第一章10 『母なる愛の歌』
一瞬……。
時が止まったかのように静まり返る1階フロア。
これから起こる災いに動物的本能が反応するかように……。
嵐の前の静けさとはこのことだろう。
――カタンッ。
開いた扉から1歩前にでる足音が波紋のように静かなフロアに響き渡る。
そしてその瞬間、寸前まで感じていた重い空気が一気にほどけ落ち……
『Oh~My♪Mother~♪』
フロアに響き渡る男性のオペラ調の歌唱。
その歌声はどこかパワフルで、どこか悲し気。
「なんなんだこの歌声は」
呟くナキ。
何者かの歌声とともに流れる音色(BGM)。
『どうして~、私は~♪』
黒髪のオールバック。ごつごつとした、がたい。
赤いネクタイを包むピッチりと整えられた白いスーツ。
その容姿はおっさん顔には似合わず、潔癖・完璧主義者とまでに見える。
そして、天帝会の白いコートを羽織るその男は歌いながら2階から1階に向けて階段を1歩1歩と噛みしめるように下った。
続けて、2階と1階の壁に配置された、あらゆる扉が開き、天帝兵たちが現れる。
――ザザザザザザッ(無音)。
謎の男の歌声と音色で、部屋中のあらゆる音は誰の耳にもよく聞こえない。
『生~まれて~♪ 生~きるの~♪』
――カッシャ(無音)。
銃を構える天帝兵の1人がフロア中央の母親に近づく。
母親の眉間に向けられる銃口。
母親の顔を見る少女。
「ママ?」(無音)。
目を大きく見開くナキ。
――パキューーン(無音)。
母親は眉間から血を吹き出すと、ゆっくりと宙へと倒れた。
瞳から光が消え失せる少女。
『教~えて~♪ 教~えて~よ~♪』
――カッシャ(無音)。
続いて、少女に向けられる銃口。
容易に引き金を引く天帝兵。
――パキューーン(無音)。
――カキンッ(無音)。
開いたカラ傘が銃弾を弾く。
――少女をかばう雨月。
「だ・い・じょ・う・ぶ・だ」(無音)。
そう雨月は口を動かし、少女を抱くように懐へと入れた。
『その温もりに♪ 触れ~る、までに~♪』
マニスの歌声が途絶える。
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~~~中間伴奏~~~
少し音量が下がった音色(BGM)のみがフロアに流れる。
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ナキは扉の前で先ほどまで天帝兵と一悶着起こしていた中年男性に視線を移す。
槍を握る天帝兵。
中年男性の体に刺さる槍。
「あ、あぁ、ああ」
中年男性からこぼれ落ちるかすかな声。
背中から床へと滴る赤い液。
途端、地へ倒れこむ中年男性。
ナキは次から次へと目のやり場を探すかのように視線を移す。
しかし、そこには目の休息場所はなく……
ただただ、第3王宮に訪れた数十人の王都民が無残にも天帝兵に虐殺されている風景のみが存在した。
「むごい……。ウッ」
ナキはひとりでに呟き、口を片手で押えた。
つかの間、ナキとシャルルのいる場所も天帝兵に見つかり、数名が走り向かい来る。
立ちすくむシャルルを背にし、守るように天帝兵と戦闘を始めるナキ。
「大人しくしろっ!!」
天帝兵が声を上げる。
槍をナキに向ける数名の天帝兵。
「くっそっ。数が多すぎる。それにあいつはいったい……」
ナキは階段に立っている一人異様なオーラを放つ白いコートを着た天帝会の男に視線を移した。
雨月はフロアの真ん中で、向かい来る数十名の天帝兵から少女を守りながら既に戦闘を始めている。
「私の……私のせいだ」
自身の口を押え、言葉を漏らすシャルル。
「お前のせいじゃ……」
仕方なさそうに低い口調で声かけるナキ。
槍をナキに突き刺す天帝兵。
「おとなしくしろっ!!」
ナキは向かい来る槍を掴み握る。
「うるせぇー!」
そして、ナキはそのまま天帝兵を蹴り上げ、地へと転がした。
「私が…私だけは公に出ると天帝会にとって非常にまずいから……」
次から次へとナキに向かって槍を振るう天帝兵。
「シャルル!今は、そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ!進むんだろ!そうだろ!なぁ!シャルル!!!」
と、ナキは交戦しながら声を荒げた。
「……」
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雨月の近くから離れようとする少女。
「俺から離れるなっ!」
雨月は急いで自身から離れる少女へ近づくと胸元へと抱き寄せた。
――と、その瞬間。
―――ズシャッ!!
