第一章2 『暗殺者と看守長』
「よし!とりあえず、あのドデケェ中心の王宮を目指すか!」
ナキは王都の中心にそびえたつ主王宮を見つめ、気合を入れるように荷物を握る右の拳と左の掌を打ち合わせた。
――その瞬間。
ビュオォーンと強い街風が門外へと吹き抜ける。
「な、なんだぁ!!」
顔を覆いつくすように、へばりつく1枚の紙。
ナキは両手で紙を顔から離す。
「うーん」
しばし傾げる首……。
と、ナキは何かを思い出したかのように目を見開くと、同時に自然と紙を握る拳に力を入れる。
そして、間を空けることなく手から手荷物を擦り落とした。
――ドサッ。
「どういうことだよ。元第3王女シャルルが暗殺ってよ……」
ナキは紙に大きく写るシャルルの笑顔を見つめた。
「この顔……シャルルって、あの、小せぇ頃に遊んだシャルルのことだよな」
――タッタッタッタッ!!
第3王宮の中心街があるであろう方向から聞こえてくる天帝警備兵の声と連なる足音。
「暗殺犯を見つけたぞぉ!!皆どけろ!どけろ!」
ナキの方へと走り迫る、赤い線模様の入ったキツネの仮面を着けた和服男。
「待ちやがれ!!キツネ野郎!」
……そして、その仮面の和服男は風のようにナキの真横をただ通り過ぎていった。
「……暗殺犯?」
仮面の和服男の方へと振り向くナキ。
しかし、目で捉えるのもわずか…
その後、ものすごいスピードでキツネ仮面の和服男は身軽くジャンプをし建物の上部へと消えていった。
仮面の和服男に向かって銃弾を建物の上部へと放つ天帝警備兵たち。
鳴りやむ銃声。
「なんでっ……シャルルが……」
ナキはフッと視線を下へと落とすが、すぐに拳を強く握りしめ急いだ様子でキツネ仮面の和服男の後を追いかけた。
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とある建物の屋上。
頭の上で手を組んだキツネ仮面の和服男を囲むように天帝警備兵5人が銃を構えて待機している。
「ジーク看守長。拘束完了いたしました」
天帝兵と和服男の向かいには、背が高く、天帝国の軍『天帝会』の白いコートを羽織り、異様なオーラを放っている『ジーク看守長』が立っている。片目には眼帯。耳にはピアス。鋭い目と人相の悪い顔。余裕を感じさせるように上がった口角。白黒のツートンカラーにツンツンとした髪。いやらしく染めた頬のような色彩のサディズムな皮服。
ジーク看守長は腰に巻いた赤紫のムチのグリップを握り、先端に鋭利な刃物がついている長いムチを何度も床に叩きつけた。
地とムチ先の刃がぶつかり合い挑発するように鳴り響く高い金属音。
「暗殺者さんよ。もう鬼ごっこはいいだろぉ~。俺様は鬼役が飽きたぜぇ~」
何も言わないキツネ仮面の和服男。
「お前が最近コソコソと天帝会を探っていたこともわかってんだぁ。理由もなぁ~」
キツネ仮面の和服男は背中にある1本のカラ傘の持ち手を瞬時に握る。
「さて、俺様と大人しく来てもらおうかぁ~」
ジーク看守長がそう言い、舌をペロリと出し口角を少し上げた。
――と、その瞬間。
キツネ仮面の和服男は地を強く踏み込み……
囲む天帝兵の間をすり抜けるとジーク看守長へと走り向かった。
がしかし、それよりも早くジーク看守長が振るうムチの先端の刃がキツネ仮面の和服男の腹部まで一直線に向かってきたのだ。
「俺様の方が早い、諦めろ。暗殺者さんよぉ~」
(は、はやすぎる……)
「ここ、までなのかぁ」
キツネ仮面の和服男は、あっさりとした透き通った声でそう言った。
――と、その途端。
「おぉおお!まぁああ!えぇええ!かぁああアアアア!!!!!」
突如とキツネ仮面の和服男の真横に拳を振り上げるナキが現れる。
キツネの仮面男の頬に入る強烈な一撃。
――ドォオオオオオン!!
