでも見ていられるような気品な顔立ち。ロイヤルゴールドの髪色。セミロングの髪型。豊かな胸に、スレンダーな体を包み込む質素にも感じる王女のドレス。
「なんで、なんで生きているんだよ……」
ナキはシャルル(元第3王女)に近寄ると、あちらこちらと観察を始める。
「ちょ、ちょっとナキってば」
照れる様子で頬を赤く染めるシャルル。
「ほんとだ。生きてる。偽物じゃない。シャルルの匂いもする」
「コラ、コラ、レディの扱いがなってないねぇ。お前さんわ」
シャルルの背後から聞こえる声。どこか若作りしたようなハスキーな声。
腰の後ろに手を組んだ女性が現れる。
オールバックのおさげ。髪の上にあるメガネ。お手伝いさんの服装。そして、耳にはピアスと手には指輪。
「いててて、腰が痛いねぇ」
「誰だ?このイカついばあちゃん」
「イカついばあちゃん?はて、私は耳が悪くなったのかいね?」
優しい笑顔で、ナキを見るその女性。
首を傾げるナキ。
「この、ばあちゃん、どこかで……」
「てめぇ!レディの扱いを一から全て教えてやろうかぁ!」
そのナキの言葉を聞くや、そのイカついばあちゃんと呼ばれた女性は腰に組んだ片腕を自身の顔の前に出し……
天に向く2本の指をいっきに地へと振り向けた。
――と、その瞬間。
――ドガァアアア。
ナキはこの部屋に入ってきた時のように額を地に打ちつけ、芋虫のような体制へと戻った。
「イッテエエエエ!!!」
額を両手で押えるナキ。
「アダマスさん!やりすぎですよ!」
シャルルがイカついばあちゃん(=アダマス)に向かって言う。
「私は男にはめっぽう厳しいのさね」
「アダマス?まさか、このおばあさん……」
和服男が何かを思い出すかのように言葉を吐いた。
「てめぇも、言うかね!!!」
――ドガァアアア。
ナキの隣でナキと同じように芋虫のような体制になり顔を伏せる和服男。
「いってぇ」
和服男も激痛が走ったであろう額を両手で抑えた。
「2人とも大丈夫!?」
シャルルが2人に寄り添う。
「思い出したぞぉ……この攻撃。俺は何度も見た。このおばあさん、アダマスのばっちゃ…」
――ドガァアアアーーーン。
「イテェエエエエエエエエエエエエエエエエエ」
「お前さんもバカ親父とそっくりで、まるで学習のない男になったもんだねぇ。はぁ…あの頃が懐かしいねぇ」
「フフフ。ほんとうに懐かしいわ。皆でいたあの頃は……本当に楽しかった」
ナキの隣で屈みこむシャルルは両手をグーにし……
「ナキ、ファイト!今アダマスさんは私のお世話係になっているけど、まだまだ腕は確かよ!」
ナキはシャルルに応援されるが何度も右の口角を上げながら苦笑った。
「挑まねぇよ。お前は昔っからそういう変にポジティブなところがあるよな」
和服男は床に座り、その3人の光景を見つめる。
(この3人は、昔からの知り合いなんだな……)
ふと、アダマスが和服男に視線を移す。
「そういや和服のお前さん。その顔の模様に背中のカラ傘…。カラカサ一族唯一の生き残りの子、雨月だねぇ」
シャルルが片手で口を押え……
そして、驚いた様子で雨月を見た。
「カラカサ一族って、あの悲劇の事件が起こった……」
「悲劇の事件?」
ナキは何も知らない素振りで首を傾げる。
「あの一族は滅んだはずじゃなかったの……」
続けて、おそるおそるとシャルルが呟いた。
「おっしゃる通りです。でもオレだけがこうやって、のうのうと生きています」
どこか遠くを見つめる雨月。
「大変だったねぇ。お前さんが天帝会をずーっと嗅ぎまわっていたようだけど、理由は何となくわかるさねぇ」
(とくにその目を見ればねぇ……)
無神経な抜け殻のような雨月の目はどこか熱く、強く、力が宿った瞳へと変化した。
「ここ天帝国の王都ならアイツが見つかると思ったのに……」
雨月はそう言い、地に片拳を振り下ろした。
「くそぉ」
「まぁ落ち着くさね。いづれ全てはわかることさ」
と優しい口調でアダマス口を開いた。
「オレは、こんなところでぐずってる場合じゃないんだ」
雨月は自身の左腕を服の上から強く握った。
「うぅーーん。まてまて!全然話がわかんねぇよ!」
腕を組みソファーに腰掛けるナキが話を遮る。
「なんで!まずシャルルが生きているんだよ!んで、この部屋はなんだ!全く監獄には見えないぞ!」
綺麗に整えられた王宮の一室のような品のある部屋。大きなソファーに机。垂れる大きな白いカーテン。キラキラと光るシャンデリア。その中にある、生活感あふれる各々に置かれた家具。
「フフフ。そうね。まずはそこから説明が必要そうね」
口に手をあて、クスリと笑うシャルルが言った。