料理好きなオークと食いしん坊なエルフ
初投稿です。感想、ご指摘があればよろしくお願いします。
2018年1月15日、日刊57位に乗りました。ありがとうございます。
立ち並ぶ針葉樹林がまるで大地に生える針に見える事から名付けられた、針の森。危険な魔獣が棲息するこの森は通常であれば冒険者以外近寄らない場所だ。
その森の少しばかり開けた空間のでボルシチ・ストロガノフは鍋を煮込んでいた。
「うむ、少々肉は食感にクセがあるがこれはこれでうまい。全体的にはまとまっていけるな。後はほんの僅かに黒胡椒を砕いてまぶせば…完成だ」
ひとすくいしたシチューを一口。その味に満足し、最後に乾燥した黒胡椒を加えることでこの料理は完成した。
ボルシチの風貌は粗末なローブを羽織っただけの姿である。首元には魔獣の牙で作ったアクセサリーを首かけ、腹が出ているように見えるが、それは脂肪ではなく足腰の筋肉や腕から鍛え抜かれていることがわかる。
ここまでなら筋肉質の通常の人間の男性と言っても差し支えないだろう。
しかしボルシチは人間ではない。緑色の肌に、突き出た2本の牙が上向きに生えている。そして身長に至っては2メートルを超えている。
そう、彼は牙豚族なのだ。
「生命あるものに感謝し、その血肉は我が身体となって生きるであろう。頂く」
食前の挨拶を済ませ、シチューを口にして嘆息する。
「美味い」
どろりとした食感に噛む事にほつれ、溢れ出す肉の旨みの感覚に玉ねぎなどの野菜の甘み、白羊乳のコクも味に深みを生み出し、最後にかけた黒胡椒がアクセントとして効いている。
迷わずそのままがっつく。
小さい木のお椀はすぐに空になるが何度も鍋からよそって食べた。
「ふう、美味かった」
満腹には少し遠いが、腹がいっぱいで動きが鈍り魔獣に殺されるのは御免被る。ここはグッと我慢する。
そして腹をさすりつつ、リュックの中からボルシチと比べれば小さいほどの杖を取り出す。そして眺め溜め息を吐いた。
「この杖はもうだめじゃな。内部がいかれとる。これでは精霊へ意志を伝達するのも弊害が出るだろう」
この森に篭ってから3日。その間に幾多もの魔獣と戦ってきた杖はもはや限界だった。
「となるとこれを使うしかないか…」
気が進まないままちらりと隣に置いてあるものを見た。
先端を巨大な鉱石をはめ込んだ巨大な腕甲。その大きさは丸太のように太く長く、そして先端には灰色の巨大な原石が丸ごと嵌められている。牙豚族のボルシチが装備して尚肘から後ろに突き出るほどの大きさだ。さながらミサイルに似た造形の殴打武器だ。
「だが、これは」
何度も手を伸ばし、引っ込めるを繰り返す。その様子には迷いが見受けられた。
それでも決心して手をかけようとした時
≪ウボォォォオォォッッ≫
『ーー!! 』
「っ! 」
突如響き渡る咆哮。ついで衝撃音。
すぐに周囲を警戒する。耳を傾け、目を凝らす。
しかし何か来る気配はない。
「ただの縄張り争うか? いや、それにしては人の声が聞こえた。冒険者か? 」
あの咆哮の後、何かしらの音は聞こえない。だが確かにボルシチの耳は人の声を拾い上げた。
基本的に冒険者が獲物を狩っている時に姿を表すのは危険だ。横取りと勘違いされる事がある。
それでも余りにも音がしないことから念の為声のした方向へ向かうと人影と巨大な熊がうつ伏せに倒れてあっていた。
警戒に警戒を重ね、近づくと熊は殴られた跡がありながら絶命していた。
次いで倒れている人影に近づく。
そして分かる。倒れているのは若い娘であった。
醜美には疎く、他種族という隔だりがあって尚。美しいといえるほどの幼さと少女の可愛さと可憐さが同居した美貌。サラサラとした青白磁の髪は自然界では決して見られない美しさがあった。
だがそんな美の結晶よりもボルシチが目を引いたのは彼女の耳であった。
「…長い耳。こやつエルフか。そういえばこのアガラスの森にはエルフの里があると聞いた事があるの」
不老不死。完璧な美。人々が精霊魔法を扱える前から扱えたという生粋の精霊魔法使い。森の守る衛士。
多くの逸話を持つ種族、森精人族。
見たのは初めてだが聞いた容姿が一致していることから間違いないだろう。
そんな彼女が倒れているのは恐らく相打ちにでもなったのだろう。側に倒れる熊の魔獣がその証拠だ。
このまま屍を野晒しにするのは居た堪れず、せめて埋めてやろうと手を伸ばす。
「くんくん…、この匂いは……おにく! 」
死んだとばかり思っていたエルフがガバッと起き上がりボルシチの腹に噛み付く。生きてると思えず、更には腹を噛まれるということにギョッとする。その間も少女は歯を腹に立てる。