宙に舞うキツネの仮面と和服の男。
――グサリッ。
と同時に、ナキの体内に響く鈍く低い音。
「え?」
ナキは自身の胸部を見る。
「え……」
ムチの刃先からにじみ出る赤黒い液体が、徐々にナキの胸部の布へと染み渡る。
「あれっ…………」
和服男に一撃を入れた勢いで体制を崩したナキはドサッと地へと倒れこみ……
そして、先ほどまでキツネの仮面を着けていた和服の男も同じように地面に倒れこんだ。
「民間人が、民間人が1人、1人死んでしまったぁ!!!」
そう1人の天帝兵が小銃を震わせながら言った。
「ありゃ~。こりゃ事故だぜぇ~。紅髪……お前に当てるつもりはなかったんだけどなぁ~。刺さりどころが悪かった見たいだなぁ~」
和服の男はすぐに殴られた横頬を抑えながら、体を起こそうとする。
現れるキツネのようにスッとした顔立ち。キツネの仮面と同じく、両頬に赤い2本のヒゲ模様。薄赤く塗られているアイライン。その顔立ちは、近くにいる天帝兵を惚れこませるように目を奪う。無造作に広がるツンッとした髪。首に垂らした太く紅い真珠の首飾り。お世辞にも、その出で立ちは天帝国の雰囲気と馴染んでいるようには見えない。
一瞬、物音せずに静まり返る現場。
周りにいるみなは、血だまりの上で倒れこみ地面にうつ伏せるナキを見た。
そして、次第にジーク看守長と和服男と周りにいた天帝兵の目が大きく見開く。
「イッテーなっ!いきなりなにすんだよ……」
そう言いながら、みなが死んだと思ったであろうナキが胸を手でわしづかみにしながら立ち上がった。
額から頬へとスーっと生ぬるい汗が流れ落ちるジーク看守長。
(確実に心臓に刺さった手ごたえはあった……。刃の先端にも血がにじんでやがる)
和服男もじっとナキを見ている。
(こいつは、いったい……)
瞬時にジーク看守長はナキに目を凝らす。
(感じる。こいつ、首にアビリティリングを装着しているのか……?)
(回復系の能力使いなのか……。いや……)
ジーク看守長は首に巻かれたスカーフに視線を移した。
「んあっ!てんめぇ!!!!」
ナキは和服男が起き上がる様子を見るや、瞬時に和服男へと走り出す。
――ザァーーーーッ。
走り向かうナキを阻むようにナキの目の前へと瞬時に現れるジーク看守長。
ナキのスカーフをグッと掴み、スカーフを宙へと取り外す。
そして、勢いよくナキの胸に手を突っ込み胸の中をまさぐりだした。
――ガサガサガサッ。
「やっぱり傷がない……。てめぇ、その首のリングはいったいなんだ?」
ナキは青ざめると同時に、後ろへと大きく2歩、3歩と後退した。
額から流れ落ちる雫が数滴。
「てめぇこそ、いったい何なんだよ!!いきなり刺すし!触るし!きしょくわりぃし!」
ナキはジーク看守長の不吉さを感じさせる笑みを見て言葉を吐いた。
その瞬間、ひっそりと和服男が近くに転がるカラ傘を掴み上げる。
「おっと、殺気が駄々洩れだなぁ~。俺様のお楽しみの最中に余計な事するんじゃねぇよぉ~」
その言葉にハッと気づいた天帝兵たちは瞬時に小銃を和服男へと向け構えた。
「お前らも余計なことするんじゃねぇ~」
天帝兵を不敵な笑みで睨むジーク看守長。
と、その途端!!
