5.アパート
今回は半分以上がアパートの説明になってますので、面倒でしたら前半部分は読み飛ばすなりしてください。
古めかしいアパートは二階建て。
二階へ上る階段は鉄さびが見て取れる。…このアパート、隙間風とか大丈夫なのかな。森津木さんはアパートの周りをぐるりと一周して、外観の確認や立地条件の把握をさせてくれた。
「一階が一号室から三号室。二階が四号室から六号室。
今は二号室、四号室と五号室以外が空いているよ。もしも迷い人全員がアパートを希望した場合は早い者勝ちになる。因みに希望の部屋も早い者勝ち。一号室の見学が可能だよ。見る?」
「お願いします」
きちんと見ておかねば後で困るのは自分だ。
一号室を開けてもらい、中に入る。思ったより広い。入り口で靴を脱いで上がる。入り口のすぐ横にコンロ、流しがある。
「コンロって…、ガスですか?」
森津木さんが少し逡巡した。
「うーん、なんて説明すればいいかな。ガスというよりは火力、かな。コンロの横に小さな窪みがあるでしょう?そこに火力のエネルギーを入れた石もどきを入れて使う。
エネルギーは無限じゃないから一定量を使ったら石もどきを買い足して交換する必要がある。…分かりにくいね。えっと。魔力を入れた魔石で動かしている、で分かる?」
「分かりました。もしかして電気も?」
「うん、電気は純粋な電力だけど、製造元は雷神さんだよ」
らいじん。雷神。OH…。
「こういった魔石は管理舎の売店で購入できるよ。冬は電気使えなくなったら凍えるから電力石とトイレのために水石は予備を置いておくことをお勧め。
値段は一つ五千円。石の種類はコンロ用の火石。水道用の水石。電気用の電石。今までの迷い人は各石を一月に一つから二つ消費していたよ。
最初は備え付けの新品の石があるから、それで自分の使用量を把握していけばいい。とりあえず、今月は電石と水石の予備だけ買っておけば何とかなるかもね?」
五万のうち既に一万の使い道が決定した。残り四万。
まあ、いきなり電気が使えなくなったり、トイレが流れなくなったりするのを防げて良かったと思っておこう。
「魔石をはめ込むのに注意事項とかありますか」
「ないよ。大きさは一定だし、向きもない。ただはめ込むだけで良い。場所の確認だけしようか。火石はコンロの横。そう、そこだね。次は水石の場所。どこか分かる?」
水道とトイレと洗面所を一つの石で補うなら元栓的な箇所があるのかな。
屋外に設置すると取られるだろうから室内。キョロキョロすると、コンロの反対側の壁に警報機位の小さな箱があるのを見つけた。「あれですか」壁の箱を指してみる。
「正解。開けてみよう。中は水石と電石がはめ込めるようになっている。この二つは寮でもアパートでもセットではめ込み場所が作られているよ。青い丸に水石、黄色い丸に電石入れてね。
これ、僕の火石なのだけど、見てくれる?一番赤いのが新品。薄紅になっているのが今使用中の石。大体三分の一くらい火力が残っている。
透明なのが使用済み。火力が減ると石の色が薄くなっていく。最初の一か月はこまめに確認してみるのもいいかも。
透明になった石は管理舎の売店で回収してくれるから、新しい石を買うときに持っていくといい。オマケが貰えることがある」
なるほど。そろそろメモを取ったほうが良い気がする。折角教えてくれているのに俺が忘れては意味がない。森津木さんにメモの許可を貰う。
「水回りはまとめてあるよ。そこの扉を開けると脱衣所兼洗面所、その奥にお風呂がある。
お風呂は旧式。操作パネルは無いよ。赤い蛇口がお湯。あ、説明不要?分かった。お風呂は電石を使用して湯を沸かすから、一日に何度も入浴するなら電石消費に気を付けて。
脱衣所の扉の横にもう一つ扉がある。こっちがトイレ」
…使えるなら文句はないけど、ここって下水とかどうなっているのだろうか。俺が考えていたことが分かったのか、森津木さんが簡単に説明してくれる。
要は汲み取りに近く、汲み取りの代わりに不思議な力で消滅させている、と。配管のメンテとかどうなってるのかは気にしたことが無いそうだ。