「はぐはぐ…。………おにく、硬い…まずい…」
「い、いきなり噛み付いてきて何を言ってるんだ、この小娘は」
「? 肉喰ってる。でもこのお肉まずい。ガチガチしてて噛めない」
「そもそもワシの腹は食肉ではないわ、阿呆」
「お肉はお肉なの。だったら食べられるはず。がぶがぶ」
「離っ…、な、なんじゃこの力は!? 何処にこんな力が詰まっておるんじゃ!? ぬおっ、や、やめい! 食い込んどる歯が食い込んどる!! 」
食い千切らんとばかりの歯の力と怪力に驚きつつ、ボルシチはなんとか齧り付く少女を離さんと悪戦苦闘した。
◇
「はぐはぐはぐ。もっきゅもっきゅ。まぐまぐ…おかわり。早急に、今すぐ」
「またか。これで3杯目じゃぞ」
「だいじょうぶ。問題ない」
やれやれと鍋から残り少ない鍋からスープをよそい渡す。
それをはぐはぐと食べ始める少女。
渡された木の皿とスプーンを使いながら口をスープでべちゃべちゃにしながらも一心不乱に食べ続ける。
汚いとも言えるがその食いっぷりはもはやいっそ清々しいとまで言える。
「よく食うな、そんなに腹が減っておったんか? 」
「もぐもぐ、もんだいないの。こんな美味しいの食べた事ない。これならいくらでも食べられる」
「そうかい。のう、お主エルフよな? 名前はなんというんじゃ? 」
「むぐむぐ…名前? リナリア。リナリア・ウェル・サイネリア=ナド=ゼフィランサス・ムス・アセビ//アガラス。貴方の言う通りこの森に住むエルフ。そんな貴方は何者? 」
「ワシか? ワシはボルシチ・ストロガノフ。見ての通り牙豚族だ」
「ぼるしち…なんか美味しそうな名前」
「ワシは美味くないぞ」
最後の一杯を食べ切ったリナリアが物欲しげにボルシチのことを見るがさっき噛まれた箇所を押さえつつ僅かに身を引く。
「それでお主…あー、リナリアで良いか? 何故あんな所に倒れていたんじゃ? 」
「ねぇ、ぼるしち。そこにある奴って何? 」
「…無視かい。これか? お主これが気になるんか? 」
リナリアの視線はボルシチの隣にある巨大な腕甲に向けられていた。
「うん。赤黒くて、ゴツゴツして、固そうで、すっごくりっぱ」
「…のう、お主それ素で言っとるんか? 」
「? 」
こてんと首を傾げるリナリアに、こいつ本気で言ってるなと思いながら説明してやる。
「まぁ良い。これは腕杭甲。ワシらの伝統武器じゃ」
「腕杭甲? 」
「お主は牙豚族がどのような種族か知っているか? 」
「知らない」
「即答かい。牙豚族とはワシのような体格と体色をした者達の事を言う。よくワシらを緑小鬼と同じように扱う者がおるがワシらをあんな臆病者と一緒にされるのは腹が立つ。牙豚族は敵がどれほど強大であろうと勇猛果敢に向かっていく。その歴史は古来より…」
「長い、もっと簡潔に説明して」
「…まぁ、そんな勇敢という言葉がこれ以上ない牙豚族にとっての落ちこぼれ。それがワシだ」
「落ちこぼれ? 」
気になったのか僅かに耳をピクつかせ、目を合わせた。
その黄色と赤の調和した瞳に思わず目を引き込まれかけるが、首を振る話を続ける。
「ワシら牙豚族を話す事で切っても切れない物がこの腕杭甲だ。弛まぬ努力と訓練を続け、これを扱えるようなった者達をワシらは『勇士』と呼ぶ。文字通り勇敢なる士の事だ。これを扱えてこそワシらは一人前とされる。しかし、…ワシには武術の才がない」
のそりと立ち上がり、腕杭甲を持ち上げる。
相変わらず重いな、と思いながら構え、そして放つ。
「<二重轟砲>」
両腕によって放たれた拳は衝撃を伴い、一回の動作なのに二度大気が振動し、ビリビリと木が揺れた。
腹の底まで響く光景にリナリアが初めて目を輝かやかせる。
「これが牙豚族の武術。通称『剛術』だ。重量級の武器である腕杭甲を装備し、相手を砕いて葬る。だがさっきも言った通りワシは…武術の才がなかった。扱えるのもさっき見せた1つだけじゃ」
そう言って他の剛術を披露するがどれも先程と比べて余りにも拙いものだと素人目のリナリアでも分かるほどだった。
「同胞らは何も言わぬが腕杭甲を扱えぬ者など牙豚族にとっては恥以外の何物でもない。剛弓を扱う同胞ですら腕杭甲を扱えるのが普通だ」
牙豚族にとっての誇りとは前衛に立ち、同胞を守る事。その為に武術を磨き、腕杭甲で敵を屠っていく。
後衛の重要性も理解できるがそれでも前衛こそ牙豚族にとって誉れであった。それが出来ないのは自らは勇士にはなれないということ。
同胞を守れないということ。
「だからワシは落ちこぼれだ。何も出来ぬ無能じゃよ」
