第一章1 『新・天帝国』
――ガタゴト、ガタゴロ、ガタゴゴゴ。
地に無造作に跳ね転がる車輪のついた馬車が大きく長い石橋を渡る。
優雅に泳ぐ雲、裏のない青く広がる大空。
馬車の荷台に積まれた苔色の干し草の上で、紅髪の若い男「ナキ」は寝ていた。
馬車の手綱を持つ煙草をふかせたヒゲ親父が振り向く。
ナキの頬につたう透き通った雫。
――ナキは目を覚ます。
「兄ちゃん、どうしたぁ。寝ながら泣いてたぜぇ。……あのなぁ、人ってのはよぉ~」
「って泣いてねぇよ!!オレは昔から涙が出ないんだ!」
ナキは片膝に手をつき、身軽く体を立ち上げる。
そして、両手を大きく天に向け背伸びをした。
「お、おい最後まで話きけってんだよ!んでな、人ってのはなぁ……」
「おぉおおおおおおおおおお!うっひょー!」
ため息をついた後、ナキを見てニコリとする咥え煙草のヒゲ親父。
「ったく、元気な野郎だぜ。わかってんじゃねぇか。人はそれでいいんだよ」
「なぁ、おっちゃん!天帝国の王都ってのはこ~んなに、デッケェんだな!!」
ナキは上下に体を震わせ、光らせた目を大きく見開く。
目の前に広がる王都の一角は、強大な一枚壁が何枚も横へ横へと永遠に連なっている。
「王都はオレの想像していた3倍はある、いや4倍、5倍、ん?……10倍?」
「わかった、わかった。一旦落ち着けよ。王都は逃げも隠れもしねぇわ」
と、そう言いながらヒゲ親父は立っているナキの珍奇な格好に改めて目を移した。
(首に巻かれたスカーフに、砂漠の多い民話にでてきそうな身軽い服装……。見たことねぇな)
「いやぁ~しっかし、お前さんよ。ここいらで見ねぇ格好にその顔立ち。王都にいったい何の用があるってんだ?」
ナキはその言葉が耳に入った瞬間――。
王都を揺ぎ無い眼差しで見つめ、ふと言葉を漏らす。
「シヴァ……。ホタル……」
先ほどまで見ていた王都の巨大な壁がナキを阻む強大な敵のように感じさせたのか。その姿は小刻みに震えているようにも見えた。
ナキはズボンのポケットへと手を忍ばせ…
そして、スッと取り出した金色の髪留めをずっと見つめ続けた。
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――ゴ~~~~ン。ゴ~~~~ン。
巨大王都全域に広がる太く重い鐘の音が2回。
王都中の人々が生活する足をピタリと止める。
「これより、現国王『天帝王:カデナ様』の緊急演説がございます」
淡々と話す中年男性の声が街のスピーカーから流れ出る。
「聞こえるか。民衆よ。既に周知していると思うが、今朝、『シャルル元第3王女』が何者かによって暗殺された。どうやら天罰が下ったのであろう。これもまた、運命といえよう。人間の行いは、良くも悪くも報われる」
ザワザワザワッ。と噂や憶測が飛び交う街々。
「つまり、これにより10年前の大戦争での大罪人は全てこの王都より根絶した。皆がこの国で生きる意思を表したあの日の報いが、今!ここに示されよう!喜べ!民衆よ!」
――万歳!万歳!シャルル元第3王女暗殺万歳!!
街々に飛び交う活気と一体感を生み出す声々。
王国の民衆は何度も両手を天高くあげた。
そんな最中、1人のご老体が言葉を漏らす。
「王女さまぁ……」
その途端、天帝警備兵がそのご老体にそそくさと迫りくる。
「おい!きさま。今哀れんだな?哀れんだよな?」
「やめろ、やめろぉおおおおお!!」
ご老体は両腕を2人の天帝兵に捕まれると、街角の裏路地に連れていかれた。
「うわぁあああああああ、ああぁぁぁあああああ!!」
周りにいた人間は誰一人として、当然であるかのようにそのご老体の悲鳴に見向きもしない。
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天帝国の王都は、主王宮を中心に対になるよう第1王宮、第2王宮、第3王宮とそびえたち、均等に面積を有している。例えるなら主王宮を中心とした『3つに分けられたルーレット盤』のように。
その主王宮から第3王宮へと繋がる1本の巨大な石橋の太い欄干の上で、足を組み座る男が民衆を見下ろしていた。
その男は、アッシュゴールド色の髪をなびかせ、煙草をふかし一息に吐く。
「クソどもが……」
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民衆の騒めきが一旦落ち着くと、中年男性の声が再び街々のスピーカーより流れ出る。
「それでは天帝会より引き続き暗殺犯の捜査を行います。皆さま、ご協力のほどお願いいたします。以上」
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――ガタゴト、ガタゴロ、ガタゴゴゴ。
王都、第3王宮地区の入門をくぐり抜ける馬車。
ナキは手荷物を肩に背負い、ひょいっと馬車から降りた。
「おっちゃん!ありがとな!」
「おうよ!がんばれよぉぉお!」
そう片手の甲を見せ、馬車のヒゲ親父は立ち去った。