そもそも、配管が物理的に有るか無いか、などを呟き始めたので「あ、良いです。もう大丈夫です」と慌てて遮った。深く考えたらダメな奴だ。
「少し段差が付いてこっちが…居間。備え付けの家具はほとんど無いけど、このアパートなら二号室が倉庫のようになっているから、先人が残したベッドやクローゼットを持ってくることもできる。寮も一室が倉庫のようになっているね。
新品を使いたい場合は管理舎で申請して注文をする必要がある。勿論料金がかなり割高になるけれど」
へえ。押し入れを開けて奥行を見る。上の段に布団が一式入っている。下の段には何も入ってない。結構入りそうだな。
ベランダもあって、洗濯機と物干しがある。…これ、少し怖いな。一階だと鍵を閉め忘れたらすぐに侵入されてしまう。
アパートに入るなら二階。二階だって登られたらそれまでだけど、心労がきっと違う。ガラス戸を割られたら戸締りの意味が無いけど、そこらへんどうなんだろう。気になったことを質問しつつ、必死に情報を集める。
自分の生活の拠点になるのだ。しっかりと確認して少しでも落ち着ける部屋に住みたい。
「アパートの説明はこれぐらいかな。少し、待っていてもらえるかい?
野菜を部屋に置いてくる。僕の部屋、五号室だから」
「え」
森津木さんは俺の様子など目もくれず、さっさと靴を履いて出て行った。カンカンと階段を登る音がする。
はっきり言って、今の俺の森津木さんへの信頼度は高い。正直に言えば、信頼というよりも依存だ。
この人に見捨てられたら、生きていけないかもしれないという、強迫観念に近い何か。
六号室。早い者勝ち。そして何より重要なこと。
ここはアパートだ。
心臓がすごい音を立てて動いている。聞かなくては。
そう思っていると「お待たせ~」と能天気な声の森津木さんがやけに大きな斜めかけ鞄を掛けて戻ってきた。
「森津木さん、聞きたいことがあるんです」
俺の改まった様子に、森津木さんは態度を引き締めて「どうぞ」と促す。
「森津木さんは、迷い人ですか」
「そうだよ。
僕はかつて、この郷に現世から来た者だ。僕が五号室。四号室の住人もそう」
ああ、俺は。森津木さんを無条件に信じられる。彼は味方ではない。けれど、俺を物理的には喰わないのだから。
「俺、六号室を見たいのですが、見れませんか、お願いします」
頭を下げた。沈黙が落ちる。
「僕、このアパートの四号室以外の鍵、持っていたりする。君は今の時点では六号室希望者で入居者だ。入居者には鍵を渡さないとね。もしかしたら、後で急に気が変わって寮になるかもしれないけど」
勢いよく頭を上げたら壱号室の入り口で森津木さんが鍵を差し出してくれている。
「有難うございますっ」
急いで鍵を受け取り靴を履いて六号室に向かう。
中を念入りにチェックをして問題ないことを確認する。押し入れの奥行も問題ない。立て付けも問題ない。隙間風、ひび割れ無し。よしっ。
「六号室、俺、入りますっ」
大きな声で喜々として宣言した。森木津さんが少し呆れたような顔をして笑った瞬間―。
「っっつせー!!こちとらまだ寝てんだよ!分かったかっ!!」
四号室の扉が勢いよく開いて、住人が苦情を叫んですぐにまた閉まった。
「あ、すみませんでした」
条件反射で謝罪の言葉が滑り落ちたが、聞こえては無い気がする。少年のような声に聞こえた。若いのだろうか。森津木さんは下を向いて肩を震わせている。
とりあえず、森津木さんの震えが治まるまで待っていると、四号室の扉が静かに開き、ぼさぼさ頭の少年がそっと頭を覗かせ、
「よ、よろしくな?」
と囁いて静かに扉を閉めていった。
俺の六号室入ります宣言を受けての「よろしく」なのか、寝起きで混乱していた頭でなんとなくでてきた「よろしく」なのかは分からないが、取りあえず少年には次にあったら謝っておこう。
ちらりと横を見る。
森津木さんはとうとう体を折って肩を震わせている。落ち着くまで待つしかないが、意外に時間がかかった。