最後にそう皮肉げに笑った。
何故こんな事を話したのかと今更ながらに後悔するがもはや遅い。侮蔑の視線を投げかけられようとしょうがないとボルシチは覚悟する。
「…そうなんだ。でもぼるしちは落ちこぼれじゃないよ」
「何? 」
「ぼるしちは確かにゆーし? にはなれなかったかもしれない。でもぼるしちはそれでも努力をしてきた。それってとってもりっぱな事だと思うの。それにぼるしち料理はとっても美味しい。少なくとも私はこんな美味しい料理は食ったことはないの。体がポカポカしてあったかくて幸せになれた。だからぼるしちは落ちこぼれじゃない。料理っていうすっごくステキな特技を持ってる」
思わずぽかんと口を開けたのは仕方ない事だろう。こんな事言われたのは初めてなのだ。
「エルフの料理って分かる? 」
「確か森の恵みを充分に使ったものだと聞いとるが…」
「森の恵みを使う。確かにそう。だけどエルフの食事、とっても質素。自分達は自然とともにあるとか言って日々の食事も食べ過ぎないよう粗食の教えを守ってる。一日2食、それもお代わり禁止。私は育ち盛り。もっとお腹いっぱい食べたい」
「そこまでか…森の外に出たエルフが店を開いたのを聞いたことがあるがどれもこれも繊細な料理として有名なんじゃがのう」
「植物なんて何が美味しいのか分からない。どれもこれも苦いし口の中ゴワゴワするだけ。植物なんてこの世から無くなれば良いの。ぺっ」
「エルフらしくないなお主は」
植物がなくなれば良いというエルフなんて聞いたことがない。思わず大きく笑ってしまう。こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。
すると辺りにぐう〜と腹の虫がなる。
「あ」
「なんじゃ、まだ足りんかったのか? 」
「森の中で彷徨って三日間何も食べてない。植物も美味しくなかったから食べてない」
「森で迷うとかつくづくエルフらしくないなお主は。エルフは森の衛士として長けてるはずなんだが」
「料理好きなオークがいるんなら森で迷うエルフがいても良いはず」
「…ふははっ! 確かにな! 良いじゃろう、なら今回は存分に食べるが良い。今日出会ったのも何かの縁じゃろうて」
自分のことをステキな特技を持っていると言ってくれた。それは落ちこぼれと考える自らにとって何よりも勝る嬉しい言葉だった。なら、それ相応の感謝を払っても良いだろう。
そんな軽い気持ちだった。
だからこそリナリアの目がきらんと獲物を見つけた肉食獣のように暗闇の中でも分かるほど光ったのに気付かなかった。
「ふぅ〜、まんぞくまんぞく」
ポンポンと膨らんだお腹を満足げにさするリナリア。
その隣でボルシチは絶句していた。
なめていた。侮っていた。みくびっていた。
確かに自分はリナリアに好きなだけ食べても良いとはいった。だがよもやあの細っこい体で再度作った鍋一つをペロリと平らげ、更には鍋のもうお代わり、計三つを平らげるなど予想できようものか。
あの量は牙豚族の勇士達が食べるのにも匹敵する。
「なんということだ…。あれだけあった具材が全てなくなってしまうとは。ありえぬ、断じてありえぬ。一体何処にあれだけの量があの体に入ったと言うのだ」
「お腹に決まってる。そんなことも分からないの? 」
「それがありえぬと言っとるんじゃ! 明らかに食べた量と体積があわんじゃろうて!! 」
「でも食べ切った。それが事実。目の前で起きたことを信じられず、認められないのは恥ずべきこと」
「ぬぐ」
見た目可憐な少女に真顔でそんなこと言われると言ってるこっちが恥ずかしくなってくる。それに好きなだけ食べても良いと自分が言ったのも事実なのだ。この事で彼女を責めるのは御門違いだろう。ただもうちょい遠慮してくれても良かったんじゃないか。この地に目的があって来たボルシチは溜め息を吐きながらそう思った。
「まぁ良いか。明日になったらお主も里に帰るんじゃぞ」
「なんで? 」
「なんでって、お主にも家があるだろう。成り行きでお主を保護…いや、餌付けか? まぁいい。したが、家族も心配しとるじゃろう。だったら早く帰った方がええ。それにお主と会うのもこれっきりじゃろうて」
確かに持ち込んでいた食料を全て食いつくされたのは予想外だが人生一期一会。こんな風に出会い、別れるのも良いだろう。
そう思っていたのだがリナリアはとんでもないことをのたまう。
「私、帰らない」
「はぁ? 」
いきなり何を言ってるのだろうかこの小娘は。胡乱げなボルシチの目つきとは対照的にリナリアの目は決意に満ちていた。何か深い事情があるのだろうか。
