8.管理舎 中
「じゃ、売店行こうか」
舎長室を後にして、売店に向かう。売店は確か一階のロビーわきにあったはず。すぐに記憶通りの場所に売店を見つけた。
売店は窓口の人に買うものを口頭で伝えて、窓口の人が出してくれるシステムのようだ。
えっと、売店で必ず買うのは電石と水石。あと日常雑貨も必要になる。
ん?売店で買うのか?
「おはようございます」
森津木さんが売店のお姉さんに挨拶する。おっ、美人。角があるけど。
「おはよう。森津木。隣の彼は新入りかしら?」
「おはようございます。はじめまして。岩木っていう呼び名を貰いました。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
「あら。ご丁寧にありがとう。わたしは紅女と呼ばれているわ。よろしくね」
美人のお姉さん大好きです。
卵型の小顔に、上品なパーツが綺麗に配置されている。文句なしの美人なお姉さんだ。眼差しは優し気で、小さな口は控えめな笑みを浮かべている。なのに目線もと声も色っぽい。燃えるような紅い髪は緩やかなウェーブを描いていて、気だるげにサイドで纏められている。これでスタイルまで抜群なんて、たまらない。
浮かれ気分な俺の横で森津木さんはさっさと注文に入っている。
「電石三つと水石一つ、火石二つ下さいな」
「ちょっと待ってね、ハイ。電石三個。水石一個。火石二個。空石ある?」
「はい、空石三つ、お返しします。」
「じゃあお会計は三万円ね。確かに。それとオマケにハンドクリームを二つあげるわ。コワダカが作りすぎたのよ。」
「嬉しいです。水仕事、多いので冬は辛くて。岩木、君は?」
「あ、お姉さん、俺は水石と電石一個ずつ下さい」
「はい、水石一個。電石一個。ねえ、岩木君。日用品もう買ったかしら?今なら『迷い人必需品セット』ってのがあるわよ~。
といっても試供品とかばら売りの残りとかの詰め合わせになるけれど。
内容はテッシュ一箱トイレットペーパー二巻・歯ブラシにカミソリ。歯磨き粉に石鹸。洗髪材二種類にポケットティッシュ二つ。タオルが二枚に手拭いが二枚。他にもこまごまとしたものが入ってるわ。
色や種類が選べないうえに正規の売り物とは言い難い物も入っているから、この容量で五百円よ。」
大きな紙袋いっぱいに色んなものが入っている。美人で色っぽいお姉さんからの思わぬサービスだ。すぐに身を乗り出して食いついた。
「良いんですか?こんなに沢山入ってて五百円?下さい。是非、お願いします」
「はい、毎度有り~。合計で一万五百円になります。二万円のお預かりから九千五百円のお返しになります」
「うわ、有難うございます。嬉しいです!助かります!」
会計が終わると素早く森津木さんが小箱をお姉さんに渡した。
「いつもありがとうございます、これ、クッキーです。宜しければどうぞ」
「ふふ。嬉しいわ。大事に食べるわね、有難う」
ああ、お姉さん。嬉しそうな顔が可愛くて素敵です。
「岩木、アルバイトの説明をするよ」
ロビーの展示パネルの前に移動する。といっても売店の前の広場に来ただけだけど。
「支給額以外に収入が欲しい時にアルバイトをすることができる。そう言ったのを覚えているかい?