雨月の背から素早く切り裂いたような音とともに血飛沫が宙へと舞う。
その隙を絞めたかのうように雨月の背後に槍を突き裂いた3人の天帝兵。
「クッ……」
雨月は片足片手を地へとつける。
懐から離れる少女。
「ママ……」
「行っちゃ、ダメだ……」
少女に手を差し伸べる雨月。
「うごくなっ!!」
3人の天帝兵に背後から取り押さえられる雨月。
と、その直後、雨月の目の前を通り過ぎた天帝兵の1人が母親の元へと向かう少女の髪を鷲掴みにした。
「きゃああああ!!!!やだよ!やだよっ!」
「こっちへこい」
床に引きずられる少女は足をジタバタと動かし必死に抵抗する。
「ママっ。ママッ。」
瞳から何粒もの雫を流しながら地に倒れる母親に視線を移す少女。
必死にもがく雨月。
離すまいと抵抗する3人の天帝兵。
――と、次の瞬間。
雨月はかろうじて離れた右手で地に落ちるカラ傘を掴み……
カラ傘を宙へと飛ばした。
「ぐはっ……」
カラ傘が少女の髪を掴む天帝兵の背中へと直撃する。
倒れる1人の天帝兵の手から離れる少女。
「逃げろ!!!!」
しかし、少女はその場から逃げることなく母親に近づこうと、擦り切れた体で半開きの目になりながら、ゆらり、ゆらりと足を動かした。
「マ、マッ……」
(母親は、母親はもう助からない。だから……そこから……)
倒れた母親の元へとたどり着き、胸元に寄り添う少女。
「お願いだ。そこから逃げてくれ……」
雨月は身動き取れず、どうしようもできない悔しさからか、悲しそうな瞳で少女を見つめた。
――カッシャ。
そして、先程倒れた天帝兵がゆらりと起き上がり、少女に近づくと後頭部へと銃口を向けた。
そして……
「や、やめろ……。やめろぉおおおおおおおお!!」
大声で叫ぶ雨月。
ナキが雨月の声に反応し、雨月のいる方へと視線を移す。
――その瞬間。
雨月の天帝兵から一心不乱に振りほどいた1本の手が少女へと差し伸び……
それと同時に、
甲高く、フロアに銃声が鳴り響いた。
――パァ――――ン。
煙立つ銃口。
――ドサッ……。
少女はそのまま母親の胸に眠るように倒れ、そして……まもなく動かなくなった。
目を見開くナキ。
光を失った瞳孔が開ききった状態となる雨月。
そして、体から力が抜け落ちたように雨月は座りこみ、無抵抗な雨月を3人の天帝兵がむやみやたらと、これぞとばかりに取り押さえた。
1点を見つめる雨月が口から言葉を無意識にこぼす。
「あの時と同じだ。無茶苦茶だ……」
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ナキと交戦する天帝兵のわきを黙って通り過ぎるシャルル。
フロア内に続けて響き渡る王都民の悲鳴の数々。
「止めなきゃ、止めなきゃ、止めなきゃ、止めなきゃ、止めなきゃ」
歯を食いしばり、無我夢中に足を動かすシャルル。
シャルルは天帝会の白いコートの男がいる2階へと繋がる階段に向かった。
「おい、シャルル!!ダメだ!」
シャルルの行動に気づくナキがそれを止めるように、声を上げる。
階段に座っている天帝会の白いコートの男。
目をつむり、ゆったりとした姿勢でフロアに流れる伴奏に耳を傾けている。
階段前に現れるシャルル。
「マニス!!」
天帝会の白いコートを着る男(=マニス)が片目を開き、シャルルを見る。
「なんだ?まだ曲の途中だ」
「もうやめて!」
ひょいっと、立ち上がるマニス。
マニスは跳躍するとシャルルの真横へと着地し……
「母なる愛の歌。まぁ~そう急ぐな。2番目はこれからだぜ」
マニスはシャルルの肩に分厚い掌をトンッと置いた。
――その瞬間。
逃げ惑う1人の王都民がシャルルの目の前へ急に現れる。
「助けて!助けてくれ!!!オレは、何も何も……」
シャルルの目を不安げな様子で見る1人の王都民。
目を見開くシャルル。
――グシャリ。
人体内部をもぐような鈍く重い音が鳴る。
――バタッ。
そして天帝兵により後ろから槍で刺された最後の王都民の1人が、シャルルの目の前で崩れ落ちた。
床に楕円状に広がる血液。
フロアに生き残る王都民はもう一人としていない。
シャルルは頭を落とし、フロアに倒れる王都民たちを見つめ続けた。
「どうして……ここまでする必要があるの」
マニスは何事もなかったかのようにシャルルの言葉を無視し、最後の王都民の1人を殺した天帝兵の方へ振り向くと……ゆっくりとその天帝兵へと近づき足を止めた。
「すぅーーーー」
大きく息を吸い、歌詞の2番目を歌い始めるマニス。
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《第3王宮1階フロア》
―残り―
<脱獄組>
・ナキ
・シャルル
・雨月
<天帝会>
・天帝兵数十名
・マニス
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