「元々私、里に嫌気がさして出てきた」
「嫌気? 」
「そう。私は今年で150歳。弓術と精霊魔法はエルフの嗜みだって言うけど私はそんな事したくなかった。だから今まで鍛錬も真面目にやってこなかった。鍛錬をしないならせめて花嫁としての修行でもしろって。でも私別にまだ誰かの嫁になる気もない。やだって言ったら皆怒った。だから出てきた。今更戻るなんて論外。それに…」
「それに? 」
「里に戻ったらまた質素な生活に逆戻り! 味気のない料理に戻るなんて絶対に、いや!! だんじて! 」
リナリアは一気にまくし立てる。
溜まりに溜まった不満が美味しいスープを食べた事で爆発したのだろう。その後どれほどエルフの料理が美味しくないかを延々と語り続ける。昨日の時以上の語りっぷりである。
「だからあんな料理をまた食べるなんて二度とごめん。そんな訳で責任を取って欲しい」
「ん、何故じゃ!? 」
今の話から一体どう自分が責任を取るという発想になるのだろうか。
「私里から出たは良いけど、社会について何も知らない。とりあえず街にでも行こうとして迷って、空腹で倒れていた所、あんなに濃厚でどろりと白濁としたものを飲んで私はもう元の生活にもどれない。あなたの責任。私穢された、よよよ」
「お主絶対ワザとじゃろ!? ワザとそんな言い方をしとるな!? 」
「てへ」
泣き真似をしながらリナリアはチロと舌を出す。鍋を食べたせいかその舌は真っ白だったが小憎たらしいのには変わりない。
結局あの後上手い具合にはぐらされ、更には食料が殆ど尽きた事もあって不貞寝した。
◇
次の朝。
薄ら寒い中、ボルシチは目を覚ます。
周囲を見渡すとリナリアがよだれを垂らしながらまだ寝ていた。時折「おかわり」と寝言まで聞こえる。夢の中でも食うのかと呆れながらもリナリアらしいとこの短い期間で性格がわかってきた。
集めた枯れ木に火を点け、リュックの中からグリルホットサンドウィッチと呼ばれるサンドウィッチを焼くための道具を取り出す。街で買ったもので、これに食パンを挟む事で簡単にサンドウィッチが作る事が出来る。食パンの間に青苺のジャムを塗り、炙る。食パンの焼ける良い匂いが漂い、軽く焦げ目がついたくらいで火から離す。これで完成だ。
簡単だがこれはこれで味がある。
匂いにつられてかもぞもぞと起き出したリナリアだが不満げに眉を潜める。
「少ない…」
「朝は動けなくなるほど食べるよりもこうしてあっさりとした物に限る。文句があるなら食わんで良いぞ」
「冗談。私に死ねっていうの? それは横暴」
「一食抜いたくらいで人はしにゃあせん」
むふふとはにかみながら食べる。足をぶらぶらしながら美味しそうに頬張る。
その姿についボルシチの頰も緩む。なんだかんだ自分の料理を人が美味しそうに食べてくれるのは悪くない。
「そういえばぼるしちは何をしに森に来たの? 」
「ん? ワシか? 」
あっという間に食べ終え頰にジャムをつけたリナリアが問う。
「ここは人間…ぼるしちは人じゃないけど、とっても危険な場所だと聞いてる。私にとっては昔からいる所だからそんな風に思ったことないけど」
「まぁ、そうじゃな。こんな所に一人で来る物好きはワシくらいじゃろう。アガラスの森は危険な所だからな。だがワシはこの場所というよりもここに住む魔獣に用があったじゃ」
「魔鳥? 」
「それはーー」
ズシンと何かがここより近くに着地した音が聞こえた。
場所は近い。すぐさまその場から離れ付近の木と草陰に隠れる。咄嗟の判断だがリナリアは簡単について来て身を潜めていた。身のこなしは流石と言える。
アガラスの森特有の木の鋭い葉を物ともせず現れたのは灰色の甲殻を持った鶏に似た魔鳥であった。大きさも鶏に似ているが段違いで遠目だが5〜6mはあるだろう。
「…あれじゃ、ワシがアガラスの森に来た理由は。魔鳥ロックハックバード。この森に住む固有種だ」
「ろっくはっくばーど? 」
「お主この森に住んでいたのに知らんのか? 」
「知らない。里から殆ど出たことないから」
ロックハックバードは置いて来た青苺のジャムが入っていた瓶を割り、中身を食べていた。
「あの鳥私のジャムを横取りするなんて、ゆるすまじ。殴る」
「待たんかっ、というかお主のじゃないだろう」
出て行こうとするリナリアを抑える。不満げな目線でリナリアが見上げる。
「ぼるしちはムカつかないの? 」