和服男がその隙を見計らったようにジーク看守長の背中へと向かい走る……
そして、ジーク看守長の左横腹に大きくカラ傘を振りかざす。
しかし、ジーク看守長は背後を見向きもせず、和服男のカラ傘を伸ばした左手で勢いよく掴んだ。
「クッ」
身動きが取れない和服男。
「ウソだろ。あのスピードの攻撃を受け止めやがった……。なんて身体能力してんだよ」
その光景に圧倒されたかのように口をポカンッと開くナキ。
ジーク看守長はもう片方のムチを握る右腕を天へと大きくあげる。
と、次の瞬間、即座に和服男の首にムチが巻きつく。
苦しそうな顔で歯を食いしばる和服男。
「うっっ」
和服男は首を縛るムチを空いた右手で強く握りしめ、抵抗をしながら……
同時にもう片の左手を休めることなくジーク看守長の手に掴まれたカラ傘を振りほどいた。
「おっ、やるねぇ」
もう一度ジーク看守長の左横腹に大きく振りかざされるカラ傘。
――ブオォン。
しかし、ジーク看守長は和服男の首に巻いたムチを勢いよく引っ張りながら、自身の身体を90度回すとカラ傘を軽々とかわした。
「まぁ、褒めてやるぜ~」
和服男の身体はムチの引っ張る力により体制が崩れ落ちると、ジーク看守長の胸から腹部へと倒れ、そして…
「攻撃をやめなかったことはなぁ~」
ジーク看守長に額を大きな掌で掴みにされながら後頭部を地面へと叩きつけられた。
――ドザァアアアン。
地に立ちこめる煙。
地に倒れこむ和服男。
「お前ら、この暗殺者を押えておけ」
この一連の流れは、和服男がジーク看守長の左横腹にカラ傘を振りかざしてから一瞬の出来事だった。
少し後退りするナキはジーク看守長を見ながら言葉を吐く。
「だから、なんなんだよお前……」
しかしジーク看守長はその言葉を無視し、それからすぐ再度ナキの首のリングへと目を凝らした。
「やっぱ、どこかで見たことがあるんだよなぁ……」
――と、その瞬間。
ジーク看守長の先程まで余裕そうに上がった口角が一瞬にして下がり…
「嘘、だろぉ……」
(あの高貴な黒光りのブラックリング。そして、薄く浮かび上がる模様。図鑑で見たことがあるぞぉ)
ジーク看守長が目を大きく見開く。
「おい!眼帯野郎!さっきからオレのことをジロジロ見るわ。無視するわ。ブツブツ独り言いうわ。いい加減にオレの話を聞けよ!!」
また、ナキの言葉を無視した様子でジーク看守長はすごい速さでナキに近づき――。
「はやいっ」
一方的にナキの首をわし掴みした後、ナキを地面へと投げ倒した。
ジーク看守長の動きに反応する暇もなく地にうちつけられるナキ。
――ガダァァアアアン。
地に立ち込める煙。
仰向けに倒れるナキ。
ナキにまたがるジーク看守長。
「グッッ……」
ナキは自身の首を掴むジーク看守長の片腕を両腕で掴み返す。ジタバタと動かす両足がその苦しさを表す。
「し、死ぬ……しぬ」
「大丈夫。さっきからお前の話はちゃ~んと聞いているさぁ~。俺様の名前はジーク・リオットだぁ。天帝国、第3王宮で看守長をしている。だから、安心しろ。これからもたくさん話を聞いてやるからさぁ~」
「まぁ、生きていればの話だがなぁ~」
「お前らが、あの、てん、てい、かぁい。かぁ……」
ナキはどうにか口から空気を吐き、そう言った後ゆっくりと目を閉じた。
「アビリティリングCROWNRING3、SSSレート、超速再生の能力……。まさか、こんな形で出会えるとはなぁ~」
そう言うと、ジーク看守長は不敵な笑みでニヤリと笑った。