ここには様々な依頼やアルバイトが張り出されている。例えば岩木の前の赤紙。
内容は現世のとある人物を呪うこと。条件はその人の失脚もしくは死亡。成功報酬五百万。
この依頼を受けるためにはこの紙を受付に持って行く。
そこで受付は依頼がこなせるかどうかを見極めて、任せると判断した場合のみ依頼を受けられる。管理舎は中間マージンを取って支払う額を最初から提示しているからこの場合の成功報酬はきっちり五百万支払われるよ。
もちろん、期日付きの依頼は期日内に成功できなかったら罰金だ。」
お姉さんで癒された心が一気に萎んだ。物騒な依頼ですね。物騒過ぎだ。売店に戻りたい。
「依頼の内容によって大体貼られる掲示板がちがうし、依頼表の色によっても分けられている。
僕らが受けられるのは白い紙に書かれたものだね。横の掲示板に移動しよう」
掲示板なんだ。展示パネルもどき。
「白紙は主に事務系や倉庫の整理・調理系とかになる。通常迷い人のアルバイトは管理舎内で受ける場合が多い。事務手伝いが主流になっているね。
今日は無理だけど、明日からは受けられるから、受けてみるといい。少し見てみようか」
促されて読んでみる。
依頼内容:去年の議事録を日付順、ページ順に並べてファイリングしてほしい
報酬 :十五センチの背表紙のファイル一冊につき五百円
依頼主 :事務室長
十五センチの紙束並べて五百円か。肩凝りそうだけど、安全で良いな。他は。
依頼内容:簡易計算の確認作業 一枚で多い場合五十箇所あり
報酬 :一枚につき百円
依頼主 :事務室長
備考 :計算能力を見るため、簡易テストが事前に有り
そろばん貸出可
お、計算か。電卓有るし、受けれるな。他にも、俺でも出来そうな依頼表が結構あって安心した。明日はこの計算のやつを受けてみよう。
「大体の雰囲気はわかったようだね。
管理舎の休みは日曜。だけど、土曜も開店休業状態だ。なんせ、皆来ない。売店も開いてないから気を付けて。
じゃあ、受付の人に挨拶しておこうか。受付はここ。おはようございます」
猫耳がついたお兄さんがにこやかに挨拶を返している。
「おや、森津木さん、おはようございます。今日は依頼を受けていただけるので?」
「いえ、今日は隣の彼の挨拶に付き添っただけです」
「おはようございます、はじめまして。岩木と呼び名を貰いました。明日から依頼を受けてみようと思っているので、よろしくお願いします」
お兄さんの猫耳がピクリと動く。
「こんにちは。岩木さん。私は染谷と呼ばれております。
受付を担当していることが多いので、こちらこそ、よろしくお願いします」
挨拶をしている間に森津木さんが大きめの箱を出してきた。
「これ、クッキーです。宜しければ皆さんでどうぞ」
「これは嬉しい。皆喜びます。有り難く頂戴しますね」
え、そんな堂々と良いの?いや、良いんだろうな。市役所に似ているといっても人外の郷だし。
うるさく言う人は居ないんだろう。…居たら始末されて…いや、まさか、いや…。
「あと、『ご自由にどうぞ』の箱にクッキーを入れさせていただきたいのですが、宜しいでしょうか。
何分食べ物なので、余り置いておくと腐ってしまったり、迷惑を掛けることがあるかもしれません」
「全く問題御座いません。森津木さんのクッキーでしたら今日中に無くなることを私が補償いたしましょう。
しかし、あの箱に入れるとなりますと折角のクッキーが多少割れてしまうでしょうから…。少々お待ちください」
染谷さんは後ろの事務員さんと少し話して、その事務員さんがすぐに平たい籠を出してきた。
「こちらにお入れください。今、後ろの者が張り紙を書いておりますから」
有難うございますとお礼を言いながら森津木さんが次々と茶色の小さな紙袋を並べていく。あの大きさだと、六枚くらいかな。
籠の四分の三くらいの面積に並べ終えたとき、ペタリと染谷さんが紙を籠のふちに貼った。
ご自由にどうぞ お一人様一つまで
森木津さんのクッキー
これを堂々と受付のカウンターの端に置いた。有難うございました、いいえとんでもない、などと主婦のようなやり取りを繰り広げている。
気付くとロビーにいた人達がわらわらと寄ってきて、即行でクッキーを持って行く。
面白いくらいに減っていくクッキーを眺めていると、森津木さんが戻ってきた。
「あの、『ご自由にどうぞ』箱は何処にあるんですか」
「ああ。受付の左端の食堂の境目だよ。あすこ」
小汚い箱がある。なるほど。
覗いてみると少し不格好な毛虫の刺繍がされた小さな布や、埴輪の置物などがある。
何これカオス。