「そりゃ良い気はせんが。ロックハックバードは危険な魔鳥でもあるんじゃ。お主冒険者というのは…あぁ、うむ。その顔だと知らぬようだな。冒険者とは言わば魔獣退治のスペシャリストじゃ。冒険者には0〜9のランクがあってな。難易度でいえばあいつは5くらいだ。当然パーティを組んで緻密な計画を立てねば勝てん獲物じゃ。ワシら二人じゃどう足掻いても無理だ。…本来ならあやつの巣を探し隙をついて卵を一つばかり強奪するつもりじゃったが食料がない以上、諦めるしかないな」
「ぼるしちが狩りに来たって言ったけどおいしいってこと? 」
「ん? まぁ、そうじゃな。卵も絶品じゃが、あやつは身体を岩の殻で覆われているがその肉は美味で珍味として有名なーー」
瞬間リナリアは手を振り払いロックに向けて駆け出しだ。反応出来た頃には遥か遠く、 ロックハックバードに殴りかかったのを見た時だった。
「あ、あの阿呆!! 」
ロックハックバードは美味だが同時に危険な魔獣だ。硬い岩の甲殻は生半可な一撃を物ともせず、動きも悪くない。浴びれば石化してしまう液も吐いてくる。攻撃が通らず、自らの動きを封じる魔獣など厄介極まりない。だからこそチームを組んでいかにロックハックバードの動きを封じ、甲殻の隙間を攻撃するかが重要になる。
このまま戦闘になるのは避けられないだろう。かといって二人で戦うには危険な相手だ。
どうにか隙をついてリナリアを連れて逃げることを考えていたのだが。
意外や意外。リナリアはロックハックバードと拮抗していた。
突きや硬い翼で薙ぐロックハックバードの隙をついて何度もその体に拳を叩き込んでいた。
それだけでも驚くが、更にロックハックバードの甲殻にはほんの僅かにだが皹が入っていた。
その事にまたもや驚くが前日の魔熊の死体や自分に噛み付いてきた時のことを思い出す。
「そういえばあやつエルフとは思えぬほどの力の持ち主じゃったな…」
勇士にはなれなかったが自分とて牙豚族の一人。後衛の精霊術士とはいえ力自体には自信がある。にも関わらず昨日リナリアがかじってきた時中々剥がすことが出来なかった。腹に未だ噛み跡があるのも力が強い証拠だ。
「にく、にく、おにく! ムネ! モモ! サラミ! レバー! 手羽先! 珍味! 美味! 」
もはやリナリアの瞳にはロックハックバードが料理された手羽先としか写っていない。
吐いてきた石化する液体を避け、隙をついて拳を叩き込む。
だがその動きは初めの力押しだけでなく時折洗練されたものが混じるようになって来た。
「あれはもしや武術か? 」
才能がなかったとはいえ鍛錬をした事があるボルシチはすぐさま気付いた。
エルフ特有の武術かと思うがそれにしては動きが直情的過ぎる。
「いや、そもそもあやつは余り鍛錬を集中してやってこなかったと聞いた。なら、もしやーー」
何処か見覚えがあるあの動き。
それはリナリアがロックハックバードの右翼に<二重轟砲>を放った事で確信する。
そして答えにたどり着き愕然とした。
「まさか、覚えたというのか」
リナリアの動きは間違いなく牙豚族の武術が混じっていた。だが彼女はボルシチ以外の牙豚族を見た事がない。だから必然的に昨夜の時に見たのが初めてとなる。
見せたのはたった一度。それだけであそこまで動く事が出来る。
その天性の才能にボルシチは唖然とした。
≪クゥコケェェェェッッ!! ≫
「にゅう…! かちこち…」
さすがに硬いのか手の皮が破け、苦悶の表情を浮かべる。
ほんの僅かに皹が入ったとはいえそれだけだ。まだまだ致命傷には程遠くロックハックバードにすればかすり傷にしか満たない。
咄嗟にボルシチは援護をと考える。
しかし二重精霊術士とはいえ、あの甲殻を貫く一撃を放つことは難しい。精々足止めが手一杯だ。それに杖も限界だった。残り一発放てれば良い方だろう。
どうするかと悩んだ時肩に背負った腕杭甲に目がいった。
自分では扱えなかった、かつての誇り。
だがあれほどの力を持つ彼女ならーー
「リナリア! うけとれ! 」
気付いた時には気付かれるのも憚らず、既に投げていた。
リナリアは啄むロックハックバードの頭を逆に足蹴にして腕杭甲を受け取る。そのまま地面に着地してキョトンとした顔になる。
「…。どうやって装備する? 」
「うおい! 昨日見てたじゃろうが! 腕に通して中にある掴みを握るんじゃ! 」
そうだったと言いながら装備するリナリアに向かって再度ロックハックバードが突っ込む。
先ほどと同じ<二重轟砲>を皹の入った右翼へと放つ。
同じ光景。しかし、その結果は異なりロックの甲殻を完全に砕いた。
≪クコォォオォオッ!!? ≫
ロックが驚きと苦悶に満ちた声をあげる。
