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外様郷  作者: かろうじて
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7.管理舎 前




午前十時二十分。寮を出て管理舎に入る。

管理舎は二階建ての建物だけど、天井が高いのだろう、寮やアパートより断然大きくて立派だ。


一階のロビーは吹き抜けになっていて奥に受付カウンターのようなものが見える。受付の後ろにも机があって職員が事務作業をしている風景は市役所のようだ。

受付の手前には展示パネルもどきが並び、紙が貼られている。入った瞬間少しだけ注目を集めたものの、すぐに四散した。


森津木さんについて歩く。売店の前を通り過ぎて階段を上がり二階へ。


「売店は支給金を受け取ってからにしよう。買い物ができるから。

まずはお偉いさんに挨拶だよ。君の呼び名もそこで決まる。

おおらかな方だけど、長の立場にある方だから、なるべく粗相の無いようにね」


緊張してきた。お偉いさんの部屋は階段から一番遠い左端にあった。


扉の前で荷物を置こうとしたら、「持っていて良いから」と森津木さんに言われて、そこまで厳しくないのかなと肩の力が少し抜ける。

そうだ。ニンジン買ってたら、ニンジンをぶら下げたまま挨拶すると言っていたじゃないか。手荷物可だ。気付くのが少し遅かった。


森津木さんがノックをすると、鈍い音が二度響く。


「森津木です。説明担当した迷い人一名、挨拶に参りました」


すぐに中から「どうぞ」と声を掛けられた。

扉を潜ると正面に立派な机があり、いかついおっさんが座っている。壁側にもう一つ机がありそこには銀髪の物凄いイケメンが座っていた。


森津木さんがおっさんに俺を紹介してくれる。

「彼が迷い人です。すでにアパートの六号室を希望しており、鍵も渡してあります」


森津木さんが目線を投げてくる。挨拶。


「はじめまして。昨晩は保護していただきありがとうございました。今後もお世話になってしまいますが、よろしくお願いします」

最後にぺこりとお辞儀をする。


住居の提供や支給金など、本来、『餌』に対して行う処置ではない。

狩りを楽しむためだろうとか、色々な俺の感情は置いといて、郷からの支援ならば、俺を喰う気が無い人達からも援助を受けていることに間違いはない。ならば頭を下げるのが筋だ。頭を上げないまま数秒。


「こいつはたまげた。ああ、頭を上げてくれ。

儂は風神と呼ばれるもの。この郷の長をしている。最近は舎長と呼ばれるな。そこのべっぴんな兄ちゃんは銀。助手みたいなもんだ。」


銀さんが立って一礼してくれる。慌てて礼を返す。風神。雷神さんの相棒だろうか。大物な名前が出てきたな。


「もうアパートに決めたのか。了解した。中々、英断だな。で、呼び名は儂が決めていいのか?」

「はい、よろしくお願いします」

今度は軽く会釈程度で済ます。舎長は俺を上から下までしげしげと面白そうに眺めた。


「そうだなぁ。お前、今は抜けてるけど、起きてから少しの間記憶有ったろう。存在も微かに残ってた」


森木津さんが驚いて俺を見る。


「はい、多分。少なくとも学校との係わりは朝食前まで微かに残っていたようでした」


「そうか。お前、強いな。

お前の呼び名は『岩木』。水に流されないよう、強くなれよ」


ストンと落ちた。岩木。ああ、俺にぴったりだ。


「どうしたのですか、風の。あなたがやけに良心的で気持ち悪いです」

今まで口を開かなかった銀さんが、驚いたのか声を上げた。


「気持ち悪いなどと、お前は儂を何だと思っている。

珍しく礼儀正しい迷い人が来たから、気分良く呼び名を与えただけだ」

「あなたの機嫌が良いと業務も進むので大歓迎ではあるのですけれど。こちらを、彼に」


舎長は銀さんから受け取った封筒をそのまま俺に差し出した。


「月に五万、支給される。これは今月の岩木の分だ。受け取れ」

「有難うございます」


頭を下げて両手で受け取る。


「来月は一日が正月だから今月の二十九日にまたここに来てくれ。儂か銀から渡す」

「はい」


この郷にも正月があるのだと少し不思議に思う。おせちとか、食べるのか。


「森津木もほら」


森津木さんもお礼を言って封筒を受け取る。そっか。そうだよな。森津木さんも迷い人なら同じだ。


森津木さんはゴソゴソと鞄をあさって紙箱を二つ出してくる。寮のロビーで食べたクッキーの小箱と同じ。


「良かったら、休憩時にでもどうぞ」


舎長さんも銀さんも嬉しそうに受け取る。


「これは嬉しい。休憩時に頂くとしよう」

「頂戴します。森津木さんの作るものはいつも美味しい。休憩を楽しみに業務に励むといたしましょう」


美味いよ!そのクッキー美味かったよ!と内心声を上げる。それにしても森津木さんの鞄、やけに大きいと思っていたけどあのクッキー大量に入れてるのだろうか。


「では、お忙しい中、有難うございました。失礼いたします」

森津木さんは一礼して部屋を出る。


俺は慌てて口を開いた。

「あのっ、呼び名、有難うございました。岩木、とても嬉しいです。大切にします。

今日は色々有難うございました。銀さんも有難うございました。今後ともよろしくお願いします。じゃあ、失礼しました」


最後に一礼してドアを丁寧に閉める。森津木さんがドアの横で待っていてくれていた。

やっと言える。


「俺、岩木って呼び名です。今まで自己紹介できずにすみませんでした。

これからもよろしくお願いしますっ」

「こちらこそ、宜しく、岩木」

「はいっ」


こうして、管理舎のお偉いさんへの挨拶は無事終了した。


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