腕杭甲に使われる素材は最も硬いと噂の<アダマンタイト>を超える<硬ウルツァライト>を加工し先端に嵌め込んである。
細工に優れたドワーフすら匙を投げるこの鉱石を使った腕杭甲の一撃は大地を揺るがし、地盤を割ると言われている。
腕杭甲はリナリアの膂力も相まって完全にロックハックバードの甲殻を砕くまでに至った。
先ほどまで全く傷がつかなかった自らの甲殻が砕けた事にロックハックバードが激しく動揺する。
だが目を見開いたのはリナリアも同じだった。先ほどまではビクともしなかった甲殻が卵の殻のように容易く割れたのだ。
一目見た時から目が離せなかった。
ぼるしちの料理も美味しかったがそれ以上に目を引いたのがこの腕杭甲。無骨だが、何処か気品の高さを放つこの武器。
リナリアはエルフである。
エルフは森と共に生き、森と共に死ぬ。それがエルフという種族の生き方。
リナリアは生まれてからそんなエルフの生き方に疑問を持った。
何故森から出てはいけないのか。
何故私達は自然と共にあると言えるのか。
リナリアにはそれが変に感じた。
だからエルフ達が行う弓も精霊魔法も樹木魔法もそれほど魅力的に見えなかった。そうあるべきと語る大人達にも理解できなかった。
それで本気にもならずダラダラと怠惰に訓練を行うリナリアに初めは軽く叱る程度のエルフ達だったが百年たった辺りでこれは不味いと痺れを切らした父母と他のエルフ達がリナリアの矯正を行おうと検討していた頃、それを聞きつけ逃げ出したのだ。
何事にも本気になれず生きてきた日々。森を飛び出したのはこんな閉鎖的な空間から逃げ出したいという気持ちがあった。
だが、それは衝動的なもので自分がどのようにして生きるのか、それもまたリナリアにはわからなかった。
それが変わった。一人の牙豚族と出会った事で。
美味しい料理を食べて、好きな時に好きな事をする。それがなんと幸せなことか。
そしてそれをする為には武器がいる。何者にも負けない武器が。
それは弓でも精霊魔法でもない。
これだ。
これこそが私が望んでいた武器だ。
「あはっ、最高」
笑い、再び別の所に一撃。
砕ける甲殻。
リナリアの顔は欲しい物が手に入った子どものように爛々と輝いていた。
もはや先ほどまでの立場は逆転した。
≪ク、ク、クケコォォオオォッッ! ≫
「あ! 」
堪らないとばかりにロックハックバードが駆け出し、その翼を広げた。岩みたいな甲殻に覆われていた為無意識に食べないとばかりリナリアは思っていたが実際には飛ぶことが出来る。
悔しげなリナリアの顔にロックハックバードは勝ち誇った顔にーー
≪コケェェェエェッッ!!? ≫
右翼が撃ち抜かれた。巨大な岩の弾丸が炎を纏い、ロックハックバードの右翼を穿ち、焼き焦がした。
撃ち抜いたのはボルシチの精霊魔法、<突出する焔岩弾>だ。2種類の精霊を扱った魔法であるが通常ならばロックハックバードの甲殻を撃ち抜くことはできない。だがボルシチが狙ったのはあの甲殻に覆われていた箇所ではなくリナリアが砕いた右翼だ。甲殻さえなければ撃ち抜くなど容易い。
だがその一撃で元々限界だった杖が真っ二つに砕けてしまう。それを厭わずボルシチは叫ぶ。
「今じゃ、リナリア!! 」
墜落するロックハックバード。それでも体勢を整えようとした時に見えたのは跳躍し、すぐそばに来ていたリナリア。
「逃さない、おにく!! 」
瞳に骨のついた手羽先を写しながらリナリアはその一撃をロックハックバードの頭へと叩き込んだ。
◇
うろうろうろ。
「ねぇ」
「まだじゃ。辛抱せぇ」
うずうずうず。
「ねぇ」
「まだじゃ」
ぐぅぅ
「ねぇ」
「……」
「ううう…」
あの後そのまま肉を齧ろうとしたリナリアを止め、血抜きしたロックハックバードの肉を一旦鍋で煮込み灰汁をとること数時間。
うろうろと鍋の周りを回るリナリアとのやりとりはこれで10回目である。
盛大にお腹の音が鳴ったリナリアは若干涙目になりながら不服そうに唇を尖らせる。
「おかしい。もう半日は待ってるはず。それでも出来ないなんてぼるしちの腕前大したことなかった? 」
「お主、鍋食った時絶賛してたじゃろうがい…。まだ数時間しか経っとらんわ。ロックハックバードはその身に独特の臭みとコリを持っておる。それが珍味とも言われる所以じゃがそのままではちと臭いとえぐみが強すぎる。香草と一緒に煮込んで臭みと肉の硬さを和らげんと食えたものでない。それよりも黄米の方はどうなんじゃ? 」
「ばっちり。出来立てほっかほか。これだけでも食べれそうだけど私手を出さなかった。えらい? 」
「その前に生米のまま食べようとしたから拳骨してやったがな」
「…、あれは痛かった。私傷物にされた。責任をとってもらう」
「そうじゃな。なら倒したロックハックバードの残りを慰謝料として全てお主にやるとしようか。お主にはまだ料理してない肉をやるからそれで綺麗さっぱりワシとお主は無関係じゃ。そうするか」
「うそ、冗談。だから私もそれ頂戴。ね。ね? 」
「分かったからそんな世の中に絶望したみたいな顔になるでない。あと肩を掴むな。お主の怪力だと食い込んどる」
ぎりぎりと肩を掴む手をはねのけ、ようやく臭みの取れた鶏肉を鍋から取り出し次のステップに移すためリュックからリナリアと同じくらいの大きさの深みのあるフライパンを取り出した。
「でっかい」
「ドワーフ謹製の特別製のフライパンだからの。これだけの大物を料理するには道具もまた大型になる」
フライパンにみりんを入れ、次いで紫醤油、金砂糖を加え予め切っておいた甘玉葱を加え煮込む。
香ばしい匂いが辺りを包む。
リナリアの耳がピクピクと上下する。お腹も鳴る。
そんな事を気にも止めずボルシチは更にロックハックバードの肉を投入する。
そしてそのままじっと待つ。最高のタイミングを。ぽこりと煮込まれたフライパンから泡が弾けた。
「リナリア! 卵! 」
「がってん」
奇妙な返事をしながら渡された一抱えほどあるロックハックバードの卵をといでおいたものをフライパンへと投入する。
卵があれば親子丼が作れると呟いたのを耳聡く拾いあげたリナリアがダッシュで取ってきたのだ。どこに巣があるのか感で見つけたと言うリナリアにその食欲には呆れを通り越し尊敬する。
じゅわっと卵の焼ける濃厚な香りが辺りに漂う。
「ここからは時間との勝負じゃ。茹でたことでコリは取れたが焼きすぎると今度は苦味に変わる。卵も焼きすぎると雑味が出始める。そうならないためにも半熟かつふわとろに仕上げる必要がある。その為にはタイミングが重要じゃ」
「ん、よくわかんないけどぼるしちに任せる」
「おう、まかしとけ! 」
豪快に混ぜつつ魔力を与え、フライパン全体に火が通るよう調整する。これは薪で精霊に任せたら火の伝達にムラが出てしまうのを防ぐためだ。更に複数の別の精霊にも微調整の為に魔力を渡す。
それを見たリナリアが呟く。
「ぼるしち、無駄に器用。火精霊魔法を調整しつつ水精霊魔法と風精霊魔法で蒸気の蓋して卵の香りを封じ込めるなんてエルフでもしない」
「これがワシの料理だ! 分かったらお皿に黄米を乗せて待ってろ!! 」
分かったとリナリアは呟いて後ろに下がる。そして料理するボルシチの背中をじっと見つめていた。
「今じゃ! 」
火から離し、言われた通りお皿を片手に待っていたリナリアのお椀にロックハックバードの親子丼を盛る。
むふーと鼻息と耳の動きも荒くなる。
最後に海苔を巻き、パセリを加える。
「これがロックハックバードの親子丼だ。じっくりと味わうが良い」
その言葉を聞き待ってましたとばかりに親子丼をかきこむリナリア。そしてピンっと耳が反応した後へにゃりと頰が緩まった表情になる。その顔は幸せそうだ。
「生命あるものに感謝し、その血肉は我が身体となって生きるであろう。頂く」
食前の挨拶を済ませ、ボルシチも一口。
かっと目を見開く。
うまい。
噛む事に溢れ出す肉汁に通常の鶏とは段違いの卵のコクでまろやかにコーティングされ、深い味わいとなって舌の上で踊る。
黄米も粘り気の少ない米であるため、肉汁をよく吸って相性抜群だ。
薬味もまた絶妙な苦味として香りづけられている。
こんな美味しいものを自分が作ったのか。ボルシチは感動し、目元が熱くなる。
「おかわり。早急に、今すぐ」
「ちっとは味わって食わんか! 」
横ですぐに食べ終わった碗を差し出してくるリナリアに思わず突っ込む。
だが昨日よりも食べる速度がほんの僅かに遅い事からあれでも味わって食べてはいるのだろう。
しかしそれでも早い。食べ尽くされては叶わないとボルシチもかきこんでいく。
その度に親子丼の旨さに頰が緩んだ。
あれだけあった親子丼が空になった。しかし腹には心地よい満腹感がある。久しぶりに充実した気持ちになりながら二人は休憩していた。
隣ではリナリアが腕杭甲を我が子のように抱きしめていた。
「んふふふふ」
「…涎を垂らしとるがまさかそれも食う気か? 」
「ちがう! さすがの私も食べない。塩木みたいに味がするならちょっと悩むけど…」
「冗談じゃ。という悩むんか。…よっぽど気に入ったようじゃの」
「当然。ねぇ、本当に貰って良いの? 」
「構わん。…どの道ワシには使いこなせなかった代物だ。持っていたのも言わば後悔と未練、それに惰性に過ぎん。良い機会じゃっただろう。それにお主ももう手放す気はないのだろう? 」
「当然、これはもう私の半身。私のもの。ぬへへ、なんて名前つけようかな」
はぁはぁ言いながら腕杭甲に頰寄せする残念エルフにやれやれと嘆息する。
そしてローブの中から先程の戦いでついに内部から折れてしまった杖を取り出し見る。
「それ」
「ん? 」
「どうしたの? 」
「あぁ、元々内部が破損していたんだがさっきの戦いで完全に逝ってしもうてな。別に精霊魔法自体は杖がなくても料理に使ってたみたいに行使自体はできるが今までずっと使っていた物でな」
この杖自体はもっと良いのが街に売っている。
だが腕杭甲が使えないと分かってからはずっとこれを使ってきたのだ。やはりそれなりに愛着があっただけに折れたのはショックであった。
顔に出てたのかその様子をリナリアがじっと見た後
「ならこれあげる」
と自らの持っていた杖を差し出した。
「ん? なんじゃこれ」
「エルフが使っている杖。里にある聖樹の枝と私の家のアセビの枝を組み合わせて作ったものだから人なんかが使っている杖なんかよりもずっと精霊に意志を伝えやすい。私が子どもの頃から持ってる」
「そんな大事な物を良いのか? 」
「構わない。私は使う気がないし、腕杭甲で殴る方が性に合う。それにぼるしちはゆーしの誇り? の腕杭甲を私にくれた。なら私もエルフの誇り…別に私は誇ってないけど、それでも私だけ貰うのは不公平」
「そうか。なら、ありがたく貰うとしよう」
因みにだが。
エルフでは婚姻の時にお互いの杖を交換するという儀礼がある。この場合、杖と腕杭甲だが互いにとって大事な物という点は変わりない。
当然だがその事を不真面目だったリナリアが知る由がない。そしてリナリアが知らないのだからボルシチが知るはずもない。
「ほう、軽く使ってみたがこれは凄いな。意志の伝達も発動もスムーズじゃ」
「当然。私のものだもん。それでぼるしち、これからどこに行くの? 」
「何自然にお主も付いてくるみたいな話になっとるんじゃ」
「私達良い仲間になれると思う。私が魔獣を狩って、 がご飯を作る。お互いにハッピー」
「ワシだけ後方援護に料理と負担が大きくないか? 毎食毎食ロックハックバードの時みたいに豪勢に出来るわけではないぞ。乾いた黒パンと干し肉で飢えを凌ぐだけの日々も往々にしてあるしの」
「なん…だと」
絶望にうちひがれ膝をつく。そこまでショックかとこの食いしん坊なエルフを呆れた目で見る。
「それでも付いてく。どの道今から家に帰るなんて論外。ありえない」
「…ま、これも何かの縁か。良いじゃろう。しかし後から手紙でも送っておくんじゃぞ? 誘拐と間違われたら困る」
「それは勿論」
「そうか。まぁ、これからよろしく頼むぞ」
「よろしく。あと、旅についてだけど私はご飯出来れば一日5食希望」
「食い過ぎじゃ! 太るぞ」
「それと昼寝も希望」
「お主よくその体型を維持出来たの」
「私ぼるしちみたいにおデブじゃない」
「デブじゃないわ! この腹の下には筋肉が詰まっとる! 豚も人どもはデブの代名詞見たく言うが筋肉の塊じゃぞ! 」
ポンっ腹を叩くがリナリアは疑わしい目線を向けるだけだ。
こんだけ物を食べるエルフと旅をするなど食費が大変な事になるだろう。世間知らずで何をするか分からない事から苦労も今までの比ではないだろう。
だがきっとこれからの旅は明るいものになるのも事実だろうと、ボルシチは思った。
「ぼるしち、お腹すいた。おにく」
「まだ歩いて2時間も経っとらんだろ。ちっとは我慢せんか。お主に食事の量を合わせておったら三日と立たず食料が尽きるわ」
「おにくがなくなれば魔獣を狩れば良い。そしてその肉を食べれば良い。これぞ現地調達で懐にもお腹にも優しい。私もお腹いっぱいで幸せになる。一石三鳥。みんな幸せ、かんぺきな計画」
「毎回が毎回そう上手くいく訳無かろう。それに調味料の方が先になくなるわ。そうなれば癖ばかりの味やなんの香りもしないおいしくない食事に逆戻りじゃ」
「むむ…それはいや…」
不服そうに唇を尖らせる。
その様子を見て思わず大笑いしてしまったのは仕方のないことだ。
後に人々は不釣り合いなほど大きな腕杭甲を持ったエルフの少女と逆に不釣り合いな程小さな杖を担ぐ牙豚族の男性がいたと口にする。
だがそれが妙に似合っている奇妙な二人組であったとも記憶